第三十四話 最も愚かな“大賢者”
前回のあらすじ:
ついに叡智の塔を制覇!
ヒイロ、モモ、リンゴはそろって〈賢者〉となり、
また究極魔法の一つ〈ホーリー〉を持ち帰る。
俺――賢者の学苑生ナナシは、王都の繁華街にくり出していた。
ヒイロたちが晴れて〈賢者〉となり、叡智の塔を降りてからも、いろいろあった。
「生還者の笑顔」亭では、三つ子の夫妻が盛大にお祝いしてくれた。
王都に帰った後も、カーマイナー先生がお祝いしてくれた。
先生は俺たちが誰一人欠けることなく帰ってきたことを、涙混じりに喜んでくれた。
翌日にはモモ(とリンゴまで!)が、オリーヴィアに報告というか、煽りにいった。
ヒイロは学苑のあちこちで自慢して回り、普段は寄り付かないような場所まで練り歩いていた。
二十年ぶりに至った正真の〈賢者〉なのだから、少しは落ち着きというものを身に着けて欲しい……。
無論、ケンキドゥの執務室にも報告に行った。
「素晴らしい! ヒイロ君なら必ず〈賢者〉になれると確信していたよ。私の目は間違っていなかった。それも一度に三人も〈賢者〉が誕生するなんて、さすがはカーマイナー教室だ! 私も学苑長として鼻が高い」
とヒイロ、モモ、リンゴの肩を順に叩き、賞賛なんだか自画自賛なんだか怪しい台詞をほざいた。
「私の目は間違っていなかった」だ? 「さすがはカーマイナー教室」だ?
よくもぬけぬけと言えたものだ、モモとリンゴの名前も憶えていないくせに。
この実力差別者は、〈賢者〉になれなかった俺のことは未だに無視だしな。
とにかくヒイロは、今後はケンキドゥの言いなりになるつもりはないことを、バシッと言ってやるつもりだった。
ところがケンキドゥは俺たちを執務室に残し、そそくさと出ていった。
「すまないが、公務が多忙を極める時期でね。〈賢者〉到達のお祝いとお披露目はまた後日、盛大にやろうじゃないか!」
などと一方的に言い残して、こっちの話を聞く耳も持たなかった。
俺たち四人は鼻白んだけれど、まあ構わない。
もしまたケンキドゥがおためごかしとともに命令をしてきたら、その時こそ突っぱねてやればいいのだからな。
――というのが昨日のこと。
今日はアリアが誘ってくれて、彼女が見つけたばかりだというシックなムードの喫茶店に来ていた。
「まだ発表されてないんですが、お城で国王選挙が行われて、ケンキドゥ師が次の大賢者に選ばれたって話を、小耳に挟みました」
丸テーブルの向かいに座るアリアが、情報通なところを披露してくれる。
さすがマルム商会の支部長として、早くもこの国に根を張っているようだな。
俺は彼女みたいな聡明でデキる女性が、す、す、好きだっ。
「それならケンキドゥが多忙を極めるのも当然という話か」
「ええ、すぐにも戴冠式ですしね。ヒイロさんたちの〈賢者〉お披露目も、そこで同時にやっちゃうんじゃないでしょうか?」
「学苑長としての成果だと手柄面して、自分の権威付けに利用する腹だな。あの男なら大いにあり得ることだ」
「近日中に、お城から招待状が届くと思いますよ」
アリアの政情判断に納得すること大で、俺は何度もうなずいた。
「それはそれとして、今日は私からの塔制覇お祝いですので、なんでもお好きに食べてくださいね。ここは夜は会員制のレストランになって、お昼でも本格的な料理が注文できるんです」
アリアはとびきりの笑顔で、メニュー表を渡してくれる。
俺が開くと、「オススメはこれとこれで――」と教えてくれる。
あれがいいかこれがいいかと、二人で仲良く選んでデート気分を満喫する。
……満喫できる予定だったんだがなあ。
「お祝いとか、あたしは納得いってないんですけどぉ?」
メチャクチャ不満そうな声で、横から口を挟まれた。
エリスである。
ぶーたれた顔で頬杖ついていた。
そう、実は一緒にテーブルを囲んでいたのだ。
せっかくアリアが誘ってくれたのに、まるで俺を監視していたかのようなタイミングで現れ、勝手にズカズカついてきたのだ。
こいつがいなかったらアリアと二人きりだったのに。
きっとデートになったのに。
とんだお邪魔虫もいいところだ。
「俺とアリア(のデート)の邪魔しておいて、何がそんなに不満なんだ?」
「塔を制覇したのはいいけど、なんでマグナスだけ〈賢者〉になってないわけぇ?」
「〈魔法使い〉になりたての俺が、〈ジニアスアバター〉と一対一で戦って勝てるわけがないし、そもそも俺は〈賢者〉なんて器じゃないんだ」
だって〈僧侶〉の〈職業〉も必須なんだぞ?
