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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第三章
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第九節

 陽翔あきとは空になった紙コップ(唐揚げは二人で分け合った)を手に持ちながら、

「そっか。瀬川せがわさんが風花ふうかと別れたのは音が怖かったからだったのか。俺はてっきり、風花と喧嘩しちゃったからだと思って、心配して戻ってきたんだけど」

 独り言のようにそう呟いた。

「ねぇ、瀬川さん。今日、風花と喧嘩してない?」

 それから、心配そうに尋ねてきた。

 喧嘩か……。

 華那はるなはためらいがちに口を開く。

「してないよ。気まずくなった時はあったけど」

「気まずくなってしまったのか……。あっ! 気まずくなったのって、もしかして雪弥ゆきやの話をしたせい? 風花から、喧嘩と《《報復》》の件を教えてもらったから?」

「えっ?」

 報復って何の事……?

 華那は陽翔が口にしたインパクトのある言葉に困惑しつつも、

「喧嘩の件って、雪弥が天崎あまさき先輩と喧嘩した事だよね? でも、報復の件って何? 風花には篠田くんから『何もない』とか『大丈夫』って返されたって聞いただけで……。そんな話は一度も聞いてないんだけど」

 何とかそう答えた。

「そっか」

 すると、陽翔は難しい顔で相槌を打った。

「瀬川さんはまだ風花から何も教えてもらってないんだね。……実は雪弥が、風花から事情を聞いている筈なのに瀬川さんが自分に何も訊いてこない、ってずっと不思議がってたんだ。だから俺はその時に、『風花が瀬川さんに伏せてる可能性が高いかもしれない』って勝手に予想してたんだけど……。やっぱり。……瀬川さん、俺は『何もない』とか『大丈夫』なんて風花に言ってないよ」

 ──言ってない?

「じゃ、じゃあ!」

 華那は思わず大きな声を上げた。

「やっぱり、雪弥に何かあったんだ!? で、風花は何があったのか知ってるんだよね!?」

「うん、風花は知ってるよ。俺が教えたから」

 何それ、と華那は心の中で不満そうな声で呟いた。

 風花は、篠田くんから雪弥に何があったのかをちゃんと教えてもらってたのに、私にずっと隠してたんだ。

 それってもしかして……、雪弥の事なんてどうでもいいと思ってるなんじゃない?

「ちゃんと説明するね」

 華那の表情が険しくなった事に気づいたのだろうか。陽翔は穏やかな声でそう言った。

「まず、風花に『もしかして、清水に何かあったの?』って質問された日。その時点で、雪弥はまだ俺に相談してなかった。だから、俺は風花に、『分かり次第、必ず報告する』って伝えただけだった。

 そして、雪弥から相談を受けた後。俺は風花に、差し支えない範囲で話した。風花は瀬川さんにそれを伝えなかったみたいだけど……。

 多分、色々と考えた結果、瀬川さんに伝えなかったんだと思う。今日の午前中も、話そうとしたけどやっぱりやめて、代わりに瀬川さんを安心させようとしたんだ。これは、あくまでも俺の憶測に過ぎないけど」

 だが、陽翔の憶測通りであれば──。

 今日午前中に、茶道部で気まずい空気になってしまった後に、華那の返事を聞いた風花が、心の底からホッとしたような微笑みを浮かべた理由の説明がつくと思った。

 陽翔が言った通り、風花は考えた上で華那に伏せていたのかもしれない。

 また、風花は華那を安心させる為に、陽翔が『何もない』『大丈夫』と答えた、と再び嘘を吐いた可能性が高い。

 雪弥の事なんてどうでもいいって思ってる、って勘違いして本当にごめん。……後、本当にありがとう。

 華那は心の中で、風花に謝罪とお礼、両方の言葉を述べた。

 だが、雪弥に何があったのかを知りたいという思いは、収まるどころか、寧ろ強まっていく。

 篠田くんは、雪弥から相談を受けたって言った。……って事は、風花よりも詳しい事情を知ってるんだ。もし本当に知ってるなら、少しでもいいから教えてもらいたい。

「ねぇ、篠田くん」

「ごめん、教えてあげられない」

 華那が話しかけるや否や、陽翔は困ったような顔で拒否した。

「何で……?」

「俺は雪弥から全てを話すなって頼まれた訳じゃない。けど……。雪弥は瀬川さんにだけはどうしても負担をかけたくないらしいんだ。恐らく、風花も同じように思って、伝えないという決断をした。……だから、俺が瀬川さんに教える訳にはいかない」

 華那は少し考えてから、

「雪弥の心は晴れたの?」

 陽翔にそっと尋ねた。

「それは……。どう答えたらいいのか凄く悩むよ。もしかして、晴れてないって予測して心配してるの?」

 華那は、うん、と頷く。

「今朝、雪弥は励まして私の心を晴らしてくれたの。だから、まだ何か私に出来る事があるなら力になりたい。靄を払って心を晴らしたい」

 一部でもいいから教えて、と華那は頼んだ。

 すると、陽翔は考え込む風情を見せた後、「わかった」と頷いてくれた。

 だが。舞台の催し物が終了したのだろうか。体育館から大勢の人がこちらに向かって来ていた。

 あっ、雪弥だ! どうしよう!?

 その中に《《雪弥》》がおり、徐々にこちらに近づいてくる。

 多分、篠田くんは差し支えない範囲を私に教えるだけだし雪弥は怒る事はないと思う……。だけど、篠田くんと一緒にいるところを雪弥に見られたくない──!

 焦る華那に対して、陽翔は「手短に話すね」と冷静だ。

 華那がこくりと頷くと、陽翔は淀みなく語り始めた。

「まず、颯斗はやと先輩と雪弥の喧嘩について。

 去年の十一月十六日の部活終了後、部室で雪弥と颯斗先輩は楽しく雑談していた。だけど、会話中に雪弥が先輩の地雷を踏んでしまった。しかも最悪な事に、雪弥は地雷を踏んだ事に全く気づかずに、そのまま踏み続けて、ついに最後の一言で踏み抜いてしまったんだ。その結果、颯斗先輩と雪弥は、必要最低限の会話しかしなくなり、とうとう目すら合わせなくなってしまった。でも、心配しなくても大丈夫だよ。雪弥も言ったと思うけど、地雷を踏んでしまった事を雪弥が今でも気にしてるだけで、去年の十二月中旬ごろに雪弥と颯斗先輩の二人はバッチリ仲直りしてるから。

 次に、今年の五月十四日。多分、雪弥が久しぶりに瀬川さんに話しかけた日だったかな。その日の部活終了後に、雪弥は軽い嫌がらせに気づく。その嫌がらせをした犯人は、颯斗先輩の友達だった。理由は、颯斗先輩の代わりに報復する為。……ごめん。理由の詳細は複雑だから省かせてもらうね。

 そして、次の日。その先輩は雪弥にちゃんと謝罪して、無事に解決した」

 一気に語り終えた陽翔はふうと息を吐いた。

 華那の心には数々の疑問が湧いてくる。

 だが、それを口にする前に──猫の忍び足のような静かな足音が聞こえて、慌てて口を噤む。

 

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