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02-16.残された時間。

 アンジーが魔物たちの契約を切って、街の危機は回避されつつあった。その隙に乗じて、リンディは防壁の内側に〝転移〟で突入。学園の上空に出現した。


(アンジー……! すぐ回収して、治療しなくては! まずは)


 リンディは再び転移魔法を編み、学園本棟屋上、展望小屋を目指す。そこから〝回線(ホットライン)〟の魔法で各所と対話するつもりだ。


(エルと、紛れ込んだ魔王を見つけ出す!)


 〝転移〟の魔法は、そう長い距離を渡れない。数度魔法を繰り返し、リンディは展望小屋二階に降り立った。

 だが。



「――――エル?」



 そこに、先客がいた。小柄な金髪碧眼の少女。その足元には、地味な装いの青年が倒れている。青年はぴくりとも動かず、エルもまた俯いて応えない。


(なんだ……髪が、黒い?)


 エルの様子をいぶかしみ、リンディは近づきながら注視する。その金の髪に、怨敵を思わせる、黒い影が映って――――。


「ぁ。学園長、お戻りですか」


 マイペースな調子のエルのいつもの声が、ガラス張りの小屋の中に響いた。


(気のせいか……?)


 顔を上げたエルはいつも通りで、髪には暗がりもない。照明で出来た影かもしれないと、リンディは弱く首を振る。


「なぜこんなところに。シェルターへは?」

「すみません。アレを見てたら、ちょっと」


 エルは天井を指さしている。街を覆うドームのことのようだ。


「で。その男は?」

「あー……誰かはわかりません。魔王の憑依者でした」

「ああそう――――なんだと!?」


 さらっと流され、リンディは遅れて驚きの声を上げる。瞬時に駆け寄り、エルを抱えて倒れる男から離れた。


「何があった」

「ケティーラ先生に化けて、ボクを狙って来たんです。正体を見破った上で、学園長のお話を参考に契約の隙をつき、悪魔に魔王の魂を食わせました」

(とんでもないことをするな!? あいつは……意識がないだけが。魔力も問題ない。魔王がまだ憑りついていても、正直判断は難しいところだが)


 かつてエルの父、ペリーに憑りついていた魔王の分霊は、いかなる魔法でもその存在が露見しなかった。闇魔法などなら学園のセキュリティが反応するが、しかし魔王は巧妙にそれを避けていたようだ。


(この辺りは、監視撮影もしていない……エルの言葉を信じるしかない、か。後でこの男は、尋問させるとしよう)


 横抱きにしていたエルを降ろし、リンディは少しのため息を吐く。


「こいつを捕えて話を聞いて、魔王の憑依者だとわかれば警戒態勢は解けるな……頭が痛い事態だ」

「外の魔物の件もありますし、親族参観も来月。説明が大変ですね」


 どこか他人事のように、だが事態を俯瞰したようにエルが呟いた。リンディは肩を竦める。


「学園が狙われて危ないかもってか? 逆だな。ここを攻めた量の魔物に襲われたら、他の国ならもう更地だ。危ないと思うやつほど、学園に来たがるだろうさ」

「ぉ。ということはもう、魔物は退治されたんです? さすが学園長。アンジー教頭も、助けられたんですか?」


 エルに尋ねられ、リンディは目を見開き……唇を噛んだ。


「学園長?」

「外の魔物はまだ全滅させてないが、もう脅威ではない。アンジーは助けたが、まだここの上に――――」


 リンディが天井を見上げる。すると丁度、魔力の歪みが空中に現れた。間もなく数人の男女が姿を見せ、また消える。


(転移! あいつら、もう入ってきたのか)

「学園長!」


 転移で展望小屋に降りたった職員の一人、ジリングが……その腕に、老女を抱えている。


「教頭が! アンジー様の、意識がなくて!」



「ぇ――――――――」





 ☆ ☆ ☆



 アンジーが倒れた原因は明白。魔物たちと魔王の間の契約魔法を、強制解除したせいだ。魔力を急激に使い過ぎ、魂を毀損したのである。

 すぐに施術は始まったが……リンディに手伝えることは、なかった。リンディもまた霊魂に明るいが、治療となると専門外である。傷ついたアンジーの魂への対処療法を長く続けてはいたが、逆に言うとそれしかできない。


(魔力は十分で、むしろこれ以上流せば逆効果だという話だった……前例のない施術をしてみる、とのことだったが)


