第六話 VS“魔獣狂い”
前回のあらすじ:
いい男に飢えたシャロンとの食事の最中、マグナスはキマイラ軍団の接近を知る。
“魔獣狂い”はこのヴィヴェラハラで、十指に入ると謳われる、恐るべき魔女だ。
弟子とともに造り上げた、強力なキマイラの軍勢を従え、操る。
一方、シャロンとその弟子たちもゴーレムの軍勢を率いて、ネビュラを打って出る。
籠城はしない。魔法都市を戦火に巻き込んではならないという判断だ。
それ自体、俺も賛成である。
ただし、平野部にて会戦する以上は、互角の条件で魔獣の軍勢を打ち破らなくてはならない。
「“死者の女王”相手の敗戦で、ゴーレムの兵力も心許なくなってきているわ。これ以上、絶対に負けられないわよ。いいわね、あんたたち?」
シャロンは将軍として、前線指揮官たる弟子たち四人に発破をかけていた。
「当然のことですわン。わたくしの人生は、常に勝利に彩られておりますの」
「負けようと思って戦う奴なんていないぞ!」
「師匠はわたしたちのこと、信用しなさすぎです~」
「イザベッラに同意」
……こいつら、相変わらず人の話を聞かんな。
まあ、人の性根など一朝一夕で変わるものではない。
今ある手札で勝つというのが、実際的な兵法というものだ。
そして、尋常ならざる会戦が始まった。
魔女の戦は昼夜を問わない。
互いに名乗りを上げ、己の正義を主張することもない。
軍使を送り、降伏を勧告することもない。
月のみが天に白々と輝く暗闇の中、ゴーレムとキマイラの軍勢が正面衝突した。
ゴーレム軍団の構成は前回と同じ。
中核にイザベッラ率いる、アイアンゴーレム部隊。
右翼がズッチ、左翼がケイト率いるストーンゴーレム部隊。
その後方にティナのシルバーライオンゴーレム部隊が、予備として待機する。
俺は軍師としてシャロンの隣に立ち、さらに後方から督戦していた。
「黒魔女たちは、互いの連携がよくないという認識で、間違っておりませんな?」
「ええそうよ、アンリ。彼女たちは強大ゆえに独立独歩の気風も強く、滅多に連絡を取り合ったりもしないわ」
「ならばこれは“魔獣狂い”が、独自に研究した結果ということでしょうな」
キマイラ軍団の戦法は実に巧妙だった。
シャロンたちが前回のアンデッド軍団相手に喫した敗北を、しっかりと分析し、再現させてやろうというものであった。
まず連中は中核となる部隊を、ベビーヒュドラで構成していた。
五本の首を持つ大蛇のキマイラで、ベビーといえど強力な毒を持つ怪物だ。
しかし、アイアンゴーレムには毒が効かないため、その攻撃性は十全に発揮できない。
代わりに、無尽蔵ともいえる再生力を以って、粘り強く戦っている。
対するイザベッラは「オホホ、毒なんて恐くありませんわン、おバカさぁん」とばかりに調子に乗って攻めているが、突出を誘われているだけである。
直にまた孤立して、袋叩きになるだろう。
俺が指摘するまでもなく、シャロンが伝令を飛ばして自重を命じるが、例によって耳を貸さない。
通常の軍隊ならば、命令無視は斬首なのだろうが。
ヴィヴェラハラのお国柄だろうな。
ほとんど人死にの出ない、緊張感のない戦争。過剰に地位と権利を約束された、魔女という存在。その二つの要因が、こんな歪つな戦場を作り出してしまっている。
そして“魔獣狂い”は、攻めっ気の強いズッチの右翼相手にはレッサーマンティコアの部隊をぶつけ、慎重にすぎるケイトの左翼相手にはヘルハウンドの部隊で攻め立てさせる。
レッサーマンティコアは、Ⅰ系統のみとはいえ魔法が使える。
ズッチのストーンゴーレム部隊にまずはイケイケで攻めさせ、やがて勢いがなくなった(軍事用語でいう、衝撃力が失われた)ところを、攻撃魔法の一斉射で壊乱させる腹であろう。
一方、ヘルハウンドは二つの頭から炎のブレスを吹くことができる。
その火力を以って最初から猛攻を仕掛け、ケイトの勇気を挫き、後退させるのが狙いだ。
「苦言を呈してよろしいか、シャロン」
「ええ。耳が痛くなるのも将軍の責務だわ」
「完全に舐められている」
“魔獣狂い”は、アンデッド軍団同様の戦法で、ゴーレム軍団を撃破できると思っている。
すなわち、シャロンたちが何も成長せず、同じ轍を踏むと、侮られている。
