第二十三話 先輩後輩(キース視点)
前回のあらすじ:
強力な黒魔女セレストの調略に成功!
私――「ネビス」ことキースは、シャロン先輩の工房を訪ねた。
魔法都市ネビュラの地下深くにあり、先輩が昔から使っている。
ヴィヴェラハラ屈指の〈魔女〉である“人形遣い”が、土や鉱石に関する比類なき造詣と魔法を使って増築と改築を繰り返し、今では地下にあるとは思えないほどの広大な空間になってしまっていた。
魔女としては落ちこぼれだった私は、シャロン先輩の凄まじさに改めて――コンプレックスを刺激されつつ――舌を巻いた。
試作中のゴーレムが立ち並ぶ工房内を見物しつつ、中央ドックでまた新たな一体に魔力を吹き込んでいる先輩の元へと赴いた。
「お久しぶりです、シャロン先輩」
「あら、キースじゃない! 本当に久しぶりだわ……何年ぶりだったかしら?」
「数えるのはやめましょう。どうしても年齢のことまで意識してしまいますから」
「そ、そうねっ」
私自身は自分の年齢について、大して頓着はない。
密かに想いを寄せているパウリ様が、年上好みだと知っているからだ。
一方シャロン先輩は、まだ二十七の若さなのに、大層気にしていらっしゃるようだ。
それはもう、遠目に見ていてもわかるほどに。
そう――
私が魔道火力支援部隊を率い、マグナス殿に呼ばれ、ヴィヴェラハラに帰郷したのは昨日今日の話ではない。
だからシャロン先輩のことも、ずっと遠目に見ていた。
見ているだけで、会いに行こうとは思わなかった。
魔女として大活躍しているシャロン先輩や、着実にエリートコースを歩いている四人の弟子たち――私がなりたくてもなれなかった彼女らの才能がまぶしくて、妬ましくて、近づいたら焼け死んでしまいそうだったから。
「ちょうど一息入れようと思っていたところなのよ。キースも一緒にお茶でもどう?」
対してシャロン先輩は、私が落ちこぼれ魔女にもかかわらず、昔から分け隔てなく接してくれる。
他の魔女たちと違い、先輩は私に蔑みの目を向けたことはただの一度もなかった。
シャロン先輩の美徳だ。
魔女とは思えない性格の良さ。何より……自分の存在価値に絶対の自信があるからだろうな。
パウリ様やマグナス殿もそうだ。
本当に自信のある人たちは、公平な考え方が根に備わっているように私は思う。
「この間、いい茶葉をいただいたのよ。賄賂ってほどじゃないけどネビュラ市長の役得ね。しかも戦勝続きで名声上がりまくりだし、今後はもっともっと私にすり寄ってくる人が増えるはずよね、グフフ……」
……公平な考え方がデフォな人のはずだ……多分。
ともあれシャロン先輩は、私のために手ずから紅茶を淹れてくれた。
工房の端に休憩スペースがあって、クッションの効いたソファもあれば、酒瓶の並んだ棚もある。
簡単な調理くらいなら、秘薬を調合するための竈や鍋が使える。
お茶を淹れるのだって、その秘薬の調合に比べればしごく簡単なもの。シャロン先輩の手前はさすがの一言だった。
「キースがネビュラに帰っていたの、本当はとっくに気づいていたのよ」
「……でしょうね」
私は「軍師直轄」魔道火力支援部隊の隊長だ。
戦場では基本、マグナス殿の近くにいる。
そして軍師は基本、将軍の隣にいるものだ。
ゆえに私とシャロン先輩は、戦場においてほぼ同じ場所に立っていたわけで、万事によく目を配る先輩が気づかないわけがない。
「でも、私の方からキースに声をかける勇気が出なくて……ごめんなさいね」
「やめてください。謝るのは、挨拶を怠った後輩の方です」
これは本当に私の方が申し訳なくて、カップを置いて頭を下げた。
ヴィヴェラハラでは女子は六歳になると、魔女の素質があるかどうかの検査を受ける。
義務ではないが、もし「アリ」となれば将来がある程度約束されるので、どんなに貧しい家でも親は娘に受けさせる。
そして「アリ」の子たちは国費で八年間、この魔法都市にある幼年魔女学校に通うことになる。