 締め切った施術室の扉の前。リンディは両の拳を握り、一人立ち尽くす。


「アンジーは明らかに、調子が悪そうだった……! あたしが無理にでも、魔物に対処していれば!」



「リンディ様」



 廊下の奥から聞こえた静かな声に、リンディは顔を上げた。


「プリムラム……」


 桃色髪の教師が、廊下を静かに歩いて近づいてくる。彼女はどこか、弱々しい笑みを浮かべていた。


「報告をよろしいですか?」

「ああ……頼む」


 リンディがため息と共に、返事を吐き出す。プリムラムが姿勢を正して、口を開いた。


「捕えた男は、シリカ王国の伯爵の息子でした。魔王の関与は自白。尋問に魔法は使っておらず、記録済み。国際的な取り調べ要件は満たしています」

(貴族か。しかし、魔法未使用で自白してくれるとは、な。よほどのアホなのか? おかげで政治的問題を抱えず、解決はできる)


 魔法を使えば、尋問で自白を迫ることは容易である。だが同時に、国ではない学園がそのようなことをすれば、周辺三国から総攻撃に遭う。各国との取り決めに基づき、学園はこういう時、魔法の使用を制限することになっていた。


「そうか……厄介な火種だが、マシなほうか」

「証拠を押さえにかかりますか?」


 プリムラムに尋ねられ、リンディは首を振った。


「ダメだ」

「情報部隊の者たちが、手を挙げておりますが」

(汚名を返上したいってとこか。アンジー一人を残して、皆やられていたからな。だがだからこそ、許可はできない)


 リンディは暗澹とした思いで、ため息を吐く。確かに犯人が魔王と契約、そのために働いていた証拠は押さえたい。だが同時に、別の魔王の分霊憑依者と鉢合わせるかもしれない。アンジーが倒れている今、危険極まりない任務となるだろう。


(アンジーに頼り過ぎな現状が、身に染みるな。だがあいつの負荷を下げようとしたら、ご覧の有様だ。敵が悪すぎる。代わりはいると言えば、いるが)


 視線を上げ、リンディは桃色の瞳をそっと見る。彼女はリンディを超える、最強の魔法使い。かつ、その神獣は契約魔法の系列に特化しており、アンジーの力を上回る。適任中の適任だったが、本人の志望により、この春から教師となっていた。


(万が一、この子にまで何かがあれば。あたしは)


 リンディは拳を固く握り締め、もう一度深く息を吐く。


「……気持ちはわかる。だが、魔王の憑依者に出張ってこられたら、対抗できない。むざむざと敵の駒を増やしかねないし、許可できない」

「確かに。アンジー様がいても、一方的だったようですから」

(むしろアンジー一人なら……なんとでもできたんだろうな。あたしが先々の不安から、余計なことをしたせいだ)


 今回、魔王の分霊の調査を行うにあたって諜報員たちをつけたのは、リンディの判断だった。アンジーの負荷を鑑みてのことであったが、彼らが倒されたことで、アンジーは窮地に陥っている。藪蛇だったと言わざるを得なかった。


「魔王の切り札は、闇魔法と高位魔物召喚だ。これを対処ないし回避できるよう、今後の諜報活動は、より戦略的な判断に基づいて実施する。伯爵の息子については、ナイト帝国とジャスに通告を。魔王の分霊の憑依者がいたという実例であり、それを学園が対処できたという示しにもなる」

「シリカ王国へは?」

「ナイトとジャスが文句をつける。放っておけ。どうせ向こうからは、何も言ってこない」


 リンディは投げやりに述べた。目の端に、苦笑いの新任教師が映る。


「街周囲の魔物については、防衛軍が各個撃破したとのこと。18時間後、防衛体制を解くそうです」

「わかった。外壁の耐久及び防衛軍の撃破データは、きちんととらせておけ。今後の交渉材料にもなる。原因の特定については?」


 リンディが尋ねると、プリムラムは首を縦に振った。


「先の伯爵令息の尋問の結果、魔王が呼び寄せているものとみて間違いありません。ただ先日の7万体については否定していましたが」

「同じだと断定しろ、証拠や証言はいらない。必要なのは魔王が魔物の群れを作って、意図的に襲わせられるという事実。スタンピード……だったか。その危険性を議論する必要がある」

「諸国ともですか?」


 尋ね返すプリムラムの口元には、意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。同じ笑顔を返し、リンディは頷く。


