第九話 身も蓋もなき攻城戦(ネビス&マグナス視点)
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。
前回のあらすじ:
パウリの片腕ネビスは、実は魔女の国の出身で、魔女としての才能なきがゆえに煮え湯を飲んだ過去があった。そして、マグナスの下で作戦に参加し、魔法使いとしての実力を示すと誓う。
私――〈魔法使い〉ネビスは、部隊を率いて戦場に立っていた。
シャロン先輩の幕下、ゴーレム軍団に交じっての攻城戦だ。
目標は黒の魔女の一角、“異界の門を叩く者”の立て籠もる戦略拠点。
高く堅牢な外壁に囲まれた、難攻不落の砦である。
しかも城兵代わりに守っているのが、ヴィヴェラハラでも屈指の〈魔女〉が異界より召喚した、アウターこと“この世ならざる混沌のもの”の軍勢とくれば、これを陥落させるのはほとんど不可能という話。
にもかかわらず、我らが軍師マグナス……もといアンリ・マグナッソー殿は、これを落としてみせると嘯いているのだ。
さて、お手並み拝見――と洒落込みたいところだが、生憎と私には、彼から与えられた役目がある。
まずはそれを全うしよう。
「軍師直轄魔道火力支援部隊の諸君! 準備はよろしいな!?」
私は柄にもなく大声を出して、隊下の魔法使いたちに号令をかける。
私たち魔道火力支援部隊の配置場所は、ゴーレム軍団の後方だ。
城壁に並行して、ずらりと左右に並ぶ千体超えのゴーレムたち。
その背後に庇われながら、私たちは一斉に呪文を唱える。
各々が得意な攻撃魔法を城壁に叩き込んで、破壊できればめっけものという作戦だ。
無論、発案したのはアンリ・マグナッソー殿。
「さてさて、そう上手くいくか疑問ですわン」
出陣前、軍師殿の作戦説明を聞いて、疑念を呈したのはイザベッラとかいう、憎たらしい小娘だ。
「あの砦の城壁や門は、ちゃんと〈魔法耐性〉の処理がしてあるんだぞ」
と、ズッチとかいうクソ生意気な小娘もそれに同調した。
そんなことは言われずとも、私もわかっていた。
アンリ・マグナ――面倒くさいな、マグナス殿だってきっとそうだろう。
魔女の国の城壁が、ただの石を積んで造っただけのものであったら、攻撃魔法ですぐに粉々にされてしまう。
集団による火力運用という概念は、そもそもパウリ様がいち早く海賊商会で実践したものだけれど、それこそシャロン先輩一人の〈ファイアⅢ〉があれば、城門を破るくらい事足りるのだ。
その対策を施していないわけがない。
「ア、アンリ様だって、ご承知の上での作戦だと思うんです、きっと~」
と、小声ながらもマグナス殿の肩を持ったのは、ケイトとかいう小娘だけだった。
それと、作戦を承認したシャロン先輩。
もちろん、マグナス殿の作戦は、全てを踏まえた上で、その先を行くものだった。
各々が得意な攻撃魔法を城壁に叩き込んで、破壊できればめっけものという作戦――裏を返せば、破壊できなくてもいいという作戦だ。
私たち魔道火力支援部隊の、今回の戦いにおける役目は――陽動。
派手な攻撃魔法を、城壁にぶつけて大騒ぎしているのも。
それでも破壊できず、まるで徒労を装っているのも。
全ては、本命の作戦のための囮である。
◇◆◇◆◇
俺――魔法使いマグナスは、潜入作戦を実行していた。
どこの城や砦にも、秘密の抜け穴というものは存在する。
いざという時、権力者だけは安全に城外へ脱出できるためにという地下通路だ。
古今東西、彼らの思考法は浅ましいほど似通っているのだ。
俺たちは今、その地下通路を使って逆に、砦内へと侵入していた。
〈攻略本〉を読めば秘密もクソもない、その在り処など一目瞭然であった。
古黴た石畳を踏みしめ、狭い通路を進んでいく。
グラディウスが先頭を行き、俺とショコラが続く。
灯りはショコラの持つ松明が頼りだ。
途中、通路を守るアウターがチラホラといた。
異世界の住人であるこの連中は、特異な才能を持つ魔女にしか召喚できない。
ゆえに発見報告はほとんどなく、文献が残されていたり、命名や分類されていることもない。
〈攻略本〉でさえ、〈レベル〉や〈ステータス〉等はしっかり表記してあるものの、名前の項目にはミミズの這った跡のような文字が記されているだけだ。
呼吸をする銀の円盤にしか見えない怪物。
頭のないタコにしか見えない怪物。
目にしただけで発狂しかねない、名状しがたい怪物。
そんな“この世ならざる混沌のもの”どもが、いったい何十年前からこの通路に配置されていたのか、俺たちの前に立ちはだかった。
それをグラディウスの剛拳と、俺の〈マナボルトⅣ〉で撃破しつつ、先を急いだ。
“異界の門を叩く者”とて、まさかこの秘密の通路を逆手にとられるとは、思っていないのだろう。
配置されているアウターも、最低限度の警護という感が強く、難なく突破できた。
俺たちは隠し扉を開け、砦の地下貯蔵庫に到着した。
さて――ここから俺たちが採ることのできる作戦は二つ。
城門を内側から開けて、ゴーレム軍団を手引きするか。
城内にいる“異界の門を叩く者”を、直接叩きに向かうか。
本物の名軍師であれば、どう考え、どう選択するだろうか?
悪いが俺は、身も蓋もないやり方でいかせてもらう。
〈攻略本〉情報によれば、城門の付近には常時アウターどもがウジャウジャいる。
一方、“異界の門を叩く者”は内心、アウターどもを忌み嫌っており、身辺にほとんど置かないのだという。
つまりは、“異界の門を叩く者”を直接叩きに行くのが上策だ。
砦内部の構造も、〈攻略本〉のおかげで完璧に把握できているしな。
俺たちは砦内に跋扈するアウターどもを蹴散らしながら、魔女のいる最上階を目指した。
見た目は不気味で、生態系は不明な連中だが、レベル換算してしまえば、せいぜい15止まりの怪物にすぎない。
未知のものは誰にとっても怖ろしいが、既知のものは畏れるに足らず。
〈攻略本〉の頼もしさを痛感させられるな。
そして、難なく最上階へたどり着く。
「何者じゃ、貴様ら! どうやってここまで来た!?」
“異界の門を叩く者”こと魔女リアンラーが、俺たちの姿を見るなり怒気も露わに問い詰めてきた。
顔は三十歳前後の、妖艶な美女そのものである。
しかし、ドレスを着たその肉体は、あちこちが不自然に内側からふくらんでいる。
“この世ならざる混沌のもの”を召喚し続けた代償に、彼女の肉体はわずかに異界側の存在となり、歪み、全身に無数の乳房がついている……らしい。
「おのれ、曲者めが! 出会え! 出会えい!」
リアンラーは嫌悪感をおして、アウターどもを呼び集めた。
彼女の切り札たる、最強の怪物どもを、俺たちにぶつけるために――