02-20.永遠の誓い。
秋も深まった、学園長室。開けっぱなしのバルコニーの窓からは、涼しい風が入るようになっていた。
「どう、でしょう。先生」
銀髪の令嬢は、そわそわとしながら隣の少女を見ている。リンディもまた、メイド姿の竜胆を、じっと見つめた。彼女の眼には……魔力のつながりが二本、見えている。執務机の向こうに立つ二人の間を、しばし観察して。
(魔力を二人の間で循環させている……確かにこれなら、高位階の神獣であるリンドウの魔力をユーラニアだけで補える。あたしが考えた方法の一つだが、教えずとも自力で辿り着いたか。この練度に短期間で到達した点を含め、驚きだね)
リンディは小さく息を吐き、ユーラニアの赤い瞳を見据えた。
「念のため、あたしの契約線はこのままにしておく。だが魔力はもう充分……つまり、合格ってやつだ。ユーラニア。リンドウも、よく頑張ったね」
「やった!」「ありがとうございます、園長先生!」
「学園長だ。神獣合成に進むんだね?」
リンディが尋ねると、二人は顔を見合わせて頷いた。
「はい。リンディ先生が、いつまでも健やかであれるように。わたくし、がんばります!」
「アタシもです!」
「「それに」」
「……それに?」
二人が揃って、じっとどこかを睨んでいる。リンディがつられて目を向けると、窓の近くにどや顔のアプリコットが立っていた。
「「あの黄色に勝ちたい!」」
「そこはせめて金ぴかとか言わない?」
(馬鹿弟子が二人から三人に増えたよ……)
あきれ顔で三人を眺めてから、リンディは再度、息を漏らす。
「あたしの魔力特性〝不滅〟を解明し、突然死ぬかもしれない不安を失くす……そのためにリンドウを強くする、と。方向性は決まっているのかい?」
リンディが尋ねると、ユーラニアが落ち着いた様子で、深く頷いて見せた。
「はい。リンドウは人間ではないので、階梯7の魔法までしか使えないという制限がありません。まずは合成と鍛錬で徐々に階梯を上げつつ、道を模索します」
「魔法使いの神獣にする、ということか」
「はい。階梯15を超える魔法も存在するとか。それを扱うことを目指します」
(あたしでも、この〝不滅〟や……そもそも魔力の特性とは何か? は解明できていない。そこに、まだ見ぬ魔法からアプローチするというのは、一つの手段として有効だろう。回り道だが、大胆かつ慎重な、ユーラニアらしい選択だ)
銀の弟子が思い描く未来を、リンディは理解し、納得した。
(あたしもうっかり死ねなくなったし、自分でも模索するが……任せてみるとするか)
深く頷いてから、リンディは竜胆、そしてユーラニアへ順に微笑みを向ける。
「いいだろう。今後は内緒にせず、計画を提出しながら進めるように。その方が早いし近道だ。あたしがぽっくり逝っちまったら、意味ないだろう?」
「それはもう! ご協力、ご指導のほど、よろしくお願いいたします!」
ユーラニアが勢いよく頭を下げ、隣の竜胆もそれに倣っている。二人の頬には紅潮が浮かび、興奮とやる気が強く見て取れた。
「ま、ゆっくりやんな。そろそろ親族参観も始まる。婚約破棄の件だって、忘れちゃいないんだろう?」
「はい。父や……その。皇帝陛下からも、どこか念押しのような手紙が届いていますが。わたくしは、必ずやり遂げます」
(決意は固い、か。いっそラカルとこの子がちゃんとくっついても、この学園が滅ぶ乙女ゲームのシナリオから明確に外れてくれるだろうが……。嫌だと言うのなら、これも自主性に任せるか)
乙女ゲームの破滅の運命、自身に宿った竜胆の記憶、それ以前からレールを外れていた自分の行動、そして今も蠢動している魔王。リンディは小さく首を振り、よぎった不安を落とした。
(頭が痛い問題なのは確かだが……なんとかならない、話じゃない。あたしの周りには、こんなにも頼りになる子たちがいる。何より――――)
「学園としては、お二人の婚姻には異を唱えたいところですね。学園長」
バルコニーからの声を聴き、リンディはそちらに目を向けた。果汁飲料が入ったグラスを傾け、ちびちびと飲んでるエルが、ぼんやりとした視線を寄越している。
「ああ。魔王という不安要素がある以上、シリカとナイトの二国が融和し過ぎるのは……学園にとってマイナスだ。敵が増えかねないし、味方が増えることはない」
「…………そうですね。早く見つけ出しておきましょう」
(ん? 魔王のことか? 確かに分霊は見つけておきたいが、方法がないんだよな……。できればエルの時代に、遺さないようにしておきたいが)
