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0A-07.故郷が忍び寄って来る。

 メリカーナ大陸。

 200年ほど前に「再発見」され、本土人たちが入植・開拓を始めた巨大な陸地である。東西南北に広く、様々な気候・土地が存在し、ある種の〝実験場〟のように本土人たちが開発を進めた。発展は遂げつつあるものの、未だに国ではなく地方としてみなされており、宗主国はシリカ王国である。だが政治的には完全に分断されており、もはやシリカ領であるという点は、形骸化していると言ってもよかった。どちらかと言えば、海洋国家であるナイト帝国の影響が強い。

 その東端に位置する、ユーク領。本来は「ニューユーク」と言う名だったが、シリカ帝国崩壊時にユーク領が滅んだため、本家が移ってきて治めている。そのためか、新旧支配者が存在しており、長く争っているらしい。


「――――というわけです」


 歩きながらそんな話を聞かせてくれたのは、ピンク髪の女性、プリムラムだ。彼女の横でリンドウが「地名が……地名が適当過ぎる……」とぶつぶつと呟いている。一方のアプリコットは。


「そんな歴史があったんだねぇ」

「なんで大陸生まれが興味ないんですか、リコ……」


 適当に言って、すかさずエルに突っ込まれた。

 街に着き、宿に泊まって一夜明けて。プリムラムが引率し、アプリコット、エル、リンドウは街に繰り出していた。アンジーとリンディも出ているが、この街の顔役に用があるらしく別行動だ。アプリコットたちは単純に、暇潰しである。お小遣いをたんまりもらっており、好きに買いものに勤しむ予定だった。


「私がいたのは、北のラスカルだからね。とはいっても……向こうの文化とか歴史も、詳しくないけど。大陸より、本土が好きだよ。私は」

「なるほど」


 アプリコットが適当に言い訳すると、エルが肩に頬を擦りつけるように頷く。本土の歴史が好きなのは本当だが、アプリコットとしてはそれよりも……ずっと腕を組むというか抱きしめられていて、そっちの方が気になる。いろいろと柔らかい。


「この港街も……画一的で、代わり映えしないしね。去年、西海岸の街も連れてってもらったけれど、なんかそっくりだったよ」

「それはかえって面白いですね。意図的にそうしてるのかも」

「なるほど」


 アプリコットはエルに返事をし、ぐるりとあたりを見渡す。建物は本土とそう変わらないが、道路は石畳ではない。打ち慣らされて整備され、なめらかだった。その上を、魔導車がたびたび走り抜けている。馬車はない。道路自体も非常に広く、人は端の歩道を歩いていた。

 どこもまだまだ冬景色だが、この辺りは雪の残りも少なく、まだ暖かい方だ……とアプリコットは感じる。エルは少し、寒そうだが。


「とーこーろーでー。そろそろ聞きたいんですけどぉ」


 右側から回り込み、リンドウが先頭に立った。彼女は振り返り、ゆっくりと歩きながらエルとアプリコットを見てきた。


「いつの間にそんな仲になったし?」


 リンドウが目を細めている。視界の端でプリムラムも、なぜかやたらと頷いていた。アプリコットは、エルに視線を向ける。目が合って、どちらともなく肩を竦めた。


「船に乗ってた日の晩」

「まだ二日目ですかね」

「そんなラブ濃度じゃないでしょ!? というかヒロインが二作続けて百合で、というかヒロイン同士が百合とはどういうことだよ!?」


 錯乱するリンドウを放っておき、アプリコットは「百合=女性同士の恋仲」だとエルに耳打ちする。一緒にいるときにリンドウが、たびたび異世界語録を口走るので、アプリコットは多少詳しくなっていた。


