第十五話 スキル会得
前回のあらすじ:
レイはマグナスの提案で、強力なスキル群を会得することに。
〈タウンゲート〉を抜けるとそこは、一面の海景色だった。
カジウ海域特有の、目が覚めるような青い水面に、気持ちがいいほど白い砂浜。
たちまちレイが瞳を輝かせる。
「すごい! すごいです、マグナス! 本当に違う場所とつながっているんですね! しかも、これ海ですか!? これが海ですか!? 僕、初めて見ました!」
〈光の戦士〉に選ばれ、過酷な戦いの中で日々成長し、大人びていくレイだが、本来はまだ十四歳の少年だということを思い出させてくれる。それほどのはしゃぎっぷりだった。
「少し、浜辺で遊んでいくか?」
「えっ!? い、いや、でも、時間がもったいないですし……」
『どうせ待ち合わせ時間まで、今少しございますから。たまには息抜きをいたしましょう』
「そ、そうですか……? いいのかな……。じゃあ! ぜひ!」
『決まりですね。ワタシが泳ぎを教えて差し上げます』
「いや、さすがにその時間はないと思うぞ」
俺たちはそんな風に、波打ち際で水と戯れつつ、しばし時間を潰した。
待ち合わせ相手とは、ネルフの港町で昼食をとる予定だった。
俺が今まで出会った中で、最高最強の前衛職だ。
実にレベル26の〈剣士〉だ。
「遅れてすまない、マグナス殿。急に捕り物が発生してな」
「そんな謝罪は要らんさ、ロレンス殿。相変わらずの“法の番犬”ぶりに、むしろ安心した」
約束の店に遅れてやってきた、カジウ海洋警察の隊長と、俺は席を立ち、堅い握手を交わした。
「マルム商会から使いが行っていることかと思うが――」
「ああ。オレの持つ全ての〈剣士スキル〉を、習得したい少年がいるそうだな」
「こちらがそうだ。レイという」
「は、初めまして、ロレンスさん! カジウにとんでもない剣士がいらっしゃると、マグナスに聞いて、教えを乞いに参りましたっ」
「マグナス殿の前では、どんな褒め言葉も霞むというものだがな」
「い、いえっ、マグナスもロレンスさんもどちらもすごいと思います! だってお二人で“魔海将軍”を討ち取ったのでしょう?」
『む。申し上げておきますが、ショコラも大活躍だったのですからね!』
「すみません! でも今のは話の流れで、別にショコラを蔑ろにしたわけでは……」
「はははっ、じゃれるのもいいが、自己紹介もすんだところで、食事としようか」
俺はロレンスに席を勧め、
「ここは俺の奢りだ、遠慮なく食べてくれ」
「いや、そうはいかんな、マグナス殿」
「なぜだ?」
「オレは海洋警察だ。民間人から饗応を受けるのは、賄賂に当たる。ご法度だ」
「どこまでも“法の番犬”だな、貴殿は!」
ささやかな食事くらいかまわんだろうにと、俺は苦笑を禁じ得なかった。
「今回は俺たちが世話になるのだ、それくらいは礼儀の範疇だろう?」
「それこそ不要な気遣いだな、マグナス殿」
「む……?」
「貴殿はこのカジウを救ってくれた。さらに世界を救う旅を続けている。その貴殿の要請ならば、カジウの人間は断るはずがない」
ロレンスは断固としてそう言うと、レイに向き直って、
「そういうことだ。君はなんの遠慮も必要ない。オレが教えられることは全て教えよう」
頼もしいことを言ってくれた。
剣士という前衛職は、例えば〈戦士〉等に比べて、刀剣類しか装備できなかったり、対人戦に傾倒している代わりに、多彩なスキルを習得できる。
特にロレンスは世界屈指の剣士だから、〈ファングスラッシュ〉、〈スラストラッシュ〉、〈フェイント〉、〈パワースラッシュ〉、〈ファルコンブレード〉、〈ファストムーヴ〉、〈ボーパルスラッシュ〉、〈ファントムブレード〉……等々、使用可能なスキルを数え上げると、きりがないほどだ。
それら全てをレイには、見様見真似で習得してもらう。
そして、さらにその先も。
本来、習得レベルに達していないスキルを、会得できてしまう者を森羅万象は、〈天才〉と定義している。
ロレンスはまさにその天才だ。
習得レベル27のはずの〈フラッシュブレード〉を、レベル23の時には既に習得していた。
さらに、ロレンスは俺たちとともに“魔海将軍”を討つことで、膨大な〈経験値〉を得て、レベルが一気に26までアップした。
それで本来は習得レベル31のはずの、〈ブルーライトニング〉まで会得していた。
そして、レイは光の戦士固有スキルである〈万能学習・前衛〉によって、その天才の御業すら、見様見真似で習得できるのである。
ロレンスはまさにレイにとって、最高の教師であろう。
◇◆◇◆◇
カギを使い、裏口の扉を開けるとそこは、女帝の寝室であった。
部屋の中央にドデンと鎮座する、御簾のかかった天蓋付ベッドは、十数人くらいいっぺんに寝ることができそうだ。
「失礼する」
俺は一言かけ、お邪魔しようとするが、レイがおたおたしながら袖をつかんできて、
