第十三話 〈サブクラス〉
前回のあらすじ:
保護した女性の正体はエリス・バーラックだった。
マグナスは彼女の誘惑を跳ね除ける一方、魔法を使うところなどをレイに目撃される。
「これから俺が話すことは、レイには黙っていたことだ。決して悪意はないが、だますつもりはあった。だから怒られても仕方ない。ただ、最後まで聞いてくれるだろうか?」
俺はそう前置きした。
レイは神妙な顔で、「わかりました」とうなずいてくれた。
エリスが逃亡していった後、同じ宿の部屋に俺たちはいる。
俺の〈サンダーⅣ〉の轟音のせいで、宿泊客や近所の住人を驚かせてしまった。ちょっとした騒動になってしまった。
しかし、わずかの間の出来事だったので、すぐに皆が再び寝床に帰っていったようだ。
夜の静寂が訪れ、俺とレイはこうして部屋付のテーブルに向かい合っている。
『厨房を借りて、お茶を淹れて参りますね』
と、騒ぎを聞きつけたショコラが、部屋を出ていった(なお、エリスのことは説明済みだ)。
俺はレイと二人きりになって、話を始めた。
「レイ。驚かないで聞いて欲しい」
「は、はい、わかりました」
「俺はマグナス。本当はレベル39の〈魔法使い〉だ」
「はあっ!?」
「この一年ほど、魔王を倒すための旅をずっと続けている」
「魔王!? 魔王ってあの魔王!?」
「既に“八魔将”のうち三将を討ちとり、新たに“魔弾将軍”を討つため、この大公国へ来た」
「えっ、えええええええええっっ!?」
「その時の武功でラクスタ、アラバーナ、カジウで“魔王を討つ者”の称号を得た。これがその〈公認証明書〉だ。提示すれば、件の三国内では最大支援を受けられるようになっている」
「うわっ、ラクスタ王家の印章!? こ、こっちはアラバーナ皇帝印!? こ、これ、全部本物なの!?」
「偽物を持ち歩いて、然るべき機関で身体検査でもされ、見つかろうものなら、縛り首だな」
俺は半ば冗談めかして笑った。
「ふあぁぁ……すごいすごいとは思ってたけどさあ……。マグナスって本当にすごい人だったんだねえ……」
レイは魂消たような様子になって、しばし〈公認証明書〉を眺めていた。
「怒らないのか?」
「だって、良かれと思ってのことなんでしょう?」
「それを信じてくれるのか? 今まで君をだまし、裏切ってきた連中と、一緒だとは思わないのか?」
「思わないですよ。ちゃんと考えたら、それくらいわかります。だって僕はマグナスに会ってから、与えてもらってばかりだもん。学ぶことばっかりだったもん」
レイはどこか誇らしげに言った。
自分で考えた上で、判断できるようになったことに、己が成長を確認したように。
「それに僕だってですね、良かれと思った嘘をついたりとか、お芝居くらいしますよ。ここ三日、マグナスとシェリ――エリスを仲良くさせようとがんばったりとか……。あれはなんかもーそのー……ごめんなさいっ。シェリスさんの正体が、まさか魔物だなんて思わなくって……。本人にもお人好しすぎるって呆れられました」
レイが勢いよく頭を下げる。
「いや、そんなのは構わない。レイが善意でやっていたのは、俺もわかっていた。俺の方こそ、事情を打ち明けず、そっけない態度を続けてすまなかった」
俺も丁重に頭を下げる。
「じゃあ、お互い様ってことで」
「だな」
俺たちは同時に顔を上げて、微笑み合う。
それからレイが、
「どうして内緒にしていたのかは、教えてくれますよね?」
「もちろんだ。順を追って説明しよう」
俺はそう言って、次いで二つの〈天界の宝石〉をテーブルに並べた。
テンゼン・デルベンブロからドロップした〈赤青〉と、ヘイダル・ジャムイタンからドロップした〈雷閃〉だ。