「シリカは外しておけ。連中、エルとアーリィを非所属武装勢力に捕らえさせておいたことといい、堂々と魔王側だ」

「わかりました」


 報告が終わり――――二人、押し黙る。廊下に長めの、沈黙が降りた。


「…………施術、明日までかかるって話でした」


 プリムラムが、施術室の扉をじっと見ている。リンディも振り返り、同じように扉の向こうを見据えた。


「もう、真夜中です。休まれないんですか?」

「休めると思うか?」

「今からでも、誰か抱き枕にされては? アプリコットさん、ユーラニアさん、リンドウさんやエルさんでも」


 どこか拗ねたように、甘えたように、プリムラムがそっと告げる。リンディは目を伏せ、吐き捨てた。


「…………そういう問題じゃねぇよ」

「そういう問題です」

「アンジーが! こんな状態で!」


 リンディは、顔を上げる。教え子の瞳を、揺れる目で見つめた。


「あたしが休めるわけ、ないだろう……!」

「なら」


 桃色の差した彼女の目が、細められ、歪む。




「もう! 休ませてあげて、くださいよ!」




 プリムラムの訴えに、リンディは思わず視線を逸らした。


「ジャスの隅っこで、あなたたちに拾われて……15年。ずっと二人を見てきました」

(15年……もうそんなに、経ったのか)


 道端で呆然としていた、桃色髪の薄汚れた女の子。リンディはその出会いを、少しだけ懐かしむ。学園に連れ帰り、後に生徒として教え、教師にまでなった……大事な教え子のことを。


「諜報が必要なら、私がやります。アンジー先生と同じこと、私ならできます!」

「おやめ」

「やめません! 教師じゃなくても、あなたの助けになるなら!」

「やめておくれ……! あんたの夢だったじゃないか!」

「違う! 私の夢は、二人みたいになって!」


 言い募るプリムラムが、大きく息を吸う。



「私のお母さんたちに、恩返しがしたかったんです! まだ、二人がいるうちに!」



 目の端に映る彼女は、拳を強く握り、肩を震わせていた。瞳に涙を溜め、唇を強く引き結んでいる。


「だから先生になりました! でも諜報員の方がいいなら、私は!」


 リンディは皮肉げに、頬を歪めた。


「やめとくれ……母親代わりなんて、務まらなかったろう。あたしも、アンジーも」

「ずっと先生してたんだから、当たり前じゃないですか! これからですよ!」


 怒ったように叫ぶプリムラムが、リンディの肩を掴む。彼女に揺さぶられるに任せ、リンディは目を伏せた。 


「もう無理しないでください! 私が頑張りますから!」

(この春やっとなれたって喜んで、教師として頑張ってると思ったのに。ウォルタードやラカルも、よく教えて)


 崩れるように、彼女の体がのしかかる。

 リンディは濡れた瞳の向こう、そこに映る桃色の髪に、少なくない年月を見た。口減らしで奉公に出され、奉公先の貴族の家からは追い出され、路頭に迷っていた少女。出逢ったのはたまたま、アンジーと二人で視察旅行に出ていた時だった。教育者として、学園長として、孤児や貧民には手を差し伸べないと決めていた、リンディだったが。

 その子を拾い、プリムラムと名付け、育てた。

 生徒として……否。

 娘として。


 思い出が。

 背中を、肩を。

 強く、引きつらせる。


「寝相も直します! だから、だから……!」

(この子は……また、こんな顔を、して)


 プリムラムのくしゃくしゃな横顔を、そっと見つめる。

 彼女が寝台からリンディを蹴り落とし、当たり所が悪くて偶然死んで……再生して。それまで無反応で死んだようだったプリムラムが、初めて感情を見せたときと、同じ顔。

 ただの拾い子が養い子になり、あるいは家族となる……そんなきっかけになった時の顔。


(初めて母と呼んでくれたときと……同じ顔だ)


 リンディは遠慮がちに手を回し、プリムラムを受け止めた。


「リンディママも! アンジーママも! いかないで……! 置いていっちゃ、いやぁ」

(いつまでも泣き虫は、治らないね。プリムラム。でも)


 代わりに泣いてくれる、プリムラムを抱きしめて。

 リンディは涙を、堪えた。


(あたしだって……離れたくなんて、ないよ)


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悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~3話までに相当します。
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