どこか影のある表情の後継者を見て、リンディは穏やかに笑った。
「どうしたんです? 学園長」
「ああ……先のことが気にできるなんてな。当たり前だが、得難いことだ。あいつがあんなことになっちまって……そんな余裕、なかったからよ」
リンディが呟くと、学園長室とバルコニーに沈黙が降りた。
差し込む冷たい風に顔を上げれば、日の傾きが見え始めている。
夕日に照らされる中、皆俯き……肩を震わせていた。
「アプリコット。アンジーは――――」
金の弟子が、静かに首を振る。目をぎゅっとつむった彼女は、何かを強く堪えるような、歪んだ顔をしていた。
「そうかい」
リンディはたそがれ、そっと窓の外、遠く空を眺める。
(あいつ……今頃は)
その先はジャス、それも娘の故郷の方角だったはずだ。
幾度も二人で訪れたかの国の町々を思い、リンディはそっと目を伏せる。
机に伸びる、赤い日差しに。その思い出を、重ねながら。
「ただいま戻りました!」
ぽむっ、と音がして、ピンク色の煙がバルコニーに現れた。星のような煌めきを残し、二つの人影が中空から舞い降りる。声を出したのはその一つ……プリムラム。もう一つの影はべしゃりと落ち、潰れたような声を上げて、バルコニーのテーブル向こうに隠れた。
皆がさっと顔を背け、苦悶の表情を浮かべて肩を震えさせている。
「おかえり、プリムラム。内容は先に受け取ったが、仕事は問題ないようだね?」
「はい。アンジーマ……様の代理は、しっかり果たしています!」
「代理ってわけじゃ、ないだろうに」
「なぁ、アンジー?」
リンディが呼びかけると、テーブル向こうからにょきっと手が生えて、天板の上に乗った。瑞々しい手先にぐっと力が入り、その身を引き上げている。
いつもの、白地に金と青の刺繡を凝らしたドレス。ひっつめて高い位置で一本に結んだホワイトブロンドの長い髪が揺れ、青く澄んだ瞳も潤んで揺れている。背は高く細身、肌は艶やかで透明な白、皴も染みも一つもない、美しく可憐な少女――――。
彼女が姿を現した途端、数名が「ブフォ」と噴き出した。
「笑うんじゃないよ。なんだってんだい、お前たち」
「だって……なんか若いし! それに……ブッ」
少女が切れの良いハスキーな声で、不満を訴える。その声を聴いたせいか、アプリコットが腹を抱えてうずくまった。
「何が不満だっていうんだい、ええ? そこの〝ご主人様〟」
「その呼び方辞めてブフッ、もーむりぃ!」
アプリコットが笑い声をあげて、悶えている。つられて残りの者も皆、噴き出した。
「まったく……落ち着いているのはお前だけか。リンディ」
リンディは少女を、穏やかに見つめる。60年前とはいくつか違いがあるものの……若き日の彼女と、よく似ていた。
「カワイイもんじゃないか。転移酔いや感覚の違いが出ると言っていたが、まだ慣れないかい?」
「ああ。ちょっと油断するとこれが出ちまうし、そのせいでいきなりこけることもある」
「そりゃおおごとだ」
バルコニーから学園長室に、そろりそろりと歩いて少女……アンジーが入ってくる。スカートの後ろ、腰のあたりが不自然に盛り上がって揺れており、またその頭には。
(まさか合成の影響が……そんなところに出るなんてねぇ)
二つの獣耳……いわゆる、猫耳がついていた。もちろん、人としての耳もそのままである。そのせいで、平衡感覚がおかしくなりやすいらしかった。
「ひっこめられるから、まだマシだがね……神獣だからか、隠ぺいの魔法は効かないし。いい迷惑だよ」
「感情が昂ると出るんだったか? その耳としっぽ。今、何でそんなになってるんだよ、アンジー」
執務机までやってきた彼女は回り込み、リンディの前で堂々と机に座った。行儀の悪い淑女が脚を組み、少しかがんでリンディをじっと見つめてくる。
「なんでだと思う? リンディ」
「そうさねぇ」
赤い日差しが、彼女の各所の白を鮮やかに染めていた。リンディがじっと見返していると、アンジーの頭の上で耳がぴくぴくと震え、その頬には夕焼けではない赤が浮かび始める。
「そんなにあたしは、魅力的かい? アンジー」
「おうとも。お前ほど美しいものなど、ありはしないさ。リンディ」
「もう止めてー! おなかいた、いた……ブブッ。その恰好で気障なこととか……ふくく……」
(あの馬鹿弟子め。吊っておくか)
こめかみに青筋を立てるアンジーを見ながら、リンディは苦笑いを浮かべた。
☆ ☆ ☆
その日の夜半。
(…………今日に限って、ずいぶん人が来たな?)
