第二十八話 規格外の一撃(???視点)
前回のあらすじ:
マグナスとレイのコンビネーションにより、三砦のボスモンスターを撃破!
あたし――エリス・バーラックは、〈遠見の水晶球〉を弄んでいた。
水晶球を通して、遠く離れた城塞都市キロミツ周辺の様子を、俯瞰映像で眺めていた。
あたし一人ではない。
“魔弾将軍”カリコーンもまた映像を凝視していた。
カリコーンは人型の魔物で、ただし身の丈は四メートル近い。
しかも左腕だけがアンバランスに太く、大きく、逆に右腕は五本もあるという異形だけれど。
あたしから少し離れたところにある、バカデッカい玉座にその巨体を収めて、ふんぞり返る。
そう――あたしはこいつが住まう魔城を訪れ、最上階にある玉座の間で、文字通り羽を伸ばして寛いでいたのだ。
「あたしが言った通りになったでしょう、カリコーン?」
「業腹ながらな。ゲレンベズズらワシの子飼いどもが、よもやこうもあっさり敗れるとは……」
カリコーンは忌々しげに吐き捨てた。
「マグナスという男は、絶対に侮ってはいけないのよ」
あたしはまるで我がことのように、得意げに言った。
カリコーンは不愉快そうにしつつも反論はせず、
「だから貴様の提示した策に、乗ってやっただろうが、エリス・バーラック?」
「あなたがプライドとも呼べないつまらない意地で、余所者の意見を却下するバカでなくてよかったわ、“魔弾将軍”殿?」
あたしは心からの感心を込めてそう言った。
〈遠見の水晶球〉によって、マグナスがついにキロミツへ到着したことを知ったあたしは、すぐに続く展開を予測した。
マグナスは四砦の奪還に乗り出し、そこを預かるカリコーン子飼いのボスモンスターたちを、連続して撃破するだろうと考えた。
そこであたしはカリコーンを訪ね、一つの策を授けてやったのだ。
内容はこう。
マグナスは恐らく、端に位置するアルファ砦から順に攻略を始める(あるいはデルタ砦から逆順に落としていく)。そうして四つ全てを一気に奪還しようとするだろう。
であるならば、マグナスが三砦を攻略しているその間に、逆端にあるデルタ砦(またはアルファ砦)の魔物を全て打って出させ、城塞都市キロミツへと逆侵攻をかけるのだ。
「そう上手くことが運ぶのか? あの難攻不落を短時間で陥落させられるのか?」
聞いたカリコーンは、当然の疑問を呈した。
「今が落とす好機なのよ。事情があるの」
あたしはその「事情」を事細かに説明した。
カリコーンはそれにちゃんと耳を傾けた。あたしが余所者だからとか、元人間だからとか、そんな理由で却下なんかしたりせず、あくまで策の内容を吟味したうえで、「その言やよし」と乗ってきたのだ。
そして、あたしのその策の正しさが、これから証明されようとしている。
まずマグナスは予想通りに、アルファ砦から順に攻略を始めた。
カリコーンはその隙にデスファルコンを伝令に飛ばし、デルタ砦を預かるゴブリンウォーゴッドに命令を与えた。
同族たちから軍神と崇められるその超高レベルゴブリンは、ただちにデルタ砦の軍勢を率いて、打って出た。キロミツへの逆侵攻を開始した。
この動きにキロミツの守城兵どもは最初驚き、慌てふためいたものの、すぐに落ち着きを取り戻していった。
ゲオルグ将軍の陣頭指揮の賜物、あるいは自分たちが堅固な城壁に守られているということを、思い出したのだろう。
実際、城塞都市キロミツの防御力はかなりもので、だらしないゴブリン兵どもでは全く落とせる気配がなかった。
やがてゴブリン兵どもは攻め疲れてくる。
それを見たゴブリンの軍神が決断を下す。
配下に粗末な太鼓を打ち鳴らさせ、退却の合図を出したのだ。
不甲斐ないゴブリン兵どもが、我先にと逃げ散っていく。
よく鍛えられた軍は、退却時でさえもそれは整然たるものだと聞くけど、所詮はゴブリン風情にそれを望むのは無茶だろう。
水晶球に映し出される、連中の無様な退却姿を見て、カリコーンが不愉快そうに吐き捨てる。
「ここまでは全て貴様の予定通りだな、エリス・バーラック」
「ええ、そうね。本当につまらないくらい、予測の外を一歩も出ていないわね」