神だの神霊だのを心から信仰しろって?
ムリムリ。生理的に受け付けない。
「そこをマグナスが奇想天外な秘策をこねくり回して、詐欺みたいに〈賢者〉になるんだろうなあって楽しみにしてたのよ? あたしの期待、返してくれる?」
「勝手に無茶な期待をするおまえに、俺から返す言葉は一つだ。勝手に失望してろ」
「あっは塩ー」
俺は冷淡に切り捨てたのに、エリスはむしろ喜んでしまう。
こいつも本当に変わり者というか、業の深い奴だな……。
まあ、業深さでは俺も五十歩百歩かもしれん。
くり返すが、俺に〈賢者〉なんて偉そうな役職や称号は似合わん。器じゃない。
なりたいとも思わん。
そんなものよりも、俺は魔法を極めたい。
習い始めてから三か月、日に日にハマッていくのを感じる。
そう。
どうせ高みを目指すなら、〈賢者〉なんかより世界一の〈魔法使い〉になりたい。
誰が何と言おうと俺はそう思う。
「じゃあまあ、いいわよ。マグナスは〈賢者〉になれなかったけど、塔を制覇したのは間違いないんだし、お祝いにしましょうか」
「おまえに別に祝われなくても、アリアが祝福してくれるからいい。帰れ」
むしろ、おまえが帰ってくれたらそれが一番のお祝いなんだが?
「そんな意地張らないの! 友達少なそうなマグナスに、あたしとアリアの二人でお祝いしてあげるって言ってるんだから。えっちなやつでもいいのよ?」
「要らんわ!!」
「だってさ、アリア。マグナスはこう言ってるけど、あんたはどう?」
「わ、私は別にそれでも……」
「!!!!!!!!???????」
俺は狼狽のあまり、真っ赤になって席から腰を浮かしてしまう。
そんな俺を見てエリスは爆笑、アリアまで堪らず噴き出し、いつまでも忍び笑いする。
見事に二人にからわかれた!
その後も俺はエリスのオモチャにされ続けた。
アリアも意外と茶目っけがあってノリノリだった(また一つ、彼女の魅力を見つけた)。
俺に肉を食べさせようとするエリスと、対抗してパンケーキを食べさせようとするアリアの、二人のフォークを同時に口に突っ込まれた時が、最高潮だったと思う。
まあ、はしゃぐアリアが見られて俺も幸せだったので、文句は言わんが(だからってエリスに感謝はせんが)。
祝いの席が終わった別れ際、エリスが妙なことを言い出した。
「マグナスが記憶をなくして学生を謳歌してるのは、〈賢者〉になるためじゃないのはわかった。でもそろそろ種明かしが始まるわよね。違う?」
――と。
なぜかアリアに向かってウインクしていたのだ。
◇◆◇◆◇
アリアの予測通り、戴冠式に出席するようカーマイナー教室に招待状が届いた。
ケンキドゥが次の国王に選ばれたのも、既に王都では公示されていた。
「あいつが“大賢者”とかヨモスエだな!」
「亡国まっしぐらって感じ~」
「でもじゃあ前の“大賢者”様が立派なお方かっていうと、そうでもない気もするけどー」
ヒイロ、モモ、リンゴたちが学生の本分として、社会風刺に花を咲かせていたものだ。
「ともあれせっかくケンキドゥの奴が、お城に招待してくれたんだ。みんなで乗り込んでやろうぜ!」
「どうせ戴冠式で、自分のおかげでアタシらが〈賢者〉になれたって自画自賛したいだけでしょ?」
「オレの実力だよバーーーーーカ! ってその場でみんなで言ってやろうぜ!」
「お姉ちゃん的にはさすがに言葉を選んで欲しいところだけど、でも立場表明するまたとない機会だと思うわ」
そんな風に話し合って、俺もふくめて四人で登城することになった。
招待状を見せると、門番の兵士がすぐに通してくれる。
どころか、
「若き〈賢者〉の皆様にお会いできて光栄です」
と最敬礼で迎えてくれた。
門番たちの視線の中には、俺も入っていて少し居心地が悪かった……。
城に入ると今度は女官が、俺たち用の控室まで案内してくれる。
広い廊下では、他の出席者たちの姿も散見できて、皆がドレスや燕尾服で着飾っていた。
「アタシもいっぺんドレスとか着てみたかったな」
「仕立てるにも高いし、それに学苑生は制服が正装だしねー」
モモとリンゴが女の子しながらぼやく。
こういう時、いつものヒイロなら「馬子にも衣裳ってやつだな!」とかよけいなことを言ってしまいがち。
ところが、
「そ、そんなのいつかオレが買ってやるって。……オレも二人のドレス姿、見たいし」
などとゴニョゴニョ言っていた。
おかげでモモとリンゴの目が丸くなること丸くなること。
まあヒイロも二人の気持ちを知ったことで、変化せずにはいられないってことだろうな。
俺が微笑ましい気持ちで三人を見ていると、
