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塞ぐ  作者: 海原ろこめ
第三章
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第八節

 だが、それでも言おうと決断して華那はるなはゆっくりと口を開く。

 どうか理解してもらえますようにと心の底から願いながら。

「花火の音やピストルの発砲音、風船の破裂音とか。後は予測不能な音が怖い。……でも、苦手な私が普通じゃなくて変だから。風花ふうかに迷惑かけてしまって、本当に申し訳ないと思ってる」

「どうして?」

 陽翔あきとの怪訝そうな声が聞こえて、華那は思わず顔を上げた。

「えっ?」

「それはさ、風花も瀬川せがわさんと一緒に楽しみたかったとは思うけど、一人で体育館から出てきた瀬川さんが一番辛かったんじゃない?」

 華那は驚いて目を見張った。

 何で、何も言ってないのに私が辛かったって知ってるの!?

 これ以上、陽翔に自分の気持ちを悟られないように、華那は無表情を取り繕った。

「私は別に辛くないし、大丈夫だよ……」

 だが、震えた声が出てしまう。

 情けなくて恥ずかしくて堪らない。

 でも、自分の気持ちに嘘吐かずに「辛い」って言えたらどんなに楽だろうか。

 華那が胸の内で嘆くようにそう呟いたその時。

「瀬川さん」

 陽翔が真剣さを強く感じる声で華那の苗字を呼んだ。

「これは俺が去年の夏に知った事なんだけど……。感情を抑圧する行為に慣れ過ぎると、感情と感覚が『麻痺』しまうんだって。で、麻痺してしまった結果、自分は平気なんだと思い込んでしまって、却って心の傷が深くなる場合もあるらしいんだ。……瀬川さんは今、自分の感情を無理に抑え込もうとしてない?」

 質問と共に、陽翔の瞳が射抜くようにこちらに向けられた。

 まさか、あの琥珀色の透き通った二つの瞳で、華那の心の内を見透かしたのだろうか。そんな事はあり得ない、とは言い切れない。

 実際、陽翔は華那の本音を完全に見抜いていたからだ。

「本当は凄く辛くて悲しかった! 風花や他のみんなと同じように普通に楽しめたらどんなにいいかって思った! みんなはズルい、何で私は毎日、音に怯えながら生きなくちゃいけないのって。めちゃくちゃ腹立つし悔しい! 私も普通の人間になりたい!!」

 ふと気づけば、自分の気持ちを吐露していた。

 バカだ、私。何も考えずに全部ぶちまけて……。

 陽翔の前で吐露してしまった事を深く後悔して、泣きたいような心持ちになった。

 嫌だ! 絶対に泣きたくない!!

 涙が一粒たりとも零れてしまわないように、華那は強く唇を噛む。

「──大丈夫だよ」

 陽翔が励ます時に頻繁に使用されるありきたりな一言を口にした。

 だが、今まで聴いたどの『大丈夫だよ』よりも、華那の心にズドンと響く。

 陽翔の言葉には重みがあり、思いやり溢れる声だったからだろうか。

 とにかく、「根拠のない『大丈夫だよ』は要らない」とは反論できなかった。

 陽翔は春の陽だまりのような温かい表情で続けた。

「自分の感情は抑圧するより、吐き出した方がいい。吐き出す事は何も悪い事じゃないから。今までずっと、たった独りで抱え込んで悩み苦しんでいたんだね。瀬川さんさえ良ければ、俺は話を聞くよ」

 陽翔の言葉に、華那は思わずハッと息を呑む。

 これが、本物の優しさだと思った。

 今しがたの自分の発言に対して、批判やアドバイスなどは求めていない。

 他人である陽翔が、自分が『たった独りで抱え込んで悩み苦しんでいた』事を理解してくれた。ただそれだけで充分だった。とてつもなく嬉しかった。

 ただし、「篠田陽翔」が優しい人間かどうかは現時点ではまだ分からない。

 だけど、ほんのちょっとだけ、篠田くんの事を信じてもいい?

 華那は他でもない自分自身に切実な声音で問いかけた。

 うん、いいよ。ほんのちょっとだけなら信じても。……信じすぎなければ。

 華那は自分に許可を出した後、ゆっくりと口を開いて懸命に声を絞り出した。


 篠田くん、ありがとう……。でも。もう充分吐き出したから平気。


 陽翔は「分かった」と温かい声で答えると、後はもう何も言わなかった。

 本当に平気なの?

 そう訊き返さない陽翔の優しさが身に染みる。

 正直、これ以上何も質問されたくないし、これ以上何も喋りたくないからだ。

 だんだん目頭が熱くなってきた。体中までジワリと熱くなり始める。

 しかし、不思議と嫌な気持ちはしなかった。柔らかい毛布に包まれているかのようにさえ感じた。

 華那は、グレーチェックのスカートの上に乗せた両手を組んで強く握りしめながら、胸の内で神様に話しかけた。

 神様。どうか今だけは、この温もりに浸らせてください──。

 そして、存在不明な神様に対してただただ祈った。


 二十秒くらいの心地良い沈黙が流れた後、先に口を開いたのは陽翔だった。

「ねぇ、瀬川さん」

「……ん? 何?」

「唐揚げ食べる? 唐揚げ食べたらすっごく元気が出るから」

 陽翔の勧めは唐突で、華那は思わず吹き出した。

 か、唐揚げって! どうして急に!? あっ、そういえば、篠田くん、唐揚げが大好物だって勉強会の「おしゃべりタイム」の時に言ってたけど!

 と、笑った事によって、溢れそうになっていた涙が一気に引っ込んだ。

 あぁ、よかった……。人前では絶対に泣きたくないから。

「あっ、もしかして疑ってる? 本当に元気百倍になるんだよ。だから、アレルギーとか苦手じゃなかったら遠慮しないで」

 陽翔はふわりと微笑みつつ、唐揚げ入りの紙コップをこちらに差し出してきた。

「どうぞ」

「……うん、ありがとう!」

 緊張している時に出てしまう、普段より高めの声で礼を言ってから、陽翔から唐揚げを一個もらった。

 いざ一口食べてみると、衣はカリカリで、お肉は柔らかくてジューシーでとても美味しかったので、思わず顔が綻んだ。

 あ、確かに唐揚げ食べると元気出るかも! さすがにまだ元気百倍じゃないけど……。

「おいしい!」

 幸せそうな顔で唐揚げを頬張っている陽翔をチラリと見ながら、華那は嬉しそうに微笑んだ。

 篠田くん。温かい言葉も唐揚げも本当にありがとう──。


 

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