表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/175

第三十三話  魔物、斬るべし(レイ視点)

前回のあらすじ:


大公国の城にエルドラが攻め入り、その渦中でベリーがあわや誘拐されそうになるところを、エリスに助けられる。

 僕――〈光の戦士〉レイは、愕然となっていた。

 マグナスが教えてくれた情報が、それほどに堪えていた。


「エルドラは人類を裏切り、“魔弾将軍”に魂を売ったようだ。さらに、君の元パーティーメンバーを二人とも殺害することで、〈レベル〉も36にまでアップしている」


 朝の日課で、〈攻略本〉をひもといていたマグナスが、敢えて感情を消した事務的な口調で、教えてくれた。

「竜の墓」にほど近い山中。早朝の寒気に首を竦めながら、テントを出て焚火に当たっていた僕は、そのまま首を戻せなくなった。


「エルドラは……それで、何をするつもりなんですか……?」

「ここにはまだ書かれていないが、想像に難くないな」


 マグナスは、山間部特有の冷たい空気よりも、もっと冷え冷えとした声音で語った。


「エルドラという人物は、権力欲と上昇志向が強く、浅薄な男だ。そんな男が光の戦士の〈ユニークスキル〉により、軍隊でも容易に止められないほどのレベルを手に入れた。ならば考えることは一つだろう。武力による国家転覆と、恐怖政治による支配だ」

「まさか……そんな大それたことを、考えるなんて……っ」

「あり得ないと思うか? エルドラのことは、一緒に旅をしていたレイの方が詳しいだろう。その君がないと言うなら俺も予想を改める」

「…………」


 僕はにわかに返事をできなかった。

 あまりに非常識なスケールの話なので、反射的にまさかを唱えたけれど……よくよく考えてみれば、エルドラはそれくらいやるかもしれない。

 ベリーのことも自分の出世の道具くらいにしか思わず、成り上がるためなら卑怯な手段を使って、怪我をさせたっていいと思ってたような奴なんだ。


「こうしてはいられないな」


 マグナスは〈攻略本〉を閉じると、立ち上がった。


「できればここでレベルを35まで上げていきたかったが、そうも言っていられなくなった。ショコラが水汲みから帰り次第、俺たちも動くぞ」

「わかりました! 〈タウンゲート〉で都まで戻るんですね?」

「ただ戻るだけではダメだ。準備が要る」

「と、言いますと?」

「エルドラは謀反に際し、恐らくは甘言を弄して若手騎士たちを味方につけるだろう。どんなに強い個人武勇を手に入れようが、城の制圧や占拠には、やはり人数が必要だからな」

「な、なるほどっ」

「だからこちらも、ある程度の兵力が必要となる」

「理屈はわかるんですが、そのアテはあるんですか?」

「もちろんだとも」


 僕たちはテントを畳み、野営地を引き上げる準備をしながら、ショコラの帰りを待った。

 それからマグナスが呪文を唱え、〈タウンゲート〉で移動した。

 行先はキロミツである。

 ゲオルグ将軍に面会を求めると、まだ朝っぱらにもかかわらず、すぐに貴賓室へ通してくれた。賢明な将軍閣下は、緊急事態に違いないと考えてくれたようで、とるものもとりあえずという格好で僕たちの前に現れた。


「ゲオルグ将軍に折り入って相談があり、罷りこした――」


 と、マグナスが僕たちを代表して説明する。

 ゲオルグ将軍はそれに、真剣に耳を傾けてくれた。

 でも、僕はハラハラとしながら様子を見守った。気が気じゃなかった。


 だって〈攻略本〉の存在は明かすことができないから、情報ソースは説明できない。

 しかも話の内容が荒唐無稽。

 さらには、エルドラが若手騎士を扇動して、都のお城を攻めるだろうって部分は、あくまでマグナスの推測であって確証があるわけじゃない――


「わかり申した、マグナス殿。麾下の兵の三分の一を、お連れください」


 ――にもかかわらず、ゲオルグ将軍は快諾してくれた。


「信じてくださるんですか!?」

「ははは、もちろんですよ、光の戦士殿。だってマグナス殿がいらっしゃらなければ、この町はとっくにゴブリンどもの軍勢に、蹂躙されていたんです。マグナス殿がキロミツに対してよからぬ企みを抱いているなら、あの時に助けてくださるわけがない」


 理屈ではそうなんだけれど……。

 自分の判断に従って、大胆な差配ができるこの人は、やっぱり名将なんだろうなって、僕は思わされた。


「それにね、レイ殿。私の中では『荒唐無稽』の基準が、とっくにぶっ壊れているんですよ。なにせあなた方ときたら、たった二人で四つも砦を落とすわ、空から隕石を降らせるわと、メチャクチャやってくれましたからね。そのあなたたちが、明日天地がひっくり返るから備えよと仰れば、私は信じて備えますよ」