まあ、実際イザベッラたちはそうなのだから、よけいにタチが悪いんだけどな。
残念ながら、今この戦場には俺たちがいる。
「出番だ、相棒」
俺は左翼に目をやった。
ケイトのストーンゴーレム部隊に紛れていた、ひときわ体躯の優れたゴーレム。
白銀の肉体を持つ、ミスリルゴーレム。
グラディウスMk-Ⅱが、侵攻を開始する。
重量を感じさせぬ、意外と軽快な足取りで最前線へと出ると、じりじりと後退を繰り返すストーンゴーレム部隊と入れ替わりに、単騎で突撃。
その姿に気づいたヘルハウンドどもの、ブレスによる集中砲火を浴びるが、〈炎属性〉に対する強い〈耐性〉を持つ、総ミスリル造りのグラディウスは、そよ風ほどにも感じていない。
逆にヘルハウンドどもに向けて、得物を振るう。
かつてアラバーナの最難関迷宮で、ゴズという最強格のゴーレムから取り上げた、アダマンタイト製の大斧だ。
一振りごとに、ヘルハウンドの胴体が、粘土細工のように輪切りにされていく。
それも二体、三体、まとめてだ。
グラディウスはある種のプロフェッショナリズムを窺わせる、黙々たる斬撃によって、ヘルハウンド部隊を殺戮していく。
一騎当千とは、まさにこのこと。
あたかも古代の戦場における、英雄的な武将の如く、独りで戦況をひっくり返す。
その勇姿を見たケイトが、麾下のストーンゴーレム部隊に一転攻勢を命じた。
臆病な彼女をして、グラディウスは大胆な指揮をなさしめたのだ。
これにより、元々攻勢に出ていたズッチの部隊と、両翼が連携のとれた動きを見せる。
俺はグラディウスを左翼に配置することで、そりの全く合わない双子たちの、そりを合わせてみせたわけだ。
“魔獣狂い”はさぞや慌てただろう。
後方予備に置いていた、二角獣で構成された衛生兵部隊を派遣し、回復魔法によって両翼の壊滅を防ぐ。
にわかに劣勢に陥ろうとしていた戦況を、膠着状態にまで持ち返させる。
この辺りはさすがの応手である。
一方、シャロンは喜色満面だった。
「すごい! 互角にやれてる! あのバカ弟子たちを使って!」
ひどい言い様だが、それだけ今まで煮え湯を呑まされ、鬱憤が溜まっていたということだ。
まあ、気持ちはわかる。
そして、膠着状態に持ち込むことができれば、我が軍の圧倒的有利であった。
なぜならば、まがりなりにも生物の範疇であるキマイラたちと違い、ゴーレム軍団はアンデッド軍団同様に、疲労というものが存在しないからだ。
時間が経てば経つほど、敵軍は戦闘力を喪失していくからだ。
「喜ぶのはまだ早いですよ、シャロン」
「え、ええっ。ごめんなさい。わかっているけど、ついね」
シャロンは少女のように、可愛らしく舌を出した。
だが、この先の展開をちゃんと理解できているようだ。
“魔獣狂い”が将としてもまともなら、ここで二つに一つの決断を下すはずである。
キマイラどもが疲れきる前に、早々に撤退してダメージコントロールをするか。
逆に切り札を切って、一気に決着をつける博打に出るか。
果たして“魔獣狂い”は、後者を選んだ。
予備に待機させていた、虎の子のグリフォン部隊を惜しみなく投入し、翼を使って戦場の上空を迂回、俺やシャロンのいる本陣を直撃させようとした。
「やはり、そうきたか」
俺は本職の〈軍師〉ではない。
しかし、俺には〈攻略本〉という完璧な情報ソースがある。
情報がそろえばそろうほど、読み予測の精度は高まる。
相手の出方が予測できれば当然、対処方法を準備できる。
「出番だ、諸君」
俺は後ろを振り返った。
そこに整列し、待機していた、歴戦の〈魔法使い〉たち二百人を。
そして、俺を含めた全員で呪文を唱える。
「「「――フラン・イ・レン・エル」」」
「「「――ティルト・ハー・ウン・デル・エ・レン」」」
「「「――シ・ティルト・オン・ヌー・エル」」」
二百人による攻撃魔法の一斉射。
炎が、雷が、石礫が、天翔けるグリフォン部隊を地上から迎撃する。
有翼のキマイラどもは、堪らず撃ち落とされていく。
尋常の戦では決してあり得ない、ド派手な光景であった。
無論、全滅だ。
その直後、“魔獣狂い”は退却を決断した。
我が軍の快勝である。




