第二十話 売り言葉に買い言葉(レイ視点)
前回のあらすじ:
公女の覚えめでたきを得ようとする卑怯者のエルドラに、しかしベリー姫はレイこそが自分の騎士だと言い放つ。
エルドラは一瞬、まるで敗北者のような表情になった。
しかし、すぐに怒りと意地で顔を赤黒く染めると、
「レイ如きに心して対せだと!? できるものかよ!」
認めてたまるかとばかりに怒鳴り散らした。
「エ、エルドラ卿っ……」
「少しお言葉がすぎますぞっ」
たちまち取り巻きの若手騎士たちが、主君筋の姫君に対する言葉遣いを窘めた。
ところがベリーは挑発的な態度のまま、
「まあまあ、言葉遣いなどなんでもかまいませんことよ? どうせわたくしのエルドラ卿への評価は、もう下がりようがないほど底を突いておりますもの」
「ベ、ベリー、もうその辺に……。あんまり煽るのもどうかと思うんだ……」
「レイは黙ってなさい! わたくし、あなたをバカにされて、怒ってるんですのよ!」
さっき寛容がどうとか聞かなかったことにするとか言ってたじゃーん!
――というツッコミは、ベリーにじろりと横目でにらまれて、呑み込んだ。
「ハッ! ずいぶんとまた、そいつにご執心のようですな、姫」
エルドラがまだ赤黒い顔のまま、鼻を鳴らした。
「でも、そんなポッと出の田舎者が『ベアトリクシーヌの騎士』だなどと、誰も認めませんよ? 認められるわけがない!」
「まあまあ、わたくしも舐められたものですわね。そんな政治もできない箱入りだとでも? レイは光の戦士として、“魔弾将軍”を討つのです。道半ばで逃げた誰かさんと違って、国中の賞賛を集めることでしょう。わたくしの騎士に相応しいと、誰もが認めるでしょう」
反論できないのか、エルドラはギリッと歯軋りをした。
「エ、エルドラ卿」
「どうも雲行きが怪しゅうござるぞ」
「ここは一度退いて、作戦を――」
取り巻きたちが、不安げな顔でエルドラにとりなした。
しかし、エルドラはそれらの忠告を突っぱねるようにして、
「取引がございます、ベアトリクシーヌ姫」
「あらあら、公女相手に取引とは、不遜ですこと。でも、よろしいですわ。仰いなさいな」
「大公殿下や諸侯のお歴々の御前で、私とレイが決闘をするご許可を。それでレイが見事な武者働きを見せれば、“魔弾将軍”を討つまでもなく、姫の騎士だと認める方も出てくるでしょう。私は喜んで友の引き立て役となりましょう」
「もし、あなたが勝った時は?」
「その場で私を、姫の騎士にしてくださいませ」
挑発的な態度を崩さないベリーへ、エルドラは挑戦的な眼差しを向けた。
「いいでしょう! その取引、受けて立ちますわ!」
「僕はいいって言ってないよベリー!?」
「ハハハ、けっこう! この場の一同が証人です。約束、忘れたとは言わせませんからな?」
「だから僕を無視して勝手に決めないでよエルドラ!?」
僕は二人に向かって全力で抗議したけれど、二人は僕を完全に無視して、決定してしまった。
「そんなバカな……」
どうして僕がエルドラと決闘なんかしなくちゃいけないのかと、愕然とさせられた。
◇◆◇◆◇
エルドラが取り巻きたちを引きつれ、高笑いしながら去っていく。
僕の方を一顧だにしない。勝利を確信した態度だ。
実際、元々が騎士見習いだったエルドラは、僕たち光の戦士の中でも図抜けて強かった。
「恨むよ、ベリー……」
僕はそう言わずにいられなかった。
「どうしてあんな約束しちゃったのさ? 口車に乗せられちゃったのさ?」
「あらあら、レイもまだわたくしのことがわかってはいませんわね」
ジト目になった僕に、ベリーは心外とばかりに胸に手を当てた。