「この〈天界の宝石〉は、それぞれ対応する“八魔将”の力を一部弱めるという効果がある。正直に言って、今の俺でも“八魔将”たちを相手にするのは、荷が重い。博打になってしまう。ゆえに勝率を少しでも上げるため、この宝石を集めるに越したことはないということだ」
「なるほど……触ってもいいですか?」
「ああ。〈破壊不可アイテム〉だから、乱暴に扱ってもいいぞ」
俺は冗談めかすが、レイは壊れ物のようにおっかなびっくり手に取った。性格だな。
「俺はカジウで、〈天界の宝石:細波〉を得るつもりだった。それを持っているのがあのエリスで、襲ってきたところを返り討ちにする、あるいはこちらから攻め込むつもりだった。ところがあのエリスという女、何を考えているのかわからん」
〈攻略本〉の『モンスター一覧』の項にも、エリス・バーラックについて『性格は奔放で享楽的。現在はマグナスに多大な興味を抱き、観察対象とするため動く』としか書かれていない。
最初読んだ時、「なんだそれは?」と思わず唸ってしまった。
わけがわからん。目的が読めなすぎる。
「おかげで俺の予定計画は、大幅に狂ってしまった。〈天界の宝石〉なしでも討つことのできる“八魔将”を、新たに見繕う必要ができた」
「それが“魔弾将軍”ですか?」
「ああ。俺はルクスン大公国に君たち〈光の戦士〉アリと知り、協力することで討伐確率を跳ね上げることができると考えた。だから、君たちを追いかけていた」
「でも、レベル39のマグナスからしたら、僕たちなんて戦力のうちにならないんじゃ……」
「武勇の神霊プロミネンスに選ばれし光の戦士は、運命の神霊タイゴンに選ばれし〈勇者〉同様の、超優遇職だ。君たちが順当に〈レベルアップ〉を重ねれば、頼もしい味方になってくれると期待していた」
それで俺は〈魔海将軍の金貨〉を使って、レイとレベルをそろえたこと。
俺自身、〈武道家〉のレベルを上げたかったので効率がよかったこと。
それらの事情も説明する。
「包み隠さず、先に打ち明けておく方がフェアだったが……」
「ああ、いいです。僕、そんなに気持ちが強くないんで」
レイは自嘲の笑みを浮かべて言った。
「もしマグナスが本当はレベル39だって知っていたら、絶対今ほどは真剣にボスモンスター退治を取り組んでなかったと思います。マグナスの判断が正解だと思います」
それからレイは表情を変えた。
そんなことより、もっと大事なことがあるとばかりに。
すっかり一人前の顔つきになって、訊ねてきた。
「マグナスは魔法使いなのに、その上でさらに武道家としてのレベルを上げてるんですよね?」
「ああ、その通りだ。森羅万象的に言えば、魔法使いがメイン職で武道家がサブ職ということになる」
「そんなことが可能なんですね!」
「二つの職業を持つ人間は、ありふれてはいないが、そこまで稀少というわけではない。レイは村出身だったな? 夏場は〈狩人〉で生計を立て、冬場は〈鍛冶師〉になる――といった人物はいなかったか?」
「言われてみれば確かに、近所のおじさんがそうでした!」
「人間は皆、大人になるにつれ、何か一つの職業を選んで働きだす。自覚あるかなしかはさておきな」
中には〈遊び人〉なんていう、職業と呼んでいいのかわからない〈クラス〉に就く者もいて、そういう輩はだいたい無自覚的だ。
「そして、その職業に精通していけば、レベルは0から1へ、さらに2、3と上がっていく」
「しかもその気になれば、もう一つの職業に精通して、レベルアップしていくことは可能ってことですか?」
「ああ、もう一つでも二つでも。ただし、レベル上げに必要な熟練や労力は、メインもサブも変わらないがな。だから普通は、三つも四つも職業を極めようと思ったところで、器用貧乏になるのがオチだろう」