「ボクも、男の人で素敵な方がいれば、無理に女性と結ばれようってつもりはないです。でもリコ以上に素敵な人はいるはずがありません」

「左に同じ」


 顔が赤くなりそうなのを堪えながら、アプリコットはうそぶく。リンディにお許し? をもらえたことだし、関係をオープンにしよう……とはエルの提案であったが。

 何か、反応を楽しまれている気がして、ならない。すぐ近くから、見上げる視線を感じる。にまりとしたやつを。


「くっ、確かにあっちじゃ敵同士だった二人が仲良くなれば、ありえなくもないのか……!? なんということだ、貞操の危機を感じる!」

「いやリンドウは」「大丈夫ですよ。モテないですし」

「二人とも、アタシとは遊びだったっていうの!?」

「うん。友達だし」「楽しいですよね、リンドウ」

「そんなこと言ってぐへへへへ……もっとラブい絡み見せてください目の保養です」


 様子のおかしなリンドウに、友情が若干冷えていくのを感じる。困ってプリムラムの方を見ると、彼女はなぜか腕組みして、頷き続けていた。


「やっぱり恋はいいねぇ、恋は。リンディ様周りは、じれじれしたのばっかりだったから! こうしっとりしてると、滾るというものですよ……」


 一転して、メイド服姿の友がしみじみと宣う。彼女は恋話より遊んでいる方が楽しそうに見えたが、どうもそうではないようだ。


「人のじゃなくて、自分ですればいいじゃない。リンドウ」

「ちっちっち。人のだから楽しいんじゃないか、アプリコット」

「そうですよ、リコ。リンドウはモテないんですから、勧めても無駄です」


 エルに鋭く切り込まれて、リンドウが仰け反った。


「エルさんや、さりげなくアタシがモテないって言ったの二回目でないかい?」

「三回目も聞きたいんですか?」

「絶対にノゥ! メイドファッションじゃモテないってわかったし! 今日、大陸最先端の服をゲットして! アタシは生まれ変わる!」

「それ、モテるために着てたんですね……」


 呆れたようなエルの声に合わせて、アプリコットも深く頷いた。


「大陸の服飾は本土じゃモテないから、やめた方がいいよ?」

「なんですと?」

「ああ、本土は封建社会。身分に見合った格好が求められますからね」


 真面目に驚いているリンドウに向かって、エルが納得したかのように呟いている。


「そういうこと。モテないのはそもそも、リンドウがリンディ学園長のメイドだから。誰も手なんか出さないし、色目だって使わないよ」

「なん、だと……」


 何か可哀想になるくらい、リンドウが青ざめている。冗談だとはわかるが、少し心配になった。


「アタシに、自由……自由は……」

「もしリンディのメイドやめても、ユーラニアの神獣だからね……ちょっといろいろ難しいんじゃない?」

「異世界ライフが、灰色に……」


 アプリコットが気遣うように……とどめの言葉を差し込む。これも慈悲というやつだ。そこへ。


「私、在学中はずっとリンディマ……様のメイドやってましたけど、異性にはだいぶ声を掛けられましたよ? 学生から教師まで、いろいろと」


 容赦ない死体蹴りが飛んだ。プリムラムだ。リンドウは本当にバタリと倒れ、すぐに気持ち悪い勢いで起き上がった。


「ウソだッ! ならなぜ今独り身なんですッ!?」

「申し訳ないのだけれども、興味がなくて。そもそも、仕事から私生活まで完璧なあの二人を見てたら、関心が薄れるんですよ」

「「あぁ~……」」


 アプリコットとエルは、感心して声を上げる。エンジョイ老女ペアを見てたら、そりゃあ人生は楽しいだろう。ロマンスなんてなくっても、生きていける気がしてくる。

 だからこそリンディへの想いは、エルに対してほど盛り上がらなかったのかも――アプリコットはぼんやりとそんなことを考えながら、エルの手を指を絡めて握り返した。


「その考えが、行き遅れを招くのですよ……!」

「いや行き遅れと言われても、リンドウさん。私、家があるわけでもないんですから、結婚なんてする必要ないんですよ? 誰かに寄り掛からなければ生きていけないのなら、話は別ですけれど。そんなことありませんし」

「自立した女だった! かっこいい……!」


 リンドウが相変わらず後ろ歩きして、器用に人を避けながら、だんだんと地面を踏みしめている。

 一方のプリムラムは、興が乗ったのか。


「我々は家がない以上、子どもを産むことも求められません。自活する力があれば、結婚も、恋愛も、必要がない。もし誰かを求めるのなら〝必要はないがそうしたい、そうしなければいられない〟という強い欲求を抱くのが、大事です。求める心は覚悟を生みます。自分がやるしかないんだという覚悟は……望みをきちんと、引き寄せてくれますよ。ですが」