 ゲオルグ将軍はそう笑って、数百人の精鋭をポンと貸し出してくれた。


    ◇◆◇◆◇


 そうして僕たちは都へと帰還した。

〈タウンゲート〉を使えば、何百人で移動しようと、あっという間の話だ。


 転移の門をくぐった先は、城下にある公園の一つだった。

 僕たちはすぐに城を遠望し、煙が上がっているのを確認した。


『マグナス様の予測が的中のようでございますね!』

「正直、外れてくれた方が、笑い話ですんでよかったのだがな」

「とにかく、急ぎましょう!」


 僕は気が急くあまり足並みもそろえずに、真っ先に走り出した。

 ベリーは無事かと、それが不安で不安で堪らなかった。

 一刻も早く城内に突入したかったのに――

 城門前を、五十人ほどの若手騎士たちが、封鎖していた。


「姫の窮地に馳せ参じるとは、なかなか鼻が利くではないか、ベアトリクシーヌの騎士よ!」

「見事な忠犬ぶり、拍手をくれてやろう」

「しかし、いささか遅きに失したようだな!」

「先ほど報せが入った。城内の制圧は、九割方完了しておる」

「大公もルイーゼル公子も、エルドラ様がお手打ちになったそうだぞ?」

「ベアトリクシーヌ姫の訃報が聞こえるのも、すぐのことであろうな」

「ハハハハハハハ!」

「ヒャハハハハハハハハハハハ!」


 連中は口々に僕を嘲り、笑い飛ばした。

 以前から僕のことが目障りだった上に、エルドラとの決闘騒ぎの時には赤恥をかかされた、その恨みつらみだろう。


「あんたらの戯言を聞いてる暇はないんだ! ()()! じゃないと痛い目に遭うぞ!」


 僕は〈ブラッククレイモア〉を抜き放つと、両手で構える。

 本当にもう、こんなくだらない奴らをまともに相手にしている余裕がない。時間が惜しい。


 そんな風に焦る僕の目の前で――信じがたい光景が現れた。


「さあて、痛い目に遭うのは、果たしてどちらかなあ?」

「今の我らをただの騎士と思うなよ!」

「カリコーン様より授かった力、見せてくれるわ!」

「ハハハハハハハ!」

「あびゃばばばばばばばばばばばば!」


 なおせせら笑う連中の、その笑い声が歪んでいった。

 同時に連中の姿も歪んでいった。

 人間をやめて、魔物へと変貌していったんだ!


「魔物に魂を売るとは、こういうことだ」


 兵を率い、追いついてきたマグナスが、戸惑う僕にそう言った。


「少し小突いて、眠らせてやろう――そんな風に考えているなら、甘いことだぞ、レイ」

「だ、ダメなんですか?」

「連中はもう人ではない。魔物なのだ。戻ることもできない。ならば息の根を止めて斃す。今まで俺たちが、他の魔物をそうしてきたようにな」

「だ、だけどっ、いくらヤな奴らでも彼らは人間で――」

「いい機会だから言っておくぞ、レイ」


 マグナスがひどく厳粛な口調になって言った。


「どれだけレベルが上がろうと、どれだけ常人離れした力を得ようと、俺たちは人間に変わりはないのだ。全知全能の神ではないのだ。そこを勘違いし、できぬことをやろうと驕れば、必ず痛い目に遭うぞ」

「…………」


 マグナスの言葉のあまりの迫力に、僕は生唾を呑み込んだ。


「わかったな? 連中のことは諦めろ。自業自得だ」

「…………はい。…………わかりました」

「いい返事だ。ならばこれより戦端を開く」


 マグナスが呪文の詠唱を始めた。


「……ア・ウン・レーナ」


 僕も〈練気功〉の集中を始めた。


 そして、マグナスの〈ファイアⅣ〉が炸裂し、城門前にいた魔物たちの半分ほどを、一度に吹き飛ばす。


「ギアアアアアアアアアアア!」

「な、なんだ、この魔法の威力はああああああ!?」


 混乱する魔物たちの中へ、僕はすかさず斬り込む。

 特にスキルを使うまでもなく、一太刀で一体を屠っていく。


 ……この手応え、レベル15には届かないかな?

 そう、僕はマグナスと一緒に旅をして、激闘を繰り返すうちに、今ではそんなことがわかるくらいに、経験を積んでいた。


 レベル15足らずか。

 たった15足らずか。

 魂を売って、人間をやめてまで、その程度か!

 それがあんたたちの望みだっていうのか!


「バカ野郎!」


 僕は怒鳴り散らさずにいられなかった。

 涙を堪えて、剣を振るい続けた。


「グアアアアアアアアアアアアアア!」

「や、やめてくれええええっ」

「降参する! 降参する!」

「だから命だけは助けてください!!」

「光の戦士様!! レイ様!!」


 涙を堪えて、剣を振るい続けた。

 一太刀で一体を屠っていった。

 もう人には戻れない彼らにとって、それこそが救いだと信じ――いや、そんなのは欺瞞だ。


「僕は魔物を許さない! ベリーを狙う君たちを許さない! 絶対に!!」


 嗚咽を堪えて、剣を振るい続けた。

 最後まで、手を緩めなかった。

 そう、元は騎士だった魔物たちが、全て息絶える、その最後まで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
★こちらが作品ページのリンクです★

ぜひ1話でもご覧になってみてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