私とシャロン先輩は、その学校で出会った。
先輩の学年は二つ上だが、寮で同室だったのだ。
もちろん、優しくしてもらった。先輩にいびられるか、無視されるのが相場の魔女学校では、異例なくらいに。
だから私は、今でもシャロン先輩のことは尊敬している。
だから私は、シャロン先輩と一緒に魔女として大成できなかった自分に、今でも強烈な劣等感を抱いている……。
幼年魔女学校では全ての生徒が、教師陣である二流、三流の魔女たちの、画一的な授業を受けることができる。
しかし魔女として本当に大成するためには、卒業するまでに一流の魔女に弟子入りし、師事しなければ不可能だ。
誰の目にも留まらず、魔女としての才能を認められなかった者たちは、後はもう役人を目指すくらいしか将来がない。
シャロン先輩は一年の時点で早やゴーレム作りの才覚を認められ、高名な魔女の直弟子となっていた。
対して私は、誰にも弟子入りできないまま卒業してしまった。
魔女としての道を閉ざされ、役人として身を落ち着ける気には到底なれず、ヴィヴェラハラという国を恨み、嫉み、飛び出したという始末だ。
シャロン先輩にも一言も言わずに消えたから、きっと心配させていたことだろう。
「でもキースが立派になってて、安心したわ」
「立派とは言えないでしょう。元海賊の雇われ魔法使いです」
大っぴらには言えないが重犯罪者で、贖罪のためにカジウ海洋警察でコキ使われている身分である。
パウリ様への想いがなければ、やってられない。
「でも今、キースが私の軍を助けてくれているのも事実よ。バカ弟子どもは全く役に立たなかったのに!」
「それは……そうかもしれませんが……」
「ふふっ、後輩には恩を売っておくものね。まさに情けは人の為ならずだわ」
シャロン先輩はそう笑ったが、これはジョークだ。
この人が私に優しくしてくれたのは、決して損得勘定抜きだった。
そんな先輩に甘えて――私は聞きづらいことを、聞く。
「シャロン先輩のおかげで、魔道火力支援部隊の大増強がついに決まりました」
「ロザリン様が予算を認めてくれたからね。私も戦勝、戦勝で発言力が上がったからねグフフ」
「ですがヴィヴェラハラの世論を考えれば、あり得ないことです」
「戦争は単独で一軍を支配できるレベルの魔女がするもので、そうじゃない実質ただの魔法使いが戦場に立つことへの忌避感は、五年や十年じゃあ払拭できないでしょうしねえ」
「なのにシャロン先輩が推し進めてくれたのは――部隊を率いるのが、可愛がった後輩だからですか?」
ズバリ訊ねる私。
一方、先輩はにわかに答えない。
ゆっくりと視線を動かし、先ほどまで制作作業中だったゴーレムへ目を向ける。
マグナス殿の依頼で試作中の、史上類を見ないゴーレムだ。
「戦争なんてバカげたことを、でも必死にやってるからかしらね。最近、すごい勢いで魔法の腕前も魔女としての能力も上がっちゃって。〈フリーズⅢ〉なんてずっと会得できなかったのに、ここにきてスルッとよスルッと。とにかく新しいことをやるのが、できるようになるのが、楽しくて仕方ないの」
とシャロン先輩も、冗談めかしながらも豪語する。
戦争の早期決着のためには、当たり前だが「大局」と「局所」での優越、その両方が必要だとマグナス殿はいう。
“体制側”が最終的な勝利を収めるために、前者だけでも達成はできるが戦争は長期化し、後者だけで達成するのは奇跡の域だと。
また「大局」で勝るために必要なのは、「相手を嫌な気分にさせる」ことの徹底だとマグナス殿は説く。
黒魔女たちの調略作戦など、その最たるものだ。
一方で「局所」で勝るための準備も、マグナス殿は怠っていない。
その一つが、シャロン先輩に依頼した新型ゴーレムの実戦投入。
テストして満足のゆくものができ次第、すぐに魔法都市の総力を挙げて量産体制に入る予定だ。
そしてもう一つが、我が魔道火力支援部隊の大増強。