「本当に侵入していいんですか!? 女帝の寝室ですよ!? 女性の寝室ですよ!? はぁ……なんかイイ匂いするしっ」
『これは女性由来の香りではなく、単にお香を焚いているだけですよ、レイ様』
だから遠慮しない、と謎理論を展開しながら、ショコラがレイの背中を押す。
中にはこの部屋の主が、一人で待ち構えていた。
「久しいな、マグナス殿。壮健そうで何よりだ」
アラバーナ女帝ファラ陛下が、ベッドの上、しどけない姿勢で寝そべっていた。
「あなたこそお元気そうだ。それにお顔の色もよい。統治が上手くいっておられるご様子だな」
「ふふふ、ラムゼイとクリムが有能でな。何かと楽をさせてもらっているよ」
俺と彼女は一頻り、近況報告話に花を咲かせる。
その後、初対面のショコラとレイが挨拶をする。
『ご尊顔に拝し賜り、恐悦至極に存じ奉ります』
「たっ、たてまちゅりますっっ」
ショコラがスカートの裾をつまみ、恭しくも堂々と、レイはきょどきょどしながら名乗る。
「ふふっ。相変わらず貴殿のパーティーは、にぎやかなことだな?」
「ええ。おかげで孤独感に苛まれることもない」
俺は心の底からそう答え、
「マルム商会から、使いが参内したことと思うが――」
「ああ、マグナス殿直筆の手紙を受けとった。熱烈な恋文、うれしかったぞ?」
「ええええっ、マグナス!?」
「ついに私の夫となり、ともにアラバーナを統べる覚悟をしてくれたかと思うと、私も胸が熱くなる思いだ」
『マグナス様!? まさか世界を救う使命を忘れて、この女と権力を!?』
「落ち着け、二人とも……。陛下にからかわれているだけだ」
あとなショコラ、「この女」とか危ないこと口走るのやめような?
「ふふふ、軽い冗談だ。女帝ともなると、発言に責任が伴いすぎるのと、周りが遠慮をしすぎるのとで、他愛無いおふざけも言い辛くなる。まったく堅苦しいことよ」
だから軽口を叩き合える会話に飢えているのだと、ファラ陛下は言う。
俺がいくら寝室のカギを預かっていたからとはいえ、こうやってお忍びで会いに来た理由も、似たようなものだ。
別に裏口を使わずとも、“魔王を討つ者”たる俺が、正当な理由で会いに来たといえば、最低限の手続きだけを経て、最優先で謁見を賜ることはできただろう。
しかし、その「最低限の」手続きがもう、形式に形式を重ねる、面倒極まりないものなのだ。
俺もファラ陛下も時間がない身だし、こうやってお忍びで、気楽に会えるならそうするに越したことはない。
陛下と同性のショコラもいてくれるおかげで、遠慮もなくなったしな(もし俺一人であれば、さすがに女性の寝室に裏から入るのは躊躇われる)。
「して、マグナス殿。ラムゼイたちに、その少年を鍛えて欲しいという要望であったな?」
「ええ。彼らのスキルを吸収させてやりたいのです」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「生憎とラムゼイたちは遠方の調査にやっていて、いま帝都にはおらぬ。だが、三日以内には帰ってくる予定だ。その後は存分に教えを乞うとよい」
「ご許可、いたみいる」
「いっ、いたみいりゅましゅっっ」
俺は丁重に礼を述べ、レイが舌を噛みながら続く。
伝説の冒険者だったラムゼイは今、凄腕の密偵としてファラ陛下に仕えている。
さらには、かつて“憂国義勇団の六連星”を名乗っていた四人(ナディアとサリーマを除く)が、ラムゼイの下で働いているのだ。
彼ら四人は国益に尽くすことを条件に、罪を減じられて、助命賜ったということだな。
ファラ陛下からしても「毒を制すには毒」というわけで、無益に処刑するよりは、上手く使った方が万倍よい。
俺の目当ては、その“六連星”たちのうち四人が持つ、戦闘スキルだった。
例えば、バジンという男が持つ〈熱風剣〉。
これはメイン職が〈盗賊〉で、且つサブ職として剣士も鍛えた者が習得できる〈疾風剣〉というスキルを、さらに重点的に磨き上げる(具体的には、1レベル分のステータス上昇をほぼ放棄する)ことで完成した、レア且つ強力なスキルだ。
かつて皇太子ヘイダルは、“魔嵐将軍”ジャムイタンから得た森羅万象知識と、己の持つ〈人物鑑定〉スキルを駆使し、彼ら六連星たちを効率的に鍛えていた。
だからこそ、バジンらは強力なスキルを開眼しているのである。
そして、レイの〈万能学習・前衛〉は、それらの特殊な過程によって編み出されたスキルでさえ、見様見真似で習得できる。
あたかも丹精込めて作られた農作物を、美味しくいただく消費者のように。
〈勇者〉同様、光の戦士がどれだけ反則的な職業かという話である。
◇◆◇◆◇
綿が水を吸うように、レイは強力なスキルを次々と習得していった。
素直で真面目な彼の気質が、短期間での学習を助長した。
俺が思うに、光の戦士たちが四人それぞれ別の力を持っているのは、各自の気質に根ざすところが大きいのではなかろうか?
