第十二話 シャロン軍、快進撃!
前回のあらすじ:
シャロン軍の活躍を見て、裏にマグナスの気配を読みとったエリスは、“死者の女王”の軍師として敵側についた。
俺――〈魔法使い〉マグナスは、〈攻略本〉と直轄魔道火力支援部隊をフル活用した。
それにより、シャロンのゴーレム軍団に連戦連勝をもたらした。
キルケの野では“炎霊使い”の異名を持つ、黒の魔女麾下の軍と会戦した。
強力な炎の精霊を何千と従え、圧倒的な火力を以って敵軍を制圧する。平野部での戦には絶大な自信を持っていたことだろう。ノコノコと会戦を挑んだ俺たちのことを、愚かなカモだと侮っていたことだろう。
しかし俺は〈攻略本〉情報により、その日は激しい通り雨が降ることを知っていた。
炎の精霊という奴らは、雨天ではその力を激減させる。
降りしきるにわか雨を見て、本当のカモは果たしてどちらだったのか、“炎霊使い”は思い知ったであろう。
俺は直轄魔道火力支援部隊を指揮し、逆に魔法による火力制圧で散々に打ちのめした。
ヘーレスの森では、“猛獣の母”と“鋼鉄の魔女”の両軍勢を相手取った。
こいつらに限らず、魔女という連中は奸智に長け、策を好む。
奴らは夜襲と挟撃によって、シャロンの軍団を壊滅させようと企んでいた。
しかし、その作戦も〈攻略本〉によって筒抜けだ。
俺たちはその夜、こっそりと野営陣地を抜け出して、もぬけの殻にしておいた。
そこへ、何も知らない“猛獣の母”と“鋼鉄の魔女”の両軍勢が殺到した。
“鋼鉄の魔女”はその異名通り、アイアンゴーレムを作成・使役させたらヴィヴェラハラでも右に出る者がいない魔女。
そして“猛獣の母”は味方のはずのゴーレム軍団を、シャロン麾下の敵軍と勘違いして襲いかかったのである。
結果、凄惨な同士討ちが行われた。
策士策に溺れるとはこのことだろう。
また俺たちは、反体制側の兵站集積所を、散々に脅かした。
超常の軍勢を率いる魔女たちだが、物資や食糧の補充なしにはその軍勢も維持できない。
キマイラたちだって腹は空かす(むしろ人間より大喰らいなほどだ)。ゴーレムは食料を必要としないが、一戦ごとに莫大な修理費が嵩む。
ほとんど無補給で戦い続けられる軍勢など、“死者の女王”か、“異界の門を叩く者”らの軍団だけだろう(そして、だから俺は後者を真っ先に叩いて壊滅させた)。
兵站集積所の在処は、戦争の要だ。極秘情報だ。
黒の魔女たちは幻によって森を作り出し、あるいは大地の精霊に命じて地図にない洞窟を造らせ、あらゆる手段によってそれを隠蔽した。
しかし、〈攻略本〉情報の前には、どんな大がかりで巧妙な偽装も無意味だ。
俺は直轄魔道火力支援部隊とともに奇襲をかけ、一つずつ虱潰しに焼き払い、余裕があれば物糧を鹵獲していった。
兵站集積所への移動途上で、黒の魔女たちに発見され、逆撃を受けることもなかった。
これも〈攻略本〉情報により、連中の哨戒網の範囲や巡回スケジュール等、丸わかりだったからだ。
――という具合に、俺が持つ〈攻略本〉は、戦争においては恐ろしく重宝した。
戦においては正確な情報がどれだけ大事か、それさえあればどれだけ勝利が容易か、次々と証明していった。
俺が本物の軍師ならば、自分で知恵を絞って敵の策を看破し、工作員を工面してどうにか情報の断片を持ち返らせては、全体像を想像で補わないといけないところだ。
しかし、身も蓋もないほどに、俺にはその必要がなかった。楽をさせてもらった。いっそ申し訳なさを覚えるほどだった。
ただし、断固として行った。この「身も蓋もない勝ち方」は、“魔炎将軍”からヴィヴェラハラを守るために必要なことであり、そこに感傷の入り込む余地など欠片もないのだから。
そして、俺の献策と直轄魔道火力支援部隊による陰の活躍により、シャロンは常勝将軍として声望を高めていった。
黒の魔女たちに奪われた多くの領土を、次々と奪還していった。
その甲斐あり、魔法都市ネビュラはもはや最前線ではなくなり、反体制側の侵攻を受ける恐れは遠ざかった。
一方で、戦略拠点としても前線から遠くなりすぎたわけで、シャロンとそのゴーレム軍は拠点換えを行う必要があった。
より前線に近く、軍勢を駐留できる大都市で、且つ外壁の守りも頼れる城塞都市――
その名をレクイザムといった。
◇◆◇◆◇
レクイザムの五万の市民は元々、“善なる魔女王”ロザリンの治世に満足していた者たちだった。
ゆえにシャロンが黒の魔女たちを追い払い、ゴーレム軍団を入城させると、歓呼を以って迎え入れられた。
シャロンはただちに市長公館に司令部を据え、町の有力者たちと会合の場を持った。
また寝泊まりも弟子たちとともに、市長公館ですることに。
一方、俺やパウリたちには、すぐ近所の屋敷を仮住まいとして宛がわれた。こちらはシャロンが命じるまでもなく、町の有力者たちが気を利かせてくれた。
「アンリ様がご滞在中の間、わたくしどもがお世話させていただきますわ」
そう言って俺とショコラの前に、メイドたちがずらりと並んだりもした。
『むむっ。マグ――アンリ様のお世話は、このショコラがして差し上げると決まっているのですが! が! が!』
ショコラがたちまちヘソを曲げ、張り合おうとしたが、
「まあまあ、お嬢様。どうか、わたくしどもにお任せください。こちらの屋敷にいらっしゃる間は、お嬢様もまた賓客としてお寛ぎなさいませ」
メイド頭だという妙齢の美女は、やんわりといなした。
ミレイと名乗る、黒髪の眼鏡美人だ。
『むむむっ』
「まあ、ショコラ。お言葉に甘えさせてもらえ。おまえは働きすぎるきらいがある。ただでさえ俺の護衛役もやってくれているのだし、たまにはそれ以外の楽をさせてもらってもバチは当たらないだろう」
『そ、それは、アンリ様のご命令ですか?』
「そう言った方がおまえも気が楽なら、命令と言おう」
『わ、わかりました。アンリ様のお優しさに、ショコラ甘えてしまいます』
というわけで、レクイザムに駐留中は、ショコラは雑務から解放された。
代わりにミレイ以下メイドたちが、甲斐甲斐しくお世話してくれた。
「御用の際にはなんでもお申し付けくださいませね、アンリ様? ええ、なんでも」
ミレイは艶然たる微笑を湛えてそう言った。
「ああ。俺たちは、今後も激化するだろう戦に集中しなければならない。いろいろと厄介になる」
俺は返事が冷淡になってしまわないように、努力せねばならなかった。