第十一話 女軍師参陣(???視点)
前回のあらすじ:
“異界の門を叩く者”リアンラーを討伐成功!
白の魔女の陣営――“人形遣い”シャロンが、黒の魔女の陣営――“異界の門を叩く者”リアンラーを討ち滅ぼしたというニュースは、瞬く間にヴィヴェラハラ全土に伝播した。
大きな驚きを伴って、だ。
ずっと戦で負けっ放しだった魔女シャロンが、先日には“魔獣狂い”の軍勢を撃退し、今また“異界の門を叩く者”の本拠地を陥落させてしまったのだから、いったいどんな変化があったのかと、話題が持ちきりになるのも当然のことだろう。
ともあれおかげで、黒の魔女の陣営は慎重にならざるを得なくなった。
それまでのように各自が勝手に、イケイケで侵攻作戦を行うことができなくなった。
まるで目立つことを怖れるように、今度は各自勝手に根拠地で守りを固めた。
何しろ反体制側でも屈指の実力者だった、魔女リアンラーでさえ討たれたのだから。次にシャロンの矛先が向くのは、己ではないと誰が保証できようか?
あたし――エリス・バーラックが訪れたのは、そんな情勢下のヴィヴェラハラであった。
瀟洒ではあるけど、ひどく辛気臭い空気に満ちた城内。
明かりとりの窓が一切なく、蝋燭の灯だけが頼りの、昼なお暗い貴賓室。
そこであたしは城主と面会していた。
“死者の女王”の異名をほしいままとする、このヴィヴェラハラでも最強の魔女だ。
「魔女シャロンは、どうして急に見事な将才を発揮するようになったと思う?」
まるで未亡人の如く喪服をまとい、黒いヴェールで顔を隠す彼女に、私はいたずらっぽく訊ねる。
熟れた肢体を持ち、妙齢の美女然と佇む“死者の女王”だけど、その実年齢は百歳を下らないと有名だ。
魔女の中の魔女とは、彼女のことをいうのだろう。
あたしが“魔海将軍”の力を受け継いでいなかったら、目を合わせただけで〈魅了〉されていたに違いない。そんな、もはや人間というより魔物寄りの存在なのだ。
「妾が調べたところによれば、シャロンは〈魔法使い〉を兵として用いるという奇策で、立て続けに勝利を得たようじゃ。溺れる者が藁をもつかむ心境でそんな真似をしておるのか、確たる勝算を持って図ったことかまではわからぬがな」
「もちろん、勝算があって始めたのよ。ただし魔女シャロンの発案ではなく、とある人物の入れ知恵で、ね?」
「とある人物とな」
「あなたも風聞くらいは聞いたことがあるでしょう? “魔王を討つ者”マグナスよ」
実際に確認をとったわけじゃない。
でも、確信を持ってあたしは言った。
「“魔弾将軍”に続いて、妾たちの後ろ盾である“魔炎将軍”を討ちにきたと?」
「ええ、そう」
「由々しきことよな」
ヴェールの奥で、“死者の女王”が眉をひそめる気配。
「あたしはね、ずっとマグナスを追っていたの。でも、彼が“魔弾将軍”を討った後、見失っていた。〈遠見の水晶球〉で覗き見しようとしたら、いきなり割れちゃったりね」
「十中八九、〈魔弾将軍の腕輪〉の効果であろうな」
「そうなの?」
「ああ。あの腕輪にはいくつもの特殊効果があるが、その一つじゃ。様々な探知能力に対しての絶対的なカモフラージュとオートカウンター効果を持っている」
さすがは歳経た魔女である。
マジックアイテム等、神秘の事柄に対する造詣が尋常じゃない。
「しかし、エリス・バーラックよ。見失っていたなら、どうやって“魔王を討つ者”がこの地にいると突き止めることができたのじゃ?」
「魔王軍に、徐々に蝕まれていた大国が、ある日いきなりその状況から逆転する――そんな時いつも、マグナスがいたからよ。ラクスタでも。アラバーナでも。カジウでも。ルクスンでも」
「なるほど……の」
“死者の女王”は特に反論せず、首肯してみせた。
あたしの言葉を本当に信じたかどうか、さすがの老獪さで窺わせはしなかったけれど!
