第十九話 とびきりのいたずら(レイ視点)
前回のあらすじ:
公女ベリーのおかげで、王宮暮らしが楽しくなったレイ。
しかしそこにエルドラが現れ――
「レイ。おまえ、“魔弾将軍”討伐の旅はどうしたんだよ?」
「エルドラ。君は、ポスティアン伯爵の跡取りになったんじゃなかったの?」
僕とエルドラはお互い、同時に質問した。
一瞬、気まずい空気が僕たちの間にわだかまる。
でもすぐに、エルドラが顎をしゃくってみせた。
僕から先に答えろという、ジェスチャーだ。
ひどく横柄な仕種だった。
そりゃエルドラは、元々パーティーを組んでいた時から、強引で周りに指図ばかり出す奴だったけど。でもそれは、戦いに関してズブの素人だった僕たちを、引っ張っていくためのリーダーシップの裏返しだった。
今は違う。ものすごく傲慢さを感じさせる、ただただ嫌な態度だった。
人が変わって見えた。
僕はムッとなりつつも答える。
「旅は続けてるよ。ただ、〈騎士スキル〉を習得したくて、しばらく王宮で暮らしてるんだ」
「ハハハ! 何をやってるんだか! 首都に戻っていたら世話はないな」
エルドラがせせら笑った。
僕は、〈タウンゲート〉があるから決して後戻りじゃないと言いたかったけど、がまんした。
悔しかったけれど……そんなのは所詮、感情の問題だ。
マグナスの持っている力を、わざわざ吹聴しちゃいけない。
自分で考えて、そう判断した。
「レイ、おまえは最初から要領の悪い奴だったよ。オレがいなければ、何もできなかったな」
エルドラの嘲笑が続く。
周りの若手の騎士たちまで、一斉にお追従笑いをする。
僕たちが〈光の戦士〉として大公殿下の御前に集まる前、エルドラは騎士見習いだった。
だから、周りにいる若手の騎士たちの方が、立場は上だったはずだ。
でもエルドラが、ポスティアン伯爵の一人娘と結婚しちゃったから、今や立場逆転ということなんだろう。
そんなエルドラが、今度は俺が答える番だとばかりに言った。
ただし、僕の方なんか見向きもせず、僕の隣にいたベリーに向かって、
「ベアトリクシーヌ姫。今度の狩猟会ですが、我ら一同を随伴にご指名いただけるよう、お願いに参りました」
エルドラたちは恭しい仕種で一礼した。
対してベリーは、
「まあ! 抜け駆けご苦労様!」
と、鼻白んだ態度で皮肉を返す。
ぎょっとなったエルドラに、さらに畳み掛けるように、
「レイを裏切って伯爵令嬢にすり寄ったお次は、このわたくしですか。さすがエルドラ卿は、他人を出し抜くことだけに関しては一流ですわね」
ベリーの嘲笑を浴びせられ、エルドラたちの間に動揺が走る。
僕のことをせせら笑っていた彼らだけど、自分たちが笑いものになる耐性は全くないらしい。
「神霊プロミネンスに選ばれておきながら、私欲のために使命を捨てたエルドラ卿が、よくぞおめおめと顔を出せたものですこと。お父上は口八丁で誤魔化せても、わたくしには通じませんわよ? わたくし、はっきりあなたを軽蔑しておりますの」
「そ、それは誤解でございます、姫! 私は“魔弾将軍”を討つことを諦めたなどと、一言も言っておりませんぞ!」
言ったじゃん、僕やテレサやラッドの前で!!
僕は全力でツッコもうとしたけど、エルドラはそれより早く、よく回る舌でいけしゃあしゃあと続けた。
「私はこのレイたちと旅を続け、強力なモンスターどもを討つたびに、痛感したのでございます。これは如何に光の戦士といえども、たった四人で敵う相手ではないと。ゆえに私は権力をつけ、今この場にいる彼らのような、私の志に共感してくれる勇者たちを集め、“光の騎士団”を設立せんと奔走しているところなのです!」
「そ、そんなの初耳だよ、エルドラ! 僕たちにはそんな説明しなかったじゃないか!」
「いいや、オレはおまえたちにも、ちゃんと相談を持ちかけたね」
エルドラはぬけぬけと嘘をついた。
「でもレイ、おまえたちはオレの提案を突っぱねた。光の戦士四人だけで“魔弾将軍”を討てば、褒美も名声も思いのままだと。仲間を増やして手柄をわけてやる必要はないと。おまえたちはそう主張して、国家の大事より目先の欲望に走ったんだ!」
「そんなバカげた話はなかったよ!」
僕は大声で反論しようとした。
でも――
「なんと!? それは誠でございますか、エルドラ卿!?」
「ええい、欲の皮の突っ張った奴らよ!」
「唾棄に値いたしますな!」
「エルドラ卿と違い、我ら騎士の力に頼らぬというのならば、貴様は何をしにここにおる?」
「どの面をさげて、我ら騎士の培ってきた技を盗みに来たのか!」
「この痴れ者が!」
取り巻きの若手騎士たちが一斉にわめいて、騒いで、僕一人の声はかき消されていった。
僕に対する、耳を塞ぎたくなるような悪罵、痛罵はしばらく続いた。
僕は歯を食いしばって、その言いがかりに耐えた。
そんな中、不思議な声が聞こえてくる。
“レイ。レイ。聞こえているだろ? オレだ。エルドラだ”
エルドラの心の声が、僕の心に直接的に訴えかけているんだ。
光の戦士でもエルドラだけが持っていた、〈光の号令〉というユニークスキルだ。
それを使ってエルドラが続ける。
“王宮がおまえみたいな田舎者にとっちゃ、どれだけ場違いか理解したか?”