〈万能学習〉スキルを持っているのは、四人の中でレイだけだ。
そして、数々の強力なスキルを会得していった総仕上げに、俺たちはルクスン大公国の首都ルクスニールを訪れた。
「言うまでもないが、レイ。俺たちは決して振出しに戻ったわけではないぞ?」
「はい!」
俺たちは意気揚々と登城する。
事前にラクスタ王から賜ってきた書状を提示すると、最優先の配慮と最低限の手続きで、大公デベロンとの謁見が叶った。
「おお、よく来てくれた、“魔王を討つ者”マグナス殿よ! 宗主国たるラクスタ同様に、我が大公国も貴殿に最大の配慮と支援を約束いたす! 何より、我が国の光の戦士と貴殿が並び立つその姿を見て、余は興奮を禁じ得ない! どうか力を合わせて“魔弾将軍”を討ち、この国に平和をもたらしていただきたい!」
大公殿下は上機嫌でそう宣言した。
レイ以外の、光の戦士の顔ぶれがなくなっていることには、触れなかった。
いちいち事情は詮索しないという、おおらかな態度なのか。
既に“八魔将”のうち三将を討った男が、ルクスンにやってきたという事実に満足しきっているのか。
俺の目には、ラクスタ国王と違って、やや軽率な物腰の御仁に見えた。
まあしかし、頭が固い人間よりはやりやすい。
俺は丁重に頭を垂れ、願い出た。
「賢明なる大公殿下に申し上げる。ルクスンの騎士の方々の武勇誉れ高きは、遠く北の大陸にまで音に届く次第。ついてはこのレイに、方々の薫陶をご教授願いたく」
「ほうほう、なんとそれほどとは!」
「ぼ、僕からもお願いします、大公殿下! 僕に騎士の皆さんのスキルを学ばせてください!」
「あい、わかった! よくよく見聞を広め、“魔弾将軍”を討つ一助としてくれい!」
大公殿下は上機嫌のまま、レイがしばらく騎士団に交ざり、学ぶことを許可した。
騎士が習得するスキルは〈ボディガード〉等を始め、仲間を守り、庇うものが多い。
それをレイが会得してくれれば、俺たちのパーティーの戦力は跳ね上がる。
いずれ“魔弾将軍”を討つ時の最終形として、やはり俺が後衛として魔法に専念し、レイが前衛として俺を守りながら戦うのが、やはり鉄板で強いからだ。
ちなみにルクスン騎士が、他国の騎士より特別強いということはない。さっきのは方便だ。
レイはルクスン人なのだから、どうせなら異国より自国の騎士から学び、知己を得た方がいいと考慮しただけ。
「レイ。しばらく王宮暮らしをして、しっかり学び取ってくれ」
「あはは……慣れない暮らしは、緊張しますね……」
俺たちは大公の御前を辞した後、そんな風に話し合った。
「というか、マグナスも一緒に王宮暮らしをしてくれるのでは……?」
「意味がないからな。俺はその間、やるべきことがある」
「はあ……」
「レイががんばっているのに、俺だけ何もしていないというのは、情けないからな。今の君に相応しい、魔法の武具をゲットしてくるさ」
「本当ですか!? 期待してていいですか!?」
「無論だとも」
俺は力強い声で請け負い、一旦、レイと別行動をとった。
ショコラとともに、ルクスンを離れることにした。




