第七節
「困るなぁ……」
突然、友人の颯斗に不機嫌そうな顔で言われた侑聖は困惑する。
「こ、困るなぁ?」
「喧嘩してないのに気まずいままなのは御免だよ。……五月十五日から君は、分厚い心の壁を作って僕と接するようになったよね?」
侑聖は唇をぎりりと噛んだ。違う、と否定できない。図星なだけに。
「壁を作った理由は……僕の家庭事情を雪弥にバラしてしまった罪悪感から、俺は颯斗と何事もなかったかのように仲良くしたらいけない、と思うようになったからかな?」
夜空に打ち上がる花火のドンッという音に妙に苛立ちを覚えて拳を強く握り締める。
煩ぇ静かにしろッ!!
「僕の望みは君が以前のように普通に接してくれる事なんだけど」
「それは無理だっ! 俺はお前を支えると決めたのに逆に追い詰めた。もう……、友達でいる資格がねぇ」
「僕もね。腹が立ったし許せないし嫌いにもなった。けど、既に君は何度も謝ってるし、『しなくていい』って言ったのに土下座まで……。侑聖。やってしまった事は仕方ないよ」
「し、仕方ないって!」
「そんな事より、侑聖に協力して欲しい事があるんだけど」
「……協力して欲しい事? ──何でもする!」
「これは、償う為なんかじゃなくて……僕の友達として協力して欲しい」
侑聖はたじろいだように目をぱちぱちとさせて、やがて「分かった」と頷く。
「思い出作りに協力して欲しいんだ」
「思い出作り……?」
「覚えてるかな? 小六の頃、僕は目的を見失ってからユラユラと彷徨う幽霊のようにぼんやりと生きてた」
お母さんを守る為にお父さんを殺す──。
これが颯斗が六歳の頃に立てた目的だ。
『あいつを殺せないんだったらッ!! お母さんを救えないなら! 《《俺》》はもう生きてる意味がない!!』
小六の頃に、颯斗は侑聖の前でそう叫んだ。歯を強く食い縛り、絶え間なく涙を流しながら。
「侑聖はダメダメな僕をサポートしてくれた。……よく覚えてるのは、『教科書を忘れた』と打ち明けた僕に、君は呆れつつも自分の教科書を渡した。そして……教室に入ってきた先生に『忘れましたー!』って笑いながら報告して唾が飛ぶくらいめちゃくちゃ叱られてた」
颯斗に「覚えてる?」と笑みを含んだ声で訊かれて、侑聖は「覚えてる」と決まりが悪そうにそっぽを向いた。
「君との思い出は、思い出しても辛くならない。だから、できればこれからも思い出しても辛くならないような思い出を一緒に作って欲しい」
颯斗の頼み事に侑聖は泣きたくなった。
思い出しただけで辛い気持ちになる記憶ばかりが増えていき、思い出す度に心をグシャリと押し潰されて。だから颯斗は──。
「思い出作りに協力する」
侑聖は力強い口調で言った。
「思い出すだけで楽しくなるような思い出をお前にプレゼントしてやるよ」
「本当か!?」
「ああ本当だ!」
侑聖はニカッと笑った。
「ありがとう、侑聖!」
お菓子を貰った子供のように喜ぶ颯斗に侑聖は「おう!」と返す。
「けど、雪弥のスパイクをゴミ箱に捨てた事はまだ許してないからね」
颯斗からの容赦ない一撃で侑聖は大ダメージを負う。
「何で今そーゆう事言うんだ!?」
だって、と颯斗は突っ込まれた事が不服だったのか不満そうに言う。
「侑聖が雪弥に冷たいから」
「つ、冷たくねぇ……」
か細い声で否定したが、侑聖は雪弥に対して冷たく接している。故意ではないにしても、颯斗を傷つけた事がどうしても許せないのだ。雪弥よりもっと酷い事をして颯斗を追い詰めた(+恐らく深く傷つけただろう)自分を棚に上げているのは、我ながら最低だとも情けないとも思うのだが。
「いや、冷たいよ。雪弥にだけ口調がきつい」
「分かった、気をつけるから! 後、雪弥のスパイク捨てたのは死ぬほど反省してるしもう二度としない!! お前には言うの忘れてたけどよ、俺は一昨日に颯斗とお揃いのスパイク買って雪弥に渡したしちゃんと謝ったんだ!」
「へぇ、それは知らなかったな。でも、僕とお揃いって……、雪弥はどんな顔してた?」
「スゲー喜んでた! でも、『これ……本当に貰ってもいいんですか?』って叱られた犬みてぇな顔してた」
「犬かぁ……雪弥は可愛いね」
「あいつのどこが可愛いんだよ!?」
侑聖が不貞腐れたような顔で言うと、颯斗は突然侑聖に背を向けた。
「颯斗?」
「……雪弥に言うよ……」
これ以上ないくらい声が揺れている。颯斗が恐る恐るといった様子でゆっくりとこちらを振り返る。侑聖は動揺するあまり、息を吸うのも忘れて颯斗の顔を見詰めた。端正なその顔はいつになく不安げだ。
「やっぱり、お父さんの話をされるのは今はまだきつい……。でも。僕が卒業するまでに必ず、十一月十六日の話の続きを聞かせて欲しいってお願いする。その日まで待ってて欲しいって…………。明日の部活終わりに雪弥にそう言おうと思う」