「ご無沙汰してます、ナナシさん。それにヒイロさんたちも」
意外な知人から声をかけられた。
ジェリド教室のクールな少女、ミントである。
俺的には、助けたお礼にサンドイッチを作ってもらったのに、エリスに邪魔された記憶が最後なので、非常に気まずい。
そして恐らくミントも、同じ気持ちなのだろう。「私たちに何もありませんでした。いいですね?」という態度を、ことさらに意識しているように見える。
「〈賢者〉になったことですし、皆さんも招待されてると思っていました」
「そういうミントは、プロテッシア師のご令嬢として?」
「はい。公の式典にはなるべく出席し、顔を売るよう父と兄に言われています」
ミントの父親は“十三賢者”の一人で、“兵法百識”の異名を持つ将軍。
今は最前線で“魔霊将軍”を食い止めているので、今日は副官を名代に出すだけで、臨席はしないとのこと。
またミントには年の離れた兄がいて、王宮の警備の総責任者だということを今、聞かされた。
きっと優れた軍人一家なのだろうな。
その後も少し会話をしたが、ミントは「そろそろ失礼いたします」と会釈して、足早に立ち去った。
他にも挨拶をすべき相手が多いのだろう。名家に生まれるというのも、それはそれで大変そうだ。
女官に案内を再開してもらい、俺たちのために用意された控室に通された。
さすが王宮に相応しい、内装調度の立派な部屋だった。
「なんかメッチャ高そうな菓子が用意されてんだけど、全部食っていいんかな?」
「やめときなさいよ、ヒイロ。後で代金、請求されたらどうするワケ?」
「でも美味しそうだし、わたしはもらっちゃおー」
とヒイロたちは大はしゃぎ。
また部屋中、物珍しそうに眺め回していた。
ガクレキアンキはよそと比べて風通しの良いお国柄で、ヒイロたちは幼少のころ、社会見学で王宮に入ったことはあるらしい。
とはいえ開放されていたのはやはりごくごく一部分で、「こんな『貴賓室!』って感じのとこは見せてくんなかったなー」と笑う。
ともあれ式典が始まるまで、退屈はしなさそうだ――と、四人で話し合っていた時のこと。
「失礼いたします。ナナシ様にご面会を希望なさっておられる方が、いらっしゃいまして」
先ほどとは別の女官が入室し、お客を通してよいかと訊ねてきた。
「ヒイロたちじゃなくて俺に……? どなたかな?」
「ヴィヴェラハラの女王、ロザリン様でいらっしゃいます」
「は……?」
あまりに唐突な話というか、意味がわからなくて俺は当惑する。
どうしてそんな大人物が、無名の学苑生に会いたいというのだ?
二十年ぶりに〈賢者〉になった、ヒイロたちに挨拶したいというならば、まだ理解できるんだが……。
「お断りした方がよろしいでしょうか?」
「いや、すまない。お通ししてくれ」
まさか一国の女王の面会を、無下にするわけにもいかないしな……。
「え、オレらも会っていいの? マジで?」
「そりゃこの部屋に来るってんならそうなるでしょうが」
「なんかわたしの方が緊張してきちゃった……」
ヒイロたちがそわそわしているが、俺だって内心平静でいられない。
そして、部屋に現れた“善なる魔女王”のご尊顔を拝謁して、俺たちはもっと驚いた。
女王ロザリンの正体は、なんとゾウガメだったのだ!
『お久しぶりですね、ナナシ殿。お約束通り、遥々ガクレキアンキまで参りましたよ。全て貴殿の予測通りになって、驚くやら呆れるやらですよ』
しかもゾウガメが人間臭い表情で、達者にしゃべるから三度驚きだ。
さらに彼女の言葉の意味が、俺にはさっぱり理解できない。
「約束……? 予測……?」
『ああ、今の貴殿にお話しても、何が何やらですね。大丈夫、すぐに思い出します』
そう言って“善なる魔女王”は、俺の目を深く覗き込んだ。
そして――俺は全てを思い出した。
◇◆◇◆◇
私――今日この日より“大賢者”として戴冠するケンキドゥは、笑いが止まらなかった。
この国の有力者ほぼ全員が、私の即位を祝うために集まっている。
普通は招待状を送っても、一割以上はなんだかんだと理由をつけて、欠席するものなのだがな。
特にヴィヴェラハラから遥々、女王自身が慶賀のために足を運んだなど、いったいいつ以来の快挙かもわからない。
それだけ皆、私のことを無視できないということだ。
私の歓心を買いたいということだ。
当然だろう。
四十五歳になる前に“大賢者”になった者は、この国の長い歴史の中でも両手の指で数えられる程度。
“十三賢者”全員の票を捧げられた者は、五人にも満たない。
そして両方の基準を満たすのは、史上唯一この私だけなのだから!