 ズラーッと持論をぶち撒けてくれた。彼女の弁の通りなら、それは恋愛経験から来るものではない。だが不思議と、強い説得力があって。


「欲求に対して甘えを見せたら、夢は容赦なく離れていく。人の人生は、〝必要〟によって構成されていますから。今日のご飯、寝床、明日の仕事……そういったものに埋もれさせないためには。誰にも助けてもらえなくても、やるしかないんだという覚悟が、必要です」


 そうか、とアプリコットは納得した。彼女には、リンディが〝必要〟ではなかった。また〝必要〟でなくとも求めるほどの、強い欲求もなかった。リンディはアプリコットにたくさんのものをくれたが、彼女が生きるのに疲れたならば、それでもいいと思ったこともある。


 なら、エルは。


 握る手の力が、自然と強くなる。

 腕を抱きしめてくるエルの手にも、力が籠もっていて。

 同じことを考えているんだ――――そう思うと。


 胸を焦がすような欲望が。

 溢れてくる、ようだった。


「リンドウさんは、何がしたいですか? 素敵な殿方と巡り合いたい?」

「いえ、その。アタシは」


 そんな自分たちと、違って。



「リンディ様を、助けたい。かな」



 黒髪黒目――――どこかあの大魔女に似た、友達は。

 素直に、朗らかに。

 笑っていた。


「あの素敵な大魔女様は、アタシが憧れたよりもずっとすごい人だった。だから、もう何年かでお別れなんて……絶対に嫌です」


 胸の奥が、ぎゅぅっと締め付けられる。うらやましい、と声がでそうになった。アプリコットにはない熱を、リンドウは確かに持っていて。

 それは自分が――――手にできなかった、もので。

 なぜか、負けたような、気がして。


「もう。お世話になった人に恩返しできないのは、嫌」

「良い望みだと思いますよ。あとはそれが〝自分がやるしかないんだ〟とあなたがどこまで思えるか。他の人がどうであろうとも、突き抜けることができるか、です」


 にこやかに笑みを交わす、リンドウとプリムラムのやりとりに。


「はい! プリムラム先生って……先生らしいことも言うんですね」

「どういう意味ですかねそれ……?」


 口が重たくなって……何も、差し挟めなかった。握る手は熱くて、エルの体温が暖かいのに。

 幸せが、急に薄れた、ような。

 それは、悲しみというよりも……寂しさや、悔しさに近かった。信じていた日常が、失われた時のような。()()()のような……強い空虚を、感じて。

 風が吹いたわけでもないのに。まだ十分、暖かいのに。

 エルも、いるのに。


 体が、震えた。



「それはそれとして! アタシはモテたい!」



 リンドウがぐりん、と向き直ってきた。アプリコットは慌てて、顔を取り繕う。酷い表情をしていたような……そんな自覚が、頬にこびりついていた。


「なのでファッションセンスゼロのアタシに、大陸のミヤビってやつを教えてくだせぇアプリコット様ッ!」


 テンション高めな友達の言い様に、口元だけはつい歪む。

 ホッとしたように、アプリコットは息を深く吐いてから……先ほど感じた空虚を埋めるように、エルの髪の僅かな香りと一緒に、冬の空気を吸い込んだ。


「良い話が台無しだよ……防寒具も見るし、アウターからにしようか。あそこは確か、メーカーの直販だったはずだから――――」


 通りの向こうに見える、看板を眺めて。



「アップル!?」



 その手前から――――二度と聞きたくなかった呼び名が、響いてきた。ついそちらを見てしまって、アプリコットは目を見開く。


「ぇ、その」

「アップル! 村から出たって聞いてたけど、無事だったのか!?」


 厚手のジャケットを身にまとった、いかにも大陸男子といった風貌の少年が、慌てた様子で駆け寄ってきた。直前でつんのめった彼が、アプリコットの前で顔を上げる。

 息を切らせ、少し頬に残る赤みをさらに染めた、その顔。古くからの知己に、間違いなかった。


「ジグ……? どうして、ここに」


 唇をわななかせて呟く。

 アプリコットの手が、固く握りしめられていたが――――彼女はそれに、気づいていなかった。


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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