「わたくしが口車に乗ったのではありませんわよ? エルドラを乗せたのです」
「……えっ?」
「エルドラが得意げに取引を持ち出した時、まさに我が意を得たりと、内心でほくそ笑んでいましたわ。顔に出さないよう苦労しましたわ」
「……君って割と腹黒だよね」
「宮廷で生きるということは、そういうことですわよ?」
ベリーは艶然と微笑んだ。
とても同い年くらいとは思えない、大人びた笑顔だった。
僕は対照的に憮然となりながら、
「僕なんかを騎士にするって本気? 第一、何も聞いてないんだけど?」
「だって、いきなり言いましたもの」
ベリーは悪びれもせずに言いきった。
「……どういう風の吹き回し?」
「レイこそが、わたくしの騎士に相応しいと思ったからですわ。ようやく巡り合えた」
「……どの辺が?」
「実はわたくし、光の戦士という輩が嫌いでしたの」
また恐ろしいことを平然と言い出すベリー。
「神霊プロなんとかに選ばれたのだかなんだか知りませんが、さして努力もせずにいきなり強い力を得て、英雄気取りで城を出立していくレイたちの背中に、わたくしはこっそり舌を出してましたのよ? 『どうか失敗して、ひどい目に遭いますように』って!」
「ホントにひどっ!」
「ええ、ひどい話ですわ。謝罪いたします、レイ。どうか、お許しくださいな」
ベリーはいきなりしおらしくなると、深々と頭を下げた。
お姫様が! 平民の僕相手に!
ベリーは顔を上げると、申し訳なさそうな顔つきのまま、話を続けた。
「わたくしが己の不明に気づいたのは、つい最近のことですわ。レイが城に出戻ってきたと聞いて、どの面下げてと笑って差し上げようと思って、覗きにきたんですの。でも、わたくしが見たのは、この裏庭で独り鍛錬に励むあなたの姿。周りに辛く当たられても決してめげない、ひたむきで精悍な横顔」
ベリーはそう言って、僕の頬に手を伸ばし、その形を確かめるように撫でた。
「わたくし、一目惚れをするほど安い女ではありませんけど、二目惚れをしてしまう程度には乙女だったみたいですわ」
「えええええええええっ!?」
「まあ、驚くなんてひどい! それを教えてくれたのは、他ならぬあなたですのに」
ベリーは拗ねるように、僕の頬を軽くつねった。
「そういうわけですの。ご理解いただけたかしら?」
「…………」
僕はにわかに返事できなかった。
ここで「はい」と言っちゃうと、彼女の好意を認めてしまうことになるから。
僕たちの関係が抜き差しならなくなっちゃうから。
「ふふ、まあそこは今はいいですわ」
「ホッ」
「でも決闘には勝ってもらわなくてはなりませんことよ!」
「うわあそうだったあ!」
僕は思わず頭を抱える。
でも、ベリーは全く容赦してくれず、腰の両脇に手を当て、のたまった。
「あの不遜な男がぬけぬけと言った台詞は、憶えてますわよね? レイのことを『友』と呼び、『喜んで引き立て役になる』とまでぬかしやがりましたのよ! ああ、悔しい! バカにするにもほどがありますわ!」
その場で地団駄を踏みかねるほど、いきり立つお姫様。
「だったら、エルドラには道化になってもらいますわ! いい、レイ? このわたくしが公女として、その騎士たるあなたに最初の命令をいたします。絶対に、圧倒的に勝って、あの男に吠え面かかせてやりなさい!」
最後には無茶な要求とともに、ビシッと僕に指を突きつけてくる。
断る……わけにはいかないだろう。
それくらい、僕だってわかる。考えるまでもない。
ああ、なんでこんなことになっちゃったんだ。
僕は叫ばずにいられなかった。
「僕に命令しないで!」