愉快な気分が、後から後から込み上げてくる。
だが無論、こんなところが私の人生の絶頂というわけではない。
国王のための執務室で人を遠ざけた私は、神にも通ずる〈攻略本〉を愛でるように撫でていた。
森羅万象を網羅したこの本と、私の智謀が加われば、“大賢者”即位など所詮は造作もないこと。
私はここで満足するような男ではない。
目指すはこの東大陸の覇者だ。
私が目を付けたヒイロ君も〈賢者〉となり、もはやヴィヴェラハラの魔女どもも恐るるに足らず。
そんな冴えわたる私の脳漿に、この〈攻略本〉がある限り、もはや神ですら私の野心は止められないだろう。
「ケンキドゥ陛下。そろそろお時間です」
「あいわかった」
ノックの音が聞こえ、私は執務椅子から腰を上げる。
〈攻略本〉は傍にいた知恵の神霊に預ける。
「ゆくぞ。これが私の覇道の第一歩だ」
私が言うと、知恵の神霊はスーッと姿を消してついてくる。
執務室を出ると、私を呼びに来た老齢の侍従長とともに、謁見の間へと向かう。
式典の流れをもう一度だけおさらいする。
最初に前“大賢者”シェゾイの挨拶。次いで私。
その後、シェゾイ手ずから私に王冠を禅譲する。
再び私の挨拶と即位宣言。
そしてヒイロ君……とモモ君とリンゴ君だったか? を登壇させて、〈賢者〉お披露目。
重要なのはそこまでで、後は周りが勝手にやってくれる手筈。
謁見の間の袖から私が登場すると、一堂に会した有力者たちがワッと沸いた。
その歓声を心地よく聞きながら、一段高いところにある玉座の脇まで進み出る。
逆の袖から王冠を携えたシェゾイが現れ、二人で玉座を挟むようにして立った。
予定通りまずシェゾイが挨拶を始めるが、まあ耳を傾ける価値はない。
というか、奴が“大賢者”として十六年間、如何に心を砕いて国政を執ったかという自慢話ばかりで、聞くに堪えない。
そこは次の“大賢者”たる私が、どれだけ優れた人物かと大いに紹介すべきところだと思うのだがなあ?
まあ、いい。シェゾイにとっては最後の晴れ舞台だ。好きにさせてやるのも私の器量というものさ。
そんなシェゾイの未練がましい長話が終わり、次いで私の挨拶の番だが、敢えて手短に済ませた。
私が“大賢者”となって何を為すか抱負を語るのは、この後の即位宣言の時でよいからだ。
それよりも一秒でも早く、この頭上に王冠を戴きたかった。
式典作法に則り、私が謙虚に片膝をついて頭を垂れ、シェゾイもまた片膝をついて私に王冠を被せる。
それで私は名実ともに“大賢者”となる。
――なるはずだったのだ。
「その男に王位を渡してはならない!」
大声で胡乱なことを言う闖入者のせいで、戴冠儀式の邪魔をされていなかったら。
まだ二十歳かそこらの若僧だった。
生意気にもレア装備である〈大魔道の杖〉を携え、〈疾風朧々の長衣〉をまとう。
どこかで見たような顔の気がしたが……ううむ、思い出せない。
まだ若いのにいくつもの修羅場をかいくぐったような、精悍な面構えをしている。
「何奴だ!?」
「俺の名はマグナス。〈魔法使い〉マグナスだ」
マグナス? 全く記憶にない名だ。
ただの魔法使い風情が、不遜にもこの私の戴冠を邪魔しようとは!
私は怒りに任せて衛兵どもをどやしつけ、闖入者をつまみ出せと命じようとした。
ところが、
『我がヴィヴェラハラでは、“魔王を討つ者”ともお呼びするお方ですよ』
マグナスとやらの後ろから、あろうことか魔女王が現れ、隣に並んで言い添えたのだ。
“魔王を討つ者”――私の記憶を刺激するものがあった。
先日、シェゾイが何やらわめいておった輩のことだな?
小国ハリコンの魔法学院出で、各地の“八魔将”どもを討伐して回っているとかなんとか。
「その“魔王を討つ者”とやらが、なんの権利があって私の戴冠に異議を唱える!?」
「権利などない。だが貴様を批難する理由はある」
マグナスだかいう若僧が、傲慢にも私に指をつきつけて言った。
「貴様は己が立身栄誉のために“魔霊将軍”に魂を売った。そうだろう、ケンキドゥ?」
聞いて私は――ギクリ、と顔色に出してしまった。
次回もお楽しみに!




