第一話 敗戦からの……
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俺――〈魔法使い〉マグナスは、負け戦を眺めていた。
二つの異形の軍勢が、アラキルという地名の乾いた荒野で合戦していた。
かたやゴーレムの軍勢、こなたアンデッドの軍勢だ。
特に、千体以上のゴーレムが居並ぶ様は、壮観たるものだった。
中核を為す、重厚なアイアンゴーレムたち。
両翼を構成するストーンゴーレムたちは、数の多さと意外な俊敏性が売りだ。
そして後詰には、獅子の姿をしたシルバーゴーレムが、強い陽光を照り返して煌めきながら、出番を今か今かと待っていた。
まあ、その強そうなゴーレム軍団が、メタメタにやられているわけだが……。
最初、中核を為すアイアンゴーレムたちは、対峙するスケルトンソルジャーの方陣を、正面から粉砕していた。
撫でれば砕けるとはこのこと。
さすがは重厚さに定評あるアイアンゴーレムだ。
しかし、あまりに調子よく進撃できたため、両翼を残して、彼らアイアンゴーレムの中核のみが突出してしまった。
ゴーレム軍団の陣形が大きく乱れてしまった。
対するアンデッド軍団の応手はしたたかだ。
突出したアイアンゴーレムたちに対し、中核・右翼・左翼の三方から、半包囲攻撃を仕掛けたのである。
否、それだけじゃない。
鉄の拳で殴られ、粉砕され、野に散乱していたスケルトンソルジャーどもの骨が、いきなりカタカタと揺れ出した。かと思うと、あちこちの部位を欠損させつつも、再びスケルトンソルジャーとして復活した。
そのまま、突出したアイアンゴーレムたちの後背から襲いかかったのである。
これで彼ら鉄の戦士たちの中核は、半包囲から完全包囲攻撃を受けてしまう形となった。
こうなるとゴーレム軍団は、両翼の動きが重要となる。
よく連携して、味方の中核を支援しなければならない。
しかし、右翼のストーンゴーレムたちが、猛攻を仕掛ける一方で、左翼のストーンゴーレムたちは退がって敵陣を引き込もうとした。
左右でまるでチグハグの動きとなった。
これでは効果的な支援は見込めず、アイアンゴーレムたちはますます孤立してしまう。
どころか攻勢に出た右翼も、アンデッド軍団の奇襲に遭い、出鼻をくじかれてしまう。地面の下にゾンビどもが潜んでいて、ストーンゴーレムたちの足元からわらわらと出現し、文字通り足を引っ張ったのだ。
勢いをくじかれた軍隊は脆い。ゾンビのような雑魚を相手に、右翼のストーンゴーレムたちは完全に劣勢に追い込まれていた。
逆に、退いた左翼のストーンゴーレムたちは、完全な遊兵となってしまっていた。戦術的観点からすれば、貴重な兵力が無為だ。
ゴーレム軍団にとっての、苦しい時間が続いた。
ここが踏ん張りどころだった。
劣勢に陥ってしまったのはもう仕方がない。割りきり、粘り強く戦い、すこしずつ、かすめとるように、優勢に持っていくしかない。
ゴーレムは元々タフな魔法生物なのだから、できないことはないはずだ。
にもかかわらず――嗚呼!――ゴーレム軍団は、拙速な手を指してしまう。
切り札にすべきシルバーゴーレムたちを、早々に切ってしまう。
銀という材質は、ミスリルやオリハルコンのように、天然の魔力を帯びてはいない。
だが、加工時に魔力を付与しやすいという特質がある。
獅子の姿をしたそれらも、軽量化等の魔法加工が施されているのだろう。その動きは極めて軽快且つ俊敏。通常の軍隊における騎兵の如き役割で、獰猛にアンデッド軍団へ襲いかかる。
ゾンビに足元をすくわれている、味方の右翼を助けようとする。
それが、目を覆いたくなるような悪手だった。
味方右翼は、地の底からわいてでてきたゾンビの奇襲を受けているのだ。
当然、周囲一帯の地面は、掘り返されて穴だらけ。
これではシルバーゴーレムたちの、せっかくの快速が活かせない。
速度の乗らない騎兵兵科に意味はない。兵法で突撃力や衝撃力と呼ばれる、その威力が激減してしまうからだ。
虎の子のシルバーゴーレムたち(姿は獅子だが)が、穴だらけの地面に足をとられ、タフさだけは一流のゾンビ部隊相手にもたついている間に、敵アンデッド軍が満を持して切り札を切った。
後詰に控えさせていた、二匹のドラゴンゾンビを解き放った。
その二匹が、速度と勢いを失ったシルバーゴーレムたちを蹴散らし、蹂躙した。
これにて敗戦決定だ。
ゴーレム軍団は総崩れで、局面を打開できるような切り札ももうない。
あとできることといえば、遊兵となっている左翼のストーンゴーレムたちを、せめて無事に退却させて、次に備えることくらいだ。
『あ、左翼も今さら突撃を始めましたよ、マグナス様!』
「…………」
もうため息も出なかった。
これで敗戦決定が全滅必至。
せめてもの慰めは、ゴーレムの軍勢ゆえに、失われる命は全くなかったことだろう。
『これは先が思いやられますねー』
「想像以上だな。いや、この場合は以下と表現すべきか?」
呆れすぎて、皮肉にもキレがない。
俺は今、〈魔嵐将軍の靴〉を使って、戦場の遥か上空にいた。
ショコラを抱きかかえて、一緒に観戦していた。
『ゴーレム軍団さんたち、いいところが一つもなかったですね』
「微塵もなかったな」
『戦力的には負けてないんですよね?』
「勝ちの目は充分にあったはずだな」
『率いている将軍さんが、無能というわけでもないんですよね?』
「ある意味では無能かもしれん」
俺は肩を竦めようとして、ショコラを抱えたままでは不可能なことに気づいた。
そのまま二人で、ゴーレムたちが全て壊されていく様を、無感動に俯瞰し続ける。
率いていた将軍や指揮官たちだけは、とっくに逃げ出していることだろう。
ゴーレムたちの動きが、完全に統制を失ったことから、それがわかる。
「それでも俺は、彼女らを助けねばならん」
将軍たちが撤退していっただろう西へ向かって、俺は空を歩いていく。
「さもなければ、この魔女の国は滅んでしまうのだからな」