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第四十話  上手な甘え方(ベリー視点)

前回のあらすじ:


皆で力を合わせ、エルドラ・カリコーンを一蹴!

 わたくし――ルクスン公女ベアトリクシーヌは、空を飛んでおりました。

 正確には、飛んでいるのはエリスと名乗った謎の女性。背中から翼を生やした彼女に、わたくしは抱きかかえられているだけ。

 そして遥か上空から、城の前庭で戦うレイやマグナス殿を見守っておりました。

 エリスの言った「特等席」とは、こういうことでしたの。


 最初のうちはもう「高すぎですわ!」「恐すぎですわ!」と内心パニックで、エリスにしがみつきたくなる衝動を、公女の体面で必死に堪えておりましたことは、内緒ですわよ?

 途中からはレイの、凛々しくも凄まじい戦いぶりに、夢中で見つめておりましたけど。

 あら、やっぱりこれも、口外できることではありませんわね。


 ともあれ、レイはマグナス殿と協力して、見事に“魔弾将軍”を討ちとってみせました。

 魔物化した、謀反人のエルドラも同様です。

 わたくしは胸を撫で下ろしつつも、口にせずにはいられませんでした。


「まったくレイときたら、いつの間に、あんなとんでもない実力を手に入れたのかしら。ほんのちょっと前まで、騎士団にいびられて、裏庭でぼっち稽古をしてましたのに」

「うふ、男の子なんて、そのちょっとの目を離した隙に、逞しくなるものよ? ただし、いい男に限るけれど」


 エリスがからかい口調になって言いました。


騎士(おとこ)を見る目があるじゃない、お姫様?」

「レイに見どころがあったのは事実ですけれど、正直に白状して、ここまで成長するなんてびっくりですわ」

「じゃあ、今度はお姫様が女を磨かないとね? あなたの騎士に逃げられてしまわないように」

「簡単に言ってくれますわね!」

「じゃあ、お姉さんがアドバイスしてあげようか?」


 と、エリスはますます揶揄口調になります。


「男なんてね、普段は威張り腐ってるけど、みんな本音は女に甘えたいのよ。だから、するべきことはきっちりさせつつも、そのご褒美にうんと甘えさせてやりなさいな。ホイホイ言うことを聞き出すから。逆に女は本気で男に甘えちゃダメ。甘えるふりをして、可愛いところをアピールしたり、男の自尊心を満たしてやるわけ。そうやってコントロールすればいいの。わかった?」

「非常にわかりやすいですけれど、同時に心が汚れたような気もしますわ……」


 わたくしも公女の嗜みとして、それなりに計算高い方だと自覚しておりましたが、男女の機微に関してはまだまだですわね……。なにせ経験値ゼロですし。


「じゃあ、これで義理は果たしたことだし、レイにも貸し借りなしよと伝えておいてくれる?」

「わかりましたわ。胡散臭い方ですが、あなたにはわたくしからも感謝を。エリス殿」

「うふふ、危険な女と呼んでくれる?」


 エリスは最後までおどけてばかりでした。


「じゃあ、感動のごたいめーん!」


 そして、わたくしを上空から放り投げました。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 まさかまさかの事態に、わたくしは頭の中が真っ白になってしまいます。


「死ぬ!? 死ぬの!? わたくし、こんなことで死んでしまうの!?」


 そんなことを口走っている間に、前庭の地面がグングンと迫ってきます。

 噂に聞く走馬灯を見ている、猶予や暇すら与えられません。


「もうダメえええええええええええええええええ!?」


 と、わたくしが絶叫したまさにその時、


「危ない、ベリー!」


 レイがわたくしへと向かって、とんでもない高さまで跳躍してくるのが見えました。

 可愛いメイドが召喚(?)した、ミスリルゴーレムが両手を組んで頭上へトスするのと、レイ自身がその両手を蹴って跳ぶ力を、合わせたようです。

 そしてレイはわたくしを、斜め横からかっさらうような軌道で抱きかかえ、放物線を描いて地上へと着地します。

 着地音さえ立てない、軽やかな身ごなしでした。


「……ゼィ……ゼィ……助かり……ましたわ……レイ……」


 九死に一生を得たわたくしは、荒い呼吸を繰り返し、まだ震えておりました。


「なんで空から降ってきたわけ?」

「話すと長くなるので、また今度でよろしいかしら……?」


 エリスからの伝言もしなければなりませんしね。


 また伝わるといえば、レイと触れ合う部分から、彼の温かい体温が伝わってきて、それととともにわたくしの胸にも、生きた心地がじんわりと広がっていきました。


 そして、わたくしはハッとなって気づきます。

 レイにいわゆるお姫様抱っこされている、この体勢に。

 わたくしの方も恐怖のあまり、彼にべったりしがみついている、この格好に。


 わたくしはカーッと赤面してしまいました。

 それを見たレイまで、カーッと赤面してしまいました。


「ご、ごめん、ベリー! 今降ろすね!」

「ダメですわ!」

「えっダメなの!?」


 だってわたくし、腰が抜けてますもの。

 降ろされても、立っていられませんわ。


「しばらく、このままで」

「う、うん」


 レイは当惑しつつも、言う通りにしてくれました。

 わたくしがいくら細身といえど、人一人の体重です。決して軽くはないでしょうに、レイは全く気にもしてない様子で、しっかりと支えてくれます。

 ……本当に、逞しいのですわね。


「“魔弾将軍”とエルドラの討伐、見事でしたわ。レイ」

「あ、見てたんだ……」

「それでこそ、わたくしの騎士。そう誇らしかったですわよ?」

「あは、それは光栄だね」

「わたくしは滅多に人を褒めませんの。だから、本当に光栄に思って欲しいものだわ?」


 わたくしも黙って、しばしこの身をレイに預けます。


 マグナス殿が連れているメイドが、ひどく冷かしてきて業腹でしたけど!