キロミツの外壁の上では、守城兵たちが歓喜していた。
攻めてきたゴブリンの軍勢を、わずかの間に見事追い払ったのだから、そりゃ喜びもひとしおだろう。
実際、そのまま何もしなければ、攻防戦は彼らの勝利だった。
「そう、何もしなければ、ね」
あたしは退屈しきった声で独白した。
水晶球の映像の中、キロミツ側に動きがあった。
突如として門が開き、およそ五百騎の軍勢が、その勇姿を見せたのだ。
逃げ散るゴブリン兵どもへ、追撃をしかける腹積もりなのは明白だった。
彼らは首都からキロミツへ推参したばかりの、ルクスン騎士団だった。
「その追撃になんの戦略的意味があろうか。ゲオルグ将軍も制止したであろうにな」
「彼らには意味があるのよ。だから止められても耳を貸さなかったのよ」
ルクスンの騎士団は、このところずっと不満を溜め込んでいた。
神霊プロミネンスが、〈光の戦士〉なんて連中を選び出してしまったからだ。
無論、カリコーンを怖れる民やルクスン大公からすれば、歓迎すべき事態であろう。
しかし、ルクスン騎士どもからすれば、まさによけいなお節介でしかなかった。
光の戦士たちへの期待が高まれば高まるほど、それは裏を返せば、騎士団を軽んじることに他ならないのだから。
「おまえたちでは“魔弾将軍”を討つことはできない」と言われているに等しいのだから。
そんな彼らの心理につけこんだのが、エルドラという小賢しいだけの男だ。
さすが元騎士見習いだけあって、彼らの安っぽいプライドのことはよく理解していた。
あくまで騎士どもを立てつつ、ともに“魔弾将軍”を討つという体裁をとって、自らの権力拡大を画策したのだ。
その実、エルドラにカリコーンを討つ気など、さらさらなかったでしょうにね。
ルクスン騎士たちはまんまと利用されていたわけだ。
エルドラという男の性根が、どこまでも腐り果てていることにも気づかずに!
おかげでルクスン騎士どもは赤恥をかいた。
レイとエルドラの決闘が契機だ。
ルクスン騎士どもが冷遇したレイが素晴らしい戦いぶりを見せた反面、騎士どもが担いだエルドラは卑劣な真似を重ねた上に負けた。
おかげでルクスン騎士どもは、ひどく立場が悪くなった。
普段は首都でふんぞり返っている彼らが、わざわざ最前線であるキロミツくんだりまでやってきたのも、勇ましいところをアピールして、その失地を取り返そうというさもしい計算に他ならない。
「そんなつまらないあなたたちだもの、この追撃のチャンス、逃さないわよね?」
マグナスとレイは、たった二人で四砦を落とし、途方もない武勲を打ちたてようとしている。
その一方で、ルクスン騎士団はこの場にいながら、ただ城塞の中で指をくわえていたということになれば、物笑いの種でしかない。
「ゆえに兵理を無視して打って出る、か」
「気位の高い連中だもの。自分たちの安いプライドや宮廷での立場が、何より大切なの」
「度し難いな。ワシの配下なら生き埋めにしてくれるわ」
あたしとカリコーンがそんな話をしている間にも、ルクスン騎士団は逃げ散るゴブリンに追いつき、掃討にかかった。
誘い出されたとも知らずに!
水晶球の映像の中、ゴブリンウォーゴッドが雄叫びを上げていた。
音声までは届かないのが残念だが、さぞや勇ましい咆哮であろう。
そしてゴブリン族の軍神の、特殊能力が発動する。
率いたゴブリン一千尽くが、突如として〈レベルアップ〉する。
個の力で、ルクスン騎士どもを凌駕する。
愚かな騎士どもが、異変に気づいた時にはもう遅い。
ゴブリンウォーゴッドは再び陣太鼓を打ち鳴らさせ、反転攻勢を命じていた。
ルクスン騎士団は、今や数でも質でも勝るゴブリンの軍勢を前に、ボロボロに打ち負かされていく。退却を余儀なくされていく。
「本当に愚かな連中だこと。いったいどこに逃げようというのかしら?」
「もちろん、そんなものは決まっている」
彼らの逃げ場などただ一つ――外壁に守られた、城塞都市の内側だ。
ルクスン騎士どもは死を怖れ、無様に、脇目も振らずに逃げていく。
味方と民草がいるそこへ。
ゴブリンどもに追い立てられ、もつれ、諸共に城内へ流入することになろうとも!