これらがマグナス殿が考案した秘策であり、“西側”の最終的勝利を決定づける三本の柱である。
逆に言えばどれか一つでも欠ければ、早期決着は難しくなるわけだが――
「シャロン先輩の名前で公募してくださったおかげで今、私の部隊に続々と人が集まっております」
その彼女らの練兵が、現在の私の任務。
調略作戦を続行中のパウリ様にはマグナス殿が同行し、護衛をすることになったから。
「もちろん、常勝将軍となった先輩の名声が効いているのも事実ですが、根底にはこの国が抱えている問題が、志願兵たちの大きな呼び水になっています。私のように魔女としては無能の烙印を捺されても、魔法使いとしては戦うことのできる自信を持つ者が、あまりにも多く、また燻っているからです」
そんな落ちこぼれたちが私の指揮の下、戦場の一翼を担い、活躍したらどうなるか。
役立たずのレッテルを常に貼られてきた者たちが、役に立ってしまったらどうなるか。
立派な戦力として、優れた魔女らの軍勢すら撃退できると証明してしまったらどうなるか。
シャロン先輩ほど聡明な人なら、わからないはずもない。
「私たちごく一握りの魔女たちだけが『能ある者』として、その他大勢を支配してきたこの国の権力基盤が、常識とともに揺るぎかねないわね。頭が痛い話だわ。もし私たち“体制側”が最終勝利を収めても、大きな禍根を残すことになるもの」
「それがわかっていながらどうして先輩は、私の部隊の大々的な増強と徴募を認めてくれたのですか?」
「別にキースが可愛いから、ではないわよ?」
シャロン先輩が私に向き直り、肩を竦めた。
「私はそんなにお人好しじゃないわ。やっぱり自分が一番可愛いし、キースのことだって年に一回、思い出してはため息つくくらいにしか、気にかけてなかったもの」
先輩は申し訳なさそうに、正直に言った。
別に嘘をついて「そうよ、あなたのためよ」とか言って、恩を着せればよいところを。
こういうところがやっぱり、シャロン先輩が善人である所以だ。
「ましてや落ちこぼれた魔女たちに救いの手を! 社会的地位の確立を! なんて意識高いことは思ってない。そんな暇があったら、どうやってイイ男を捕まえようかしら! なんてばかり考えてる」
「だったら、どうして……」
「そりゃ私だって早く戦争を終わらせたいからよ! じゃないと婚活が再開できないもの! ますます婚期が遠のくもの!!」
「…………」
拳をにぎって力説するシャロン先輩に、私はジト目を向けた。
すぐに先輩は赤面した顔と空気を誤魔化すように、こほんと咳払いすると、
「ま、まあ、国や社会が変わるとしても、それが必然の結果なら仕方ないんじゃない? 少なくとも私は目先のこと優先でそう考えちゃうくらい、意識低い女なのよ。国政の本当に難しい部分はロザリン様のお仕事だし、キースの部隊の公募についてもロザリン様がご許可くださってのことなんだから、結果どうなっても私のせいじゃないわ!」
「その発言で空気が誤魔化せると思ったんですか……?」
ただのクズ発言連発である。
でも、まあ、こういうユルい人だから。
この先輩は良い意味で魔女らしくないのだろう。
「お茶、ごちそうさまでした」
私はカップの中身を飲み干すと、席を立った。
「もう帰っちゃうの? せっかく久しぶりに顔を見せてくれたのに」
「ええ。いい加減、挨拶をしようと思って来ただけですから」
ゆっくり茶飲み話を咲かせるなら、それこそ戦後でよい。
「本当は、二度とネビュラに帰りたくなかったんです。いくら軍師殿の要請でも、パウリ様の随伴でも」
「? じゃあ、どうして帰郷したの?」
心底、不思議そうにするシャロン先輩に、彼女と違って人の悪い私は笑顔で答えた。
「尊敬する先輩を勝たせるためですよ」
「もうっ。恩に着せるつもりね?」
シャロン先輩は口を尖らせて拗ねる。
そう、それでいい。
私は面倒臭い性格の女だから。
じゃないと本音なんて、恥ずかしくて口にできないから。
来週もお楽しみに!