「で? “魔王を討つ者”を追ってきたそなたは、この地で何をなすつもりじゃ?」
「白の魔女側に入れ知恵する奴が現れたんだから、黒の魔女側にもいなければ不公平でしょ?」
「ホホ! 妾らを駒に、チェスを指すつもりか!」
さすが彼女は理解が早かった。
あたしが単にマグナスと知恵比べをしてみたくて――あくまで遊戯で――協力したいと言っているのだと、的確に表現してみせた。
「しかしな、エリス・バーラックよ。妾たち黒の魔女は皆、独立独歩の気風が強い。そなたの指揮下に入れと言われて、『はい』と答える者は少なかろうよ」
「別にそれでもいいわよ? 今は」
「む……」
「マグナスを軍師にしたシャロンに負け続ければ、あなたたちも考えを改めるでしょうよ。藁でもつかみたくなるでしょうよ」
「可愛い顔をして、辛辣なことを申す娘じゃ」
「昔からよく言われるわ」
あたしは皮肉で、とびきりの笑顔を作ってやる。
「言っておくけど、あたしは見当ついているのよ、“死者の女王”?」
「なんのことじゃ?」
「あなたたちには、“魔炎将軍”が後ろ盾についている。いざとなったら出張ってくれる――と言いつつもその実、あなたたちは“魔炎将軍”を頼っていない。というか信じていない。なぜならあなたたちの誰もまだ、“魔炎将軍”に魂を売ることを是としてないから。違う?」
「ホホホ! 知恵を貸してやると大言壮語するだけあって、聡い娘じゃな」
“死者の女王”は愉快げに、だが上品にころころと笑った。
「そう、そなたの申す通りよ。魔物に魂を売るなど真っ平ゴメンじゃ。“魔炎将軍”はあくまで“善なる魔女王”を討つその時だけ、手助けしてくれればよい」
「ふーん。よかったら詳しく聞かせてくれる?」
「そもそもの話、妾たちがこの戦を起こしたのは、“善なる魔女王”の為政が気に食わなかったからじゃ。
妾ら黒魔女たちは例外なく、国家などに属したくはない、それだけ自由を尊ぶ者たち。
とはいえ妾らも子供ではない、国家という枠組みが社会に必要なのは理解しておる。
ゆえにどこぞの誰かが魔女王を名乗り、妾たちの預かり知らぬところで国家を切り盛りするというならば、好きにすればよい。妾らも一切、邪魔はせぬ。
国家運営を志向する彼奴ら白魔女たちと、個人の自由を貴ぶ妾ら黒魔女たちで、相互不干渉を徹底していれば、これすなわち泰平の世であろうが?」
「う~ん、共感しかないわね」
「ところが“善なる魔女王”ロザリンは、戴冠するや日に日に妾たちへの干渉を強めてきた。有形無形の国家への奉仕を求めてきた。これが許せぬ!」
“死者の女王”はまるでそこに仇敵がいるかのように、虚空をにらみつけた。
「妾らは強い。“体制側”の魔女など相手にならぬ。じゃが正直な話、“善なる魔女王”本人とは戦いとうはない」
「それだけロザリンは別格に強いってこと?」
「というより、彼奴の持つ未知の魔法が問題なのじゃ」
「未知の!」
あたしの大好物であるその言葉に、好奇心が刺激された。
「『魔女の力を封じる魔法』――そうと呼ぶ他ない、謎の魔法の持ち主なのじゃ」
そして未知ゆえに、謎ゆえに、それを防ぐ手立てはない、と。
「もしロザリンがその気になれば、妾たちは誰もあの魔女王には逆らえぬ。永の修業の果てに身に着けたこの力を失うなど、魔女にとっては死に等しい仕打ちぞ」
「なるほど、そこで“魔炎将軍”の登場が、あなたたちの渡りに船となったわけね」
ロザリンさえ“魔炎将軍”が討ち取ってくれるのなら、何も怖くないというわけだ。
「つまりは今回の戦はあなたたち黒魔女にとって、恐怖政治から自己の権利を守るための、“解放戦争”ってわけね」
「然りじゃ」
あたしの解釈に、“死者の女王”は大きくうなずいた。
同時にあたしも理解する。
自由を求めて戦う黒魔女たちが、“魔炎将軍”に魂を売って束縛されるなんて、本末転倒。
だから売らないし、だから多くの協力も求めない。
“魔炎将軍”の方だって、黒魔女たちがこのヴィヴェラハラを滅亡寸前まで追い込んでくれたなら、最後の詰めとして“善なる魔女王”一人を己の手で討ち取るくらい、やぶさかではないだろう。
労せず一国を滅ぼすことができるのに、代償をよこせとか言わないだろう。
黒魔女たちの心境と状況はわかった。
その上で、あたしは“死者の女王”に最終交渉を持ちかけた。
「じゃあ黒魔女独力でロザリン以外の白魔女――“魔王を討つ者”擁するシャロンにも勝てなくなったら、大問題よね? だってヴィヴェラハラを追い詰める前からもう、“魔炎将軍”の力を頼るわけにはいかないものね?」
「……然りじゃな」
「その点、あたしなら安心よ? ただの娯楽のつもりで来ているから、対価なんか求めないわ」
「いけしゃあしゃあと。タダより恐いものはない――まるで、その見本のような話じゃな」
“死者の女王”はあくまで用心深い態度を崩さなかった。
しかし、彼女は「女王」の異名を持つ者だ。
度量も大胆さもまた兼備していた。
「他の者らは知らぬ。しかし妾は、そなたの話を聞くくらいはしてやってもよい。話くらいはな」
「あたしの進言が気に入ったら、採用してくれるってことね? 望むところよ。王と軍師の関係なんて、元よりそうなんだし」
あたしはしめしめとほくそ笑む。
「では献策せよ、女軍師殿。妾の首を縦に振らせてみせるがよい」
「ええ、いいわ? 聞いて――」