魔物を引き入れ、市街が戦場と化そうとも!
ただただ、我が身可愛さのあまり!
「さあ、この世の地獄を見せてくれるのかしら?」
「残念ながら、そうはならんようだ。さすがゲオルグという将軍、冷静だ」
逃げる騎士団の目の前で、城門が無情に閉ざされていく様が、水晶球に映し出される。
ゲオルグ将軍はキロミツを守るため、騎士団を見殺しにする判断を下したようだ。
「将たるものなら、当然の判断だな」
「あら、つまんない」
城の外に閉め出されたルクスン騎士どもが、洟を垂らして開門を乞う様や、ツバを飛ばして城内を罵る様、あるいはゴブリンたちに追いつかれ、囲まれ、馬上から引きずりおろされ、粗雑な武器で滅多刺しにされる様は、それなりに見物だったけれど。
騎士どもの絶叫も悲鳴も聞こえないとあっては、やはり面白味半減だ。
「はあ、つまらないつまらない。誰一人、ただの一個も、あたしの予測から外れたことをしてくれないんだもの。結末のわかりきったお話ほど退屈なものはないわね」
「ならば、ワシが少しだけ面白くしてやろう」
興が乗ったように、カリコーンが玉座から重い腰を上げた。
そこに立てかけてあった、長さ四メートルという強弓を手にとった。
そして、城のベランダへと向かい、南の空を臨む。
「まさか!」
と、あたしは思わず手に汗にぎった。
そのまさかだった。
カリコーンは太い左手で弓を構え、五本の右手で五本の矢をつがえたのだ。
そして、南の空へと射放ったのだ。
あたしは急いで、視線を水晶球へと戻す。
この魔城からキロミツまで、南へおよそ五十キロ。
まさか届くわけ? 本当に?
ワクワクしながら待っているあたしの前で、凄まじい光景が映し出された。
“魔弾将軍”の射放った五本の矢が、本当にキロミツまで到達し、しかも狙い過たず城門に直撃し、鉄板の入ったその門扉を粉々に打ち砕いたのだ。
ああもう! ああもう!
これだから魔物という連中は、あたしを退屈させてくれない!
この凄まじい神技が見られただけでも、今回はよしとしよう。
あたしはそう満足した。
否――それで満足してしまうのは、まだ尚早だった。
水晶球を通して見える、キロミツの俯瞰映像。
そこに突如、奇妙なものが映し出された。
それは天空より飛来する、一個の隕石だった。
狙いは雑で、ゴブリンの軍勢からやや離れたところに墜落する。
しかし、それで発生した衝撃波は激甚だった。
あたしの心を揺るがした衝撃もまた。
隕石墜落の余波だけで、ゴブリンの軍勢が半分ほど吹き飛ばされてしまう。
ただの一発で、数の利を逆転されてしまう。
ルクスン騎士どもは既に、ゴブリンどもにあらかた討ち取られていたが、ゲオルグ将軍指揮で当意即妙に城兵たちが打って出て、そろえた槍を突き出す。
ゴブリンどもは今の隕石攻撃によって、混乱の極にあった。
さすがにだらしないとも、無様ともいえない。あんな規格外の攻撃を受けて、平静でいられる方がおかしい。
ゆえに組織的抵抗ができず、如何にウォーゴッドの特殊能力でレベルアップしてようが、ゲオルグ将軍指揮の兵たちには敵わなかった。
一匹、また一匹と討ち取られていった。
あたしがその光景を〈遠見の水晶球〉で俯瞰するように――
同じく天空で仁王立ちし、眼下を見下ろす者がいた。
誰あろうマグナスだ。
そしてきっと、今の隕石攻撃も彼の魔法の仕業に違いない。
ああもう! ああもう!
あなたは――あなただけは本当に、あたしを退屈させてくれない!