「そりゃ……道理ですよね」
「もう一つ、なりたくてもなれない職業というのは、当然ある。叙勲されなくてはなれない〈騎士〉や、神霊に選ばれる必要のある光の戦士もそう。〈秘術鍛冶師〉にはドワーフでなくてはなれないし、〈精霊使い〉にはエルフでなくてはなれない。等々だな」
「う、うーん……」
レイの相槌の、歯切れがどんどん悪くなっていく。
「サブ職業の習得に、興味があるか?」
「あはは……マグナスに隠し事はできませんね」
レイは頭をかいた。
「……でも、マグナスは反対みたいですね?」
「あくまで個人的な意見としては、だな。君のことを決めるのは、君自身だということを強調しておく」
レイにはナイーブな事情があるし、意見を押しつける気はない。
「あの……その……マグナスのご意見も聞かせてもらえますか?」
「もちろんだ」
レイもまた、ただ頑なになるのではなく、俺に心を開き、その上でトラウマを払拭できる道を模索している。
そんな彼の質問に、俺は答える。
「レイは光の戦士という強力な職業を得た、稀有な人間だ。これ一本に絞って、真っ直ぐ伸ばすのが効率いいと、俺などはつい考えてしまうんだ」
「なるほど……。他には何か?」
「そもそも職業のレベルを上げていくメリットとは、端的に言って三つだろう?」
「〈ステータス〉の上昇と、新スキルの獲得、魔法職なら新魔法の習得ですよね?」
「そうだ。そして、まずこの〈ステータス〉上昇という点のみに着眼すると、複数の職業に習熟するのは、実に効率が悪い」
理屈のモデルなので、現実よりも大雑把な数字を用いて説明する。
魔法使いがレベル10になるのに必要な〈経験値〉が1000。
10になった時のステータスが、力:1 魔力:5 精神力:3。
一方、武道家がレベル10になるのに必要な経験値も1000。
10になった時のステータスが、力:5 魔力:1 精神力:3。
なら経験値を2000稼いで、メインの魔法使いとサブの武道家、それぞれのレベルが10になった時に、ステータスはどうなるのか?
合算して、力:6 魔力:6 精神力:6となるのか?
実はならない。
より得意な方が最終ステータスとなり、力:5 魔力:5 精神力:3となるのが答えだ。
倍の苦労をしたわりには、報われるところが乏しいのを、おわかりいただけるだろうか?
「まして光の戦士は、ステータスが総じて高い超優遇職だ。下手な職業をサブに上げていったとして、そして今のレベルに追いついたとして、レイのステータスは一つも上昇しない可能性すら出てくる」
「な、なるほど……」
「一方、レイは魔法が使えないタイプの光の戦士だから、魔法職をサブに伸ばしていくのは有効だろう。ただ、これは時間が年単位でかかるぞ?」
魔法使いになりたいなら、俺が手ほどきできる。
が、まずは魔法文字(というか一つの言語)を習得してもらわなくては、レベル1にすらなれない。
〈僧侶〉になりたいなら、強い信仰心が芽生えるなり、クリムのように一種の悟りの境地に至らなければならない。
「それは“魔弾将軍”が待ってくれませんよね……」
「だな。最後はスキルの獲得だが――」
「……僕は他の前衛職のスキルを、見よう見真似で習得できるんですもんね」
そう。さすがは光の戦士、反則的な能力だ。
「……その話を聞くと確かに、僕がサブ職業を伸ばす意味って乏しいですね。……安易に強くなれるかもって思った僕が甘かったかあ」
レイはしょんぼりとなって反省した。
一方、俺は居住まいを正して切り出した。
「レイ。俺を信じてくれないか?」
「え……?」
「敢えて、俺の言う通りにやってみないか? そうすれば君は短期間で、飛躍的に強くなれる――」