第八話 ネビュラのキース
前回のあらすじ:
マグナスが連れてきた、魔法使いの部隊を大絶賛するシャロン。
その部隊は、かつてパウリの海賊商会で戦慣れした、百戦錬磨の集団だった。
パウリのテーブルには、もう一人座っていた。
顔色が病的に青白い、二十代半ばの女。
パウリの片腕、レベル21の〈魔法使い〉、ネビスであった。
今は酒が入っているせいか、いつもより血色がよくなっている。
彼女には、魔道火力支援部隊の隊長を、引き受けてもらっているのだが――
「我々はいつまでこんなところにいなくてはならないのですか、マグニャス殿っ」
……酒が入っているせいか、わずかに呂律が回っていないな。
「無論、“魔炎将軍”を討つまでだ。事前にそう伝えておいたはずだな?」
「わかっている、わかっているのだが、私はこんな町の空気を一秒たりと吸っていたくはないのだ、マグニャス殿!」
……んんん?
ネビスの言葉の意図がわからない。
それを俺に訴え、どうしたいのだろうか?
カジウに帰るための交渉か?
俺が難しい顔になっていると、パウリが笑いながら説明してくれた。
「悪いね、マグナス殿。彼女は酒が入ると、少しワガママになってしまうんだ」
「ああ。なるほど」
普段が理路整然とした、聡明な女性であるため、まさかただのワガママだと思わなかった。
「ネビス殿はこの町に、嫌な思い出があるわけか」
「ええ、そうですよ! 頼まれたんじゃなければ、二度と来たくはありませんでしたよ!」
彼女の、「ネビス」というのはあだ名である。
本名は「キース」というのだ。
そして、この魔法都市出身だから、「ネビュラのキース」で「ネビス」になったというあらましだった。
「私はですね、〈魔女〉って奴らが大嫌いなんですよ、マグニャス殿!」
それをこの町で、声を大にして言わないで欲しい。
「でも、君も魔女なんだろう、ネビス殿?」
「端くれですよ! 落ちこぼれですよ! 小動物を使い魔にできる程度のね!」
魔法使いとしては、滅多にいない高レベルの彼女だが、魔女としてのレベルは低い。
要するに、“始まりの魔女”の血を濃く引いていなかったというわけだ。
片方の才能しかなかったというわけだ。
「私はですね! 魔法使いとしてなら、シャロン先輩にだって引けを取らないんですよ! この国でだって屈指の域なんですよ! でも魔女としてヘナチョコだから評価をされない! 先輩のバカ弟子どもにも侮られる始末なんですよ!」
「わかった。よくわかったから」
ジョッキを俺の頬へグリグリ押しつけるのをやめてくれ。
「でもおかげでネビスのような優秀な人材を、遥々カジウまでスカウトできたんだけどね」
パウリはそれが幸運だったとばかりに、酒を舐めながらほくそ笑んだ。
「ふと思ったんだが」
「なんだい、マグナス殿?」
「そんなにこの町が嫌いなら、『ネビュラのキース』というあだ名は、不服じゃないのか?」
「ああ、それはね。彼女はこう見えて、コンプレックスだらけなんだよ。『キース』ってまるで男みたいな名前だろう? それが昔から嫌だったみたいで、僕が『ネビス』なら可愛いじゃないかって名づけたんだけど……この町のことも、ここまで嫌いだったって知ったのは、後の祭りだったのさ」
「わ、私はっ、パウリ様がくださった名前を、とてもとても気に入っておりますっ」
ネビスが頬を酒精以外の原因で染めて、訴えた。
惚気るなら、二人きりの時にやって欲しいんだが……。
「ネビス殿の事情はわかった。でもだったら、ものは考えようじゃないか?」
俺は彼女の説得にかかる。
「君と君の部隊が戦争で活躍し、魔女ではない魔法使いの有用性を証明できたら、この国の価値観に凝り固まった連中に、一泡吹かせてやれるじゃないか。しかも、君と君の部隊が活躍することは、戦争の早期解決につながる。君はそれだけ早くカジウに帰ることができる。これはまさに一石二鳥だろう?」
「な、なるほど! マグニャス殿は口が巧いですねっ。美人の恋人とメイドを両キープしているだけのことはありますっっっ」
「おい。ちょっと表に出ろ」
さすがの温厚な俺もカチンと来たぞ?
「ははは、楽しいな! よし、今度からマグナス殿と会う時は、ネビスを酔わせてからにしようぜ!」
「面白がるなパウリ!」
クソ。なんて面倒な主従だろうか。
しかし、こんな奴らでも、遥々来てくれたのはうれしいのだから、仕方がないな。
◇◆◇◆◇
翌日。
俺は朝食をとるために、ショコラと宿の食堂へ向かった。
そこで先客を見つけた。
パウリとネビスだ。
「おはようございます、マグナス殿。ショコラさん」
ネビスがわざわざ席を立ち、昨日の酒乱が夢幻だったような、折り目正しい挨拶をしてきた。
俺もショコラもそれに応える。
「せっかくだし、一緒に食べない?」
パウリにも勧められて、同席する。
俺たちの分の皿が、運ばれてくるのを待つことしばし――
「あの……変なことを訊ねるのですが、マグナス殿」
「何かな、ネビス殿?」
「私、酔って変なこと口走ったりしませんでした?」
憶えてないのかよ。
「いや、特には?」
女性に恥をかかせる趣味はないので、俺はそら惚けておく。
横でパウリが堪えきれないように忍び笑いを漏らすが、オイそこ! おまえが部下に恥をかかせてどうする。
「そうですか。ホッとしました。でも――」
ネビスは一度胸を撫で下ろした後――一転、急に暗い愉悦に溢れた笑顔になると、
「私と私の部隊にご期待くださいね、マグナス殿。私、がんばりますから。一刻も早くこの腐れた町を出ていくためにも。私を嘲った連中に一泡吹かせるためにも」
「た、頼もしいな……」
俺は引きつり笑顔で応える。
「それで軍師殿。次はどんな作戦で行くのですか?」
「シャロンが了承してくれるかどうかにもかかっているが――“異界の門を叩く者”の城を攻めたい」