リンディの寝室には、幾人かが訪れていた。ユーラニアが珍しくプリムラムと語り合っており、エルが竜胆と何やら議論しているようである。
なおアプリコットは簀巻きにされ、天井から吊るされていた。
「今日のはどうだ? リンディ」
「若いワインだが、悪くないな」
問われたリンディは中身を飲み干し、グラスをテーブルに置く。向かいの一人掛けソファーに座るアンジーは薄着で、浅く掛けたその腰からは、高くしっぽが伸びて揺れていた。
「そういや……その耳としっぽは隠すとして。アンジーは参観期間中、どうする。もう来週からだが」
「お前の魔法の実験に付き合って事故って、若返ったとでも言っておく。80前のババアに偽装するのは、さすがに無理だ。魔法も効かないし、お手上げだよ」
(例年通り、一緒に賓客と会ってもらうか。一人では会わせない方がいいだろう。神獣か人かなんて区別、気にするのはこの学園だけだし……そこは濁しておけばいい。耳としっぽが出て、見た目が若いこと以外に、アンジーが人前に出て困ることは、ない)
アンジーと、アプリコットの神獣〝砂場〟の合成は、見事に成功した。合一した体には二つの魂が同居し、普段はアンジーが表に出ている。神獣として戦闘などを行う場合は、階梯が7から元のものまで上がり、〝砂場〟が主導権を握る仕組みだ。
アンジー自身が、自らの神獣や魔法を扱うこともでき……本人に魔法が効かない、という点以外は不便がない。神獣や魔物は一般的に「寿命が確認されていない」ため、当面の危機は去った形である。
「プリムラムがやる気になってくれたし、教頭の仕事は教えて、いずれあいつに譲る。だが魔王の分霊もまだ隠れているしな……わたしもしばらくは、現役のまま、か」
「それからもアプリコットの神獣として、〝ご主人様〟をサポートせにゃなるまい?」
リンディが苦笑いしつつ尋ねると、アンジーは肩を竦めて見せた。
「こんなけったいな体だし、早いとこ退職したいね。まぁこのままお前と、エルの構想に沿って新しい学校を作るのも……悪くないが」
「そいつも、5年ほどで用意しなきゃならん。まだまだ忙しいね」
「まったくだ」
ほうっとため息を吐き、リンディは次のボトルを開け、グラスに酒を注ぐ。
(未来のことを、考える、か。なんだ、疲れたとか言いながら……あたしは意外に、未練があったのか)
「……どうした? リンディ」
「いや」
騒がしい寝室を、リンディはそっと眺める。にぎやかな弟子や娘たちの様子に、目を細めた。
「長生きも、悪くねぇな」
「なんだ急に。珍しく酔ったか?」
「そうだな」
リンディはほんのりと頬を赤くし、グラス越しに、猫耳としっぽをつけた教頭を眺める。
「頑固なあんたの本音。鈍いあたしじゃ、気づきゃしなかったろう。そろそろ80ってところまで生きて……ようやくあんたの大事な気持ちを、知ることができたよ」
「うるせぇ、忘れろ。あれはそう、気の迷いだ」
「嫌だね、忘れるもんか」
アンジーがもう助からないとわかった日々は、暗澹としたものだった。
だが同時に、かけがえのないものだった。
大事なものを、思い出させてくれた。
「永遠に」
ぽつりと、リンディは零す。
「その言葉、忘れるなよ?」
「もちろんだ」
それは誓いの言葉。
ずっと目の前の女と共に生きようという。
彼女の、決意だった。
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次は三章「悪役令嬢婚約回避編」へと続きます。ちょっと政治劇寄りです。よろしければこのまま、お読みくださいませ。




