第十四話 信頼の証
前回のあらすじ:
サブクラス習得に希望を見い出すレイに、マグナスはその効率の悪さを諭し、もっと別に道を提示しようとする。
俺は最後に〈攻略本〉を、テーブルの上に置いた。
「これ……マグナスが暇を見つけては、熱心に読んでいる本ですよね?」
「ああ。ただし、人目は避けるようにしている」
「そういえば、エリスの前では絶対に出しませんでしたよね? 僕の前ではいつも平気で読んでたから、そんな風に考えていたなんて、気づきませんでした」
「本を見られるくらいは、レイなら安心できると思っていたからな」
「人畜無害だと思われてるってことですね……」
「人として美点だと思うがな」
がっくりと肩を落としたレイを、俺は慰めた。
「それで、この本は……?」
「この〈攻略本〉にはな、魔王を斃すためのありとあらゆる情報が載っている」
「あらゆる……というと実際、どれくらいなんでしょうか……?」
「今まで斃してきたボスモンスターについて、俺は常に詳細な情報を事前に持っていたな?」
「ええ。マグナスのご友人の、ナルサイさんから教わったんですよね?」
「すまない、それも嘘なんだ。いくら学者といえど、あれほど詳細で確実なモンスター知識を有するなんて、あり得ない」
「ええっ!? じゃ、じゃあ、まさか!?」
「そのまさかだ。あれらの情報は全て、この〈攻略本〉から得た知識だ」
「えええっ!? ぼ、僕たちはあの事前情報を元に、対策や作戦を練ってから、戦ってきたんですよ!? それがなかったら、勝てたかどうかも怪しいですよね!?」
「そうだな。もっと〈レベル〉を上げるか、人数がいなければ、勝てなかっただろうな」
「…………っ」
「この〈攻略本〉の凄まじさを、わかってもらえただろうか?」
俺が確認すると、レイは声を失ったまま、何度も首を縦に振った。
「魔王を討つ俺の旅において、〈攻略本〉はまさに生命線だ。絶対になくすわけにも、奪われるわけにもいかない。だから、おいそれと存在を明かすこともできないんだ」
〈攻略本〉は俺にしか読めない、聖刻文字で書かれている。
他の人間にとっては無用の長物というわけだ。その価値を理解できないというわけだ。
それでも、用心に越したことはない。
「じゃあ、なんで僕には教えてくれたんですか?」
「俺のことを信じて欲しいと言ったな? では、俺も君のことを信じるべきだと思ったのだ」
レイの当然の質問に、俺は彼の目を正面から見て、力強く答えた。
「なっ……!」
レイは見えない何かに打たれたように、全身を震わせた。
そのまま固まってしまったレイに、俺はゆっくりと語り聞かせる。
「俺が森羅万象に通じているのも、〈攻略本〉のおかげだ。先ほどのメイン職業とサブ職業の話も、君本人より〈光の戦士〉について詳しいのも、全てこの本に載っていた情報だからだ」
「なる……ほど……」
「そして、俺は〈攻略本〉情報を元に、君を短期間で、飛躍的に成長させる方法を考えた。今からサブ職業を習得するよりも、遥かに近道をな」
「…………」
レイはすぐには、返答をしなかった。
代わりに訊ねる。
「この本、僕も読んでもいいですか」
「ああ。でも、がっかりしないでくれよ?」
レイは実際に手に取り、本を開いてみて、俺の言葉の意味がわかったようだ。
「あはっ。なんですか、これ。さっぱり読めないや」
「聖刻文字だ。神や神霊たちが使う言語。俺は学院時代に、魔法の神霊ルナシティのことがもっと知りたくて、独自に解読した。……でたらめだと思うか?」
「いいえ」
ぱらぱらとページをめくり、『世界地図』の項目を眺めていたレイが、かぶりを振った。
聖刻文字と違って、地図なら誰でも理解できる(併記されている注釈を除いて)。
「この地図、僕の生まれた村ですよね?」
「ああ。キハサ村だな」
「すごいなあ。面白いなあ。こんなのまで載ってるんだ。あは、僕んちもちゃんとある」
レイは一頻り眺めた後、再びページをめくっていく。
「ねえ、マグナス。ノーブルヴァンパイアを斃した時のこと、憶えてますか?」
「無論、克明に」
「僕、メチャクチャ混乱してましたよね。ひどいものでしたよね」
「初見ならばあんなものだと、言ったはずだが?」
「ええ。マグナスは慌てるなって言ってくれました。だんだんボスモンスター戦に、慣れていけばいいって」
「事実、君は慣れてきた。このところの堂々たる戦いぶりは、仲間として頼もしい限りだ」
「マンティコア戦は、我ながら会心だったと思ってます。事前に、一緒に立てた作戦も含めて」
「そうだな。あれはうまくハマったし、終始冷静に対処できた」
「自分でちゃんと考えて、仲間としっかり相談して、それで上手くいったら、最高の気分ですよね。……エルドラたちとは味わえなかった」
「……そうだな。俺もユージンたちとは味わえなかった」
レイがほろ苦い顔をしていた。
もしかしたら俺も、鏡写しのようになっているかもしれない。
歳も違えば、生まれた国も違う俺とレイが、こんなに短期間で心を通じ合わせることができたのは、同じ傷を胸の中に抱えた者同士だからこそなのかもしれない。
〈攻略本〉をめくる、レイの手が止まった。
『世界地図』の項目が終わり、文字だらけのページとなり、めくってもめくっても続いていく、膨大な量の聖刻文字が列記された、ページ群に打ちのめされたように。
「情報はマグナスにもらうとしても、自分でちゃんと考えたかったです。……でも、これだけの分量をマグナスに訳してもらうなんて、現実的じゃないですよね」
「ああ、俺はそう判断した」
「わかりました」
レイは〈攻略本〉を閉じると、丁寧な手つきで俺の方へと向け直した。
「マグナスを――仲間を信じます。僕に強くなる方法を教えてください」
その言葉を、俺は待っていた。
「聞いてくれ、レイ。俺は今まで幾人も、優れた〈近接戦スキル〉の使い手を見てきた。だからレイも彼らに会いに行き、その技術を見て学びとるんだ」
それが今からサブ職業を習得するよりも、遥かに効率的な強化法。
光の戦士の、それもレイのタイプでしかできない手段。
「それらを習得すれば、作戦の幅が広がる。また二人で知恵を絞り、クラウヒル周辺のボスモンスターどもを退治しよう」
「はい、マグナス!」




