第三十話 かつてと今
前回のあらすじ:
いよいよ魔弾将軍との決戦に備え、最後の仕上げにとりかかって――
大きくて重い足音が近づいてくる。
竜の骨で埋め尽くされた大地が揺れる。
濃霧の中に、巨大なシルエットがぼんやりと浮かび上がる。
「デカい……ですね……。先にサイクロプスを見てなかったら、足が震え出してたかもしれません」
「サイクロプスの足元に、勇敢に駆け込んでいったレイだ。こいつが先でも大丈夫だったさ」
「です……かね」
そんな言葉を交わしながら、俺たちは武器を構える。
俺は〈大魔道の杖〉を、鈍器としても使う〈武道家〉スタイルで。
〈魔海将軍の金貨〉の効果により、今の俺は〈魔法使い〉とともにレベル31となっている。
一方、レイは〈ブラッククレイモア〉を抜き、両手構えにする。
「さあ――」
「いつでも来い」
俺たちの声を聞いたわけではないだろう。
しかし、「竜の墓」の墓守が、巨大な一歩を踏み出した。
その衝撃で、俺たちの周囲に立ち込める霧が吹き飛んだ。
そして、墓守がその魁偉な姿を現した。
全身が骨でできた、巨大な竜。
すなわちボーンドラゴンだ。
レベルは34。
そう。
かつてメゴラウスの大坑道にて、最深部の主と化していた、強力強大なアンデッド・ボスモンスターである。
「俺にとっては因縁のある魔物だ」
「そして、僕にとってもですね」
アンデッド属性とはいえ、こいつは立派なドラゴン種だ。
魔物の中の魔物と呼ばれる、最上位種の一つだ。
ドレイク種やワイバーン種のような、紛い物とは違う。
かつてレイは、レベル13のアースドレイクに敗れ、その後に俺と出会って強くなり、レベル22のファイアドレイクをソロで討ち取るに至った。
そして今、俺とともに正真のドラゴン種へ挑戦するのである。
これを因縁と言わずして、なんと言おう?
「「ア・ウン・レーナ」」
俺たちはともに〈練気功〉を用い、全身にオーラをまとい、〈ステータス〉を増強する。
その状態で、巨大なボーンドラゴンへと突撃する。
「GIII――GIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
応じるようにボーンドラゴンが啼いた。
その大きな全身から、濃い瘴気が立ち昇り、黒い炎のように揺らめいた。
途端、周辺に異変が起こる。
地の底から、骸骨の姿をした雑魚モンスターが、無数に這い出てきたのだ。
かつてメゴラウスの大坑道で戦ったボーンドラゴンも、地の底よりスケルトンソルジャーの大軍を、〈MP〉の限りに召喚して使役した。
しかしここ、「竜の墓」は奴にとってのホームグラウンド。
召喚するのはレベル3のスケルトンソルジャーではなく、レベル12の竜牙兵であった。
文字通りケタ違いの軍勢が、俺とレイに向かって群がり来る。
「哈ッ!」
俺は〈大魔道の杖〉の中ほどを持って振り回し、先端部と石突の両方を叩きつけて、ドラゴントゥースソルジャーどもを、当たるを幸い蹴散らしていく。
総ミスリル製のため、ただでさえ武器としても優秀な〈大魔道の杖〉だが、今は俺たちの全身同様にオーラを帯びている。武道家がレベル21で習得できる〈纏気功〉というスキルで、拳だけではなく装備した武器にも〈生命属性〉を付与し、且つ〈攻撃力〉を高めることができるのだ。
アンデッドモンスターであるドラゴントゥースソルジャーにとって、〈生命属性〉は弱点。骨でできたその体は〈打撃属性〉も弱点。まるで砂糖菓子のように砕けていく。
連中は堪らず、数に任せて包囲しようとしてくるが――
「フラン・イ・レン・エル!」
俺は〈ファイアⅢ〉の呪文を唱えて、まとめて周囲を焼き払った。
〈炎属性〉が弱点のスケルトンソルジャーと違い、ドラゴントゥースソルジャーは逆に〈耐性〉を持っている。
しかし俺は圧倒的なレベル差で、強引に燃やし尽くしたのだ。
以前の俺は、雑魚モンスター相手ですら、数の暴力で囲まれると苦にしたが、サブ職業として武道家のレベルを上げたことで、その弱点は完全に克服できていた。
一方、レイはと様子を横目で窺ってみれば――
「〈シャインブレード〉!」
アンデッドの弱点である〈光属性〉攻撃を用いて、木端のようにドラゴントゥースソルジャーどもを薙ぎ払っていく。