    ◇◆◇◆◇


 とはいえ、わたくしはいつまでも浮かれてはいられません。

 というか、現実逃避していられません。


 ええ、そうなのです。

 そろそろ辛い現実を、直視しなければならない時間なのです。


 安全な場所まで送ってくださるというマグナス殿のご提案に、わたくしはありがたく思いつつも首を左右にし、レイとともに城の中へ乗り込むことにいたしました。


 城の中には、まだたくさんの魔物が残っておりました。

“魔弾将軍”に魂を売った、若手騎士たちの成れの果てです。

 それが城の各所で、我がルクスンの兵たちと戦っておりました。

 マグナス殿がゲオルグ将軍から借り受けてきた、最前線の勇敢な兵たちです。


 一方、普段から城に勤めている兵たちや、エルドラの謀反に乗らなかった近衛騎士たちは、死体となってあちこちに転がっていました。

 殉職というべきでしょう。

 しかし、天晴というべきかは――本音のところ――わたくしにはわかりませんでした。

 なぜなら屍となっているその者らは、ほとんどが背中に傷を負って死んでいるのです。

 いわゆる、逃げ傷。後ろ傷。

 次々と魔物と化していく、元の同僚たちを見て、臆してしまったのでしょう。


 まだ生き残っている魔物たちを、レイは草でも払うように斬り捨てながら、城中をどんどん進んでいきました。

 わたくしたちの目的地は、父上の玉座がある謁見の広間です。


 そこも血の海となっておりました。

 わたくしは思わず、息を呑みました。


 逃げ出そうとして叶わなかった、父上の死体がありました。

 父上を逃がすために戦い、叶わず果てた、ルイーゼル兄上の死体がありました。


 わたくし以外、大公家の人間は残っていないという、エリスの言葉は正しかったのです。

 覚悟はしていました。

 いえ、しているつもりでした。

 でも現実にその様を目の当たりにすると、膝が笑って仕方ありませんでした。


「憶えてるかしら、レイ?」

「……何をかな?」

「もし“魔弾将軍”がこの城に攻めてきたらどうなるか――あなたは仮定の話をしたわ」

「……うん。そうだったね」

「わたくしは、兄上方のどなたかがきっと無事に逃げ出して、ルクスンの国体は死守すると、茶々を入れたわ」

「……そうだったかな」

「わたくしも所詮は箱入り娘にすぎなかったわけね。現実というものが何もわかっていない。……誰も、一人も逃げおおせることはできなかった」

「……魔物は想像を絶するほど、おそろしい奴らだからね」

「レイは慰めるのが下手ですわね」


 わたくしは苦笑を浮かべると、レイに背を向けるように言いました。

 そして、その背中にわたくしは額を押しつけました。

 小柄に見えて、しっかりと逞しい男の子の背中で、わたくしはすすり泣きました。

 聞こえないふりをしてくれるレイの優しさが、心に沁みました。


 わたくし、独りになってしまいましたわ。

 独りで、ルクスンを立て直し、支えていかなくてはなりませんわ。


 その言葉が、何度も喉から出かかりました。

 エリスのアドバイスに従えば、そう言って騎士(おとこ)に甘えるべきだと、頭ではわかっていました。

 でも、わたくしはそんな風にはなれませんでした。

 だからずっと、嗚咽を押し殺して、泣いていました。


 為政者としては有能でなくとも、家族としてはわたくしを大切にしてくださった父上!

 聡明でお優しかったルイーゼル兄上!

 母上も! 他の兄上たちも!


 胸を衝くこの嵐のような悲しみが去ってくれるのを、わたくしはひらすら耐え、歯を食いしばって待っておりました。

 すると――


「ごめん、ベリー。お小言は後で聞くから。今は僕の好きにさせて」


 レイの逞しい背中が、スッと遠ざかっていくではありませんか。

 どうして?

 どうして?

 わたくしは捨てられた子犬のような顔になってしまいます。


 でもレイは、わたくしに正面から向き直ると、そっと抱き寄せてくれました。

 そんなわたくしの表情ごと、胸に抱いて包んでくれました。


「僕しかいないからさ。大声で泣いたって、いいと思うんだ」


 わたくしの耳元で、そうささやいてくれました。


「……さっきのは撤回しますわ。レイは意外と、慰め上手なのですね」


 わたくしは彼の言葉に、本気で甘えました。

 大声でわんわんと泣きました。


 父上……母上……兄上……みんな……!

読んでくださってありがとうございます!

そして昨日、アキバblog様にてGA文庫さんの記事がアップされ、拙作の宣伝もしていただきました。

http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51576190.html


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