第二十一話 これはただのデートであるがゆえに
前回のあらすじ:
メイド頭のミレイは、変身して近づいたエリスだった。
しかしマグナスはそれを逆手にとって、虚報でエリスの動向を操っていたのだった。
シャロンがゴーレム軍の補給に勤しむ合間に、俺は休暇をもらうことにした。
アリアと思いきりデートするのだ。
事前にちゃんと謝っておいたのだが、俺はこのところ軍師仕事にかかりきりで、アリアと会う暇もなかった。
ゆえに、ここらでまとめて帳尻合わせをさせてもらおう。
〈タウンゲート〉を使ってアリアを魔女の国に招き、二人きりで連日の観光と洒落込むのだ。
――そう、二人きりである。
しかし当然、ショコラがついてくると言って聞かなかった。
苦労させられた。
「これはデートだから。アリアと二人きりになりたいから」
『でもワタシは戦闘ゴーレムですので、一人とカウントする必要はありません! ワタシがいてもマグナス様たちは二人きりですOK?』
「そういう屁理屈はいいから」
『ワタシはマグナス様の護衛です! 絶対にお傍を離れません!』
「危険地帯に行くわけじゃないから。自分の身くらい自分で守れるから」
『でもマグナス様は〈魔法使い〉じゃないですか! もし超スピードで接近してきて、へばりついて離れないような間合いから、必殺の寸勁を連発してくるようなスゴウデの暗殺者に襲われたら、マグナス様お一人でどう対処するのですか!』
「そんな都合のいい暗殺者、いきなりわいてくるわけないから。来てもいいように、ルクスンで〈武道家〉の修行したんだから」
『もうっ、ああ言えばこう言う!』
「それはおまえだから」
などという低次元の口論を、無限にやらされるのかと蒼褪めたが。
パウリが助け舟を出してくれた。
盤上遊戯の勝負をショコラに持ちかけ、
「君の腕前もメキメキ上達していることだし、そろそろ僕に土をつけてもおかしくないかもね?」
などと言って、接待プレイでショコラを夢中にさせてくれた。
茶目っけたっぷりウインクするパウリに一つ借りを作り、俺はこっそりと出かけた。
――まあ、そういう経緯があって、俺はアリアと二人きりでデートをしている。
今は目抜き通りの軽食屋で、ランチと談笑中。
俺が以前、この魔法都市ネビュラに滞在していたころに、自分の足と舌で探した店だ。
話題はもっぱら、お互いの近況報告である。
「ではマグナスさんは、覚悟の据わらない黒魔女さんたちを、札束で殴るご準備中なんですね?」
「間接的にな。肝要なのはどんな魔女が、何を欲するかを調べ上げることだ」
「は~、それはそれは。またぞろ難題ですねえ。魔女が何を欲しがるかなんて、ちょっと見当つきません。普通の人たちじゃありませんし、どんな奇々怪々なオツムの中身をしてても、不思議じゃないですもんねえ」
さすが商談は得意だけあって、これがどれだけ難題かわかってくれる。
でも、すぐにアリアは「あっ」と気づき顔になる。
そして他の客の手前、声をひそめて、テーブルの向かいから身を乗り出して、キスしてしまいそうなほど顔を近づけてきて、
「マグナスさんには〈攻略本〉があるから、そんなのすぐわかっちゃうんですかね?」
「ああ、その通りだ」
俺にとっては難題どころか、「重要人物一覧」の項目を読み込むだけで、身も蓋もないほど簡単に調べられる。
そのことに気づいたアリアは、まるで共犯者みたいな、いたずっらぽい笑みを浮かべた。
そんな表情もまた、本当に可愛い。
いつも溌溂としたアリアの、魅力の一つだ。
「だから、魔女どもの調略については何も心配していない。パウリが資金援助してくれるしな。それに第一――」
「第一、なんですか?」
「いや……ここではちょっとな」
「うふふ、他にも何か企んでるんですね? マグナスさんの策士~♪ 後でゆっくり聞かせてもらいますから~」
楽しそうにほくそ笑むアリア。
なお、この場合の「後で」というのは、今日のデートが終わり、宿に帰った「後で」じっくりということだろう。
観光のため、ネビュラでも恋人たちに一番人気の宿屋を予約してある。
誰にも邪魔されない部屋に、二人きりになった後のことを想像し、俺は早やほんのりと赤面してしまった。
「あは、マグナスさん、かーわい」
「からかうな……」
俺は憮然となるふりをしつつも、アリアにこんな風にいじられるのは、実は満更でもない。
このくすぐったさは決して嫌いじゃない。
色恋沙汰にはどうも強気に出られない俺にとって、グイグイ引っ張ってくれるアリアは本当にありがたい存在だ。
デートなのに、こんな色気も素っ気もない話題で盛り上がってくれる彼女は、本当に得難い女性だ。
もしアリアと出会うことができなかったら、俺は一生、魔法の修行や研究を恋人にするしかなかっただろうな。
◇◆◇◆◇
アリアが食べたのは、季節外れのはずの生ブルーベリーのソースを使ったパンケーキ。
魔法が日常的に使用される(とはいえ金は安くないが)ネビュラだからこその、保存技術の産物だ。
よそには存在しない生クリームもたっぷり載った、贅沢且つ希少な逸品。
「口に合ったか?」
「はい、とっても美味しかったです!」
店を出たあと確認した俺に、アリアは喜色満面で答えた。
それはよかった。この店を勧めた甲斐があった――と反射的に口にしかけて、俺は黙り込む。
彼女とはもう長いつき合いだ。
俺も鈍感ではないつもりだ。
だから、なんとなくわかってしまった。
「俺を相手に遠慮なんか要らない。むしろ忌憚のない論評が欲しいな」
「あははー。マグナスさんはだませませんかー……」
アリアはちょっと困り笑いになって、
「美味しかったのは本当ですよ? それに生クリームなんて初めてでしたし! ただ……まあ……その……マグナスさんに初めて連れていってもらったあのパンケーキ屋さんの方が、私は好みかなあ、と」
「やはりか!」
俺は思わず手で顔を覆った。
初めてアリアと行った件の店は、〈攻略本〉情報を元に見つけたもの。
今日の店は、自分の足と舌でアリアの好みに合う味を探し歩いたもの。
だがアリアの判定は、前者の勝ちだ。
(俺もまだまだ修行が足らんな)
今度こそ憮然となりながら、〈攻略本〉の収まったポーチを人差し指で弾く。
「いいじゃないですかー。鉄板のお店ばかりじゃなくて、いろいろ行った方が、絶対に楽しいですよー。それに、マグナスさんが一生懸命探してくれたお店だって、私、わかってますから!」
アリアも今度こそ心からの笑顔で慰めてくれる。
これは別に魔王を退治するための、絶対にミスのできない戦いではないのだからと。
こういうトラブルも含めて、デートでしょと。
「さ、次のマグナスさんオススメ・デートスポットに行きましょ」
アリアが手をつないでくる。
俺も少し照れつつ、しっかりと指に指をからめる。
久しぶりに痛感させられるな。
この手は、決して離してはならない手なのだ。
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