神霊プロミネンスに選ばれし、全世界でたった四人だけの〈光の戦士〉は、超優遇職だ。
反則的な高〈ステータス〉を持っているのも然ることながら、レイを鍛えれば鍛えるほど、本当にモンスターを討つのに最適化された職業の一つだと痛感させられる。
俺とレイはドラゴントゥースソルジャーの軍勢をものともせず、まるで無人の野を行くが如く、ボーンドラゴン本体へと肉薄した。
「シ・ティルト・オン・ヌー・エル――哈ッ!」
「〈フラッシュブレード〉!」
俺が〈ストーンⅢ〉と〈気功〉を織り交ぜたコンビネーションで、レイがロレンスから会得した強力な光属性攻撃で、ボーンドラゴンを左右から攻め立てる。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIII!?」
弱点属性を衝いたこの攻撃に、さしものレベル34ボスモンスターも悶え苦しむ。骨格でできた体をボロボロと砕けさせていく。
ただし、こいつは〈MP〉を消費して、骨格をみるみる再生させていく、タフなアンデッドモンスターだ。
しかも再生のドサクサに紛れて、首や腕の数をどんどん増やし、パワーアップしていく、さすがはレベル30台のいやらしいボスモンスターだ。
決して手を緩めてはならない。
事前に作戦を話し合い、レイにもそれはわかっているから、ラッシュに次ぐラッシュで畳みかけていく。
「GIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ボーンドラゴンが三つに増えた頭部全てから、瘴気のブレスを噴く。
「「ア・ウン・レーナ!」」
俺とレイは再び〈練気功〉をまとい直し、〈精神力〉を高めて抵抗する。
「GIIIII……」
ボーンドラゴンが――竜の墓守が、戸惑ったような咆哮を上げた。
竜種に比べて遥かに矮小に過ぎないはずの人間種を相手にし、だがやることなすことまるで通用せず、事実困惑しているのだろう。
俺も感慨深いものがあった。
かつてメゴラウスの大坑道で、俺はレベル28の魔法使いとして、初代グラディウスとともに、ボーンドラゴンに挑んだ。
策も弄したし、何より討伐に時間がかかった。大変な強敵に感じられた。
しかし今や、レイとともに挑んで、正面からねじ伏せようとしている。
人間種に比べて遥かに強大なはずの竜種が、俺たちにとってただの〈経験値〉となろうとしている。
そして――事実そうなるまで、さほどの時間を要さなかったのだ。
◇◆◇◆◇
ボーンドラゴンを討伐した後、俺とレイはレベル32にアップしていた。
「でも、予定では35までここで上げるんですよね?」
「ああ、そうだ。ショコラ。頼む」
『畏まりました、マグナス様』
ショコラは大きな瓶を取り出すと、そこに入っていた赤黒い液体を、竜の骨で埋め尽くされた地面に振り撒いた。
「その瓶の中身は?」
「〈竜の血〉だ。バゼルフと一緒に試し切りをしていた間、ショコラとアリアには買い集めてもらっていたんだ」
『高かったんですよ!』
「へえ……で、これを撒くとどうなるんです?」
「一週間前後で、ボーンドラゴンが復活する」
ラクスタのある北の大陸では、ボーンドラゴンは外来種であったため、かつては乱獲したくてもできなかった。
今、それができるようになったわけだ。
「なので、いちいち街に戻ってはここまで来るのも面倒だし、しばらく野営するぞ」
「うへえ……こんなところでですか……」
「さすがに『竜の墓』のど真ん中でする気はないさ」
そういうわけで、俺たちは少し離れた山中で、野営生活を始めた。
ショコラが宣言通り、野営中とは思えない、簡素ながら美味しい料理を作ってくれた。
そして、ボーンドラゴン乱獲も順調に行き、俺たちはほどなくレベル34になった。
ところが――
「……レイ。君にとって、少し面白くない事態になったようだぞ」
早朝、俺は内容が更新された〈攻略本〉に目を走らせながら、そう言った。
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そして、ついに4章も30話に突入いたしました!!
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