“か、関係ないでしょ。少なくともベリ――ベアトリクシーヌ姫は関係なく、僕に接してくれている!”
それが心の支えだと、僕は力強く反論した。
ところがすると、エルドラは我が意を得たりとばかりに、にんまりして、
“騎士スキルを習得したいんだったな? 一日でも早く会得して、旅を再開できるように、オレが協力してやってもいいぞ? 無論、全力でと約束する”
“……どういう風の吹き回し?”
“おいおい、オレみたいな優しくて友人想いの男をつかまえて、なんて言い草だよ!”
“君みたいに意地汚くて我が身大事な男、僕は生まれて初めて会ったけどね”
“……おまえがいつまでも王宮にいると、目障りなんだよ。だからとっとと出ていけるように協力してやってもいい。ただし――”
“そこまで本音言っておいて、まだ条件ふっかけるつもり!?”
“ただし、おまえからもそこの姫に、とりなしてくれよ。オレが使命を捨てただなんて、誤解も誤解だって説得してくれよ。おまえ、妙に覚えがめでたいみたいだし、可能だろ?”
“よくもそんなゲスいこと、咄嗟に思いつくね、君ってやつは!”
僕は呆れて言ったが、エルドラは痛痒も感じた様子はなく、交渉を続けた。
“知っているか? ルクスンの公女様はな、一人が一人、側近となる騎士を抱える風習がある。オレは『ベアトリクシーヌの騎士』になりたいんだよ。狙ってるんだよ”
“ええっ!?”
エルドラがまさかそんな大それたことを考えていたとはと、僕は驚きを禁じ得なかった。
僕も王宮暮らしを続けて、ちょっとは事情に通じたから、公女様のお抱え騎士制度? 風習? のことは小耳に挟んだ。
普通は婚約者が、お飾りの騎士になるのが通例。
それがいない場合は、実力のある騎士がその座に就く。その場合、公女様と男女の仲になっちゃわないように、妻帯者が望ましいらしい。
“だからな、オレは姫にいつまでも嫌われているわけには、いかないんだ”
“そ、そりゃそうだろうけど……”
“悪くない取引だろ? おまえは別に何も失うことなく、騎士スキルを習得できるんだ。ほら、早くしろよ。それともおまえにとって、“魔弾将軍”討伐ってのはその程度の覚悟なのか?”
エルドラのささやき声が毒のように、僕の胸に注ぎ込まれる。
じわじわと浸透していく。
“お断りだ!”
僕はそれを突っぱねた。
以前のまま僕だったら、きっとよく考えもせず、エルドラの言いなりになっていただろう。
でも、今の僕は違う。
僕やエルドラの目先の利益のために、ベリーをだますなんてダメだって、ちゃんと自分で考えて、決断を下すことくらいできる!
“テメエ、自分が何を言ってるのか、理解できてんのか……?”
たちまちエルドラの形相が歪んだ。
“あらゆる手を使って、王宮にいられなくしてやろうか……?”
僕に向けて、はっきりとした憎悪を向けてきた。
なんて卑劣な奴だろうか!
どこまでも見下げ果てた奴だろうか!
僕は何か言い返してやろうと思って、でも咄嗟に言葉が出てこない。
代わりにベリーが言ってくれた。
「言いたいことはそれだけですの?」
雄々しく腕を組んで、啖呵を切るように。
僕とエルドラの心の声が聞こえていたわけはないから、未だに罵声を叫んでいた、取り巻き一同に向かって喝破したのだ。
若手とはいえ騎士ともあろうものたちが、ベリーのその迫力に、気圧されたように押し黙る。
「わたくしは常日頃から、寛容さを心がけておりますわ。同時に、あなたたちの大公家への忠義を疑ったことはありません」
「もちろんです、姫!」
「我々は大公家に全てを捧げる者です、ベアトリクシーヌ姫!」
「ですから今の――私の騎士への罵倒は、聞かなかったことにして差し上げますわ」
「「「え……?」」」
僕は思わずポカンとなった。
エルドラも唖然となっていた。
取り巻きたちも呆然となっていた。
い、今、ベリーが何かとんでもないことを、するっと口走らなかった!?
「あら? 聞こえませんでしたの?」
ベリーはほくそ笑みながら、僕の肩を持って言い出した。
「でしたら、改めて言って差し上げますわ。このレイこそが『ベアトリクシーヌの騎士』です。皆、これからは心して対するように。よいですわね?」
勝気に彼女によく似合う、とびきりのいたずらを成功させたような、そんな笑顔だった。




