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陰陽御曹司との再会

 上下左右という感覚がない。暑さも寒さも感じない。

 見えるものは何もなく。しかし、闇に閉ざされているわけでもない。

 匂いも音もなく――そもそも、自分という存在感が、極めて薄い。


 練は、自分で脈を測ってみた。


「……ないな。死んでいるのか? いや、そもそもこの身体。肉体と言える代物なのか?」


 声に出してはみたものの、音として認識できなかった。


 練から見て、左側。普段なら左の視界がある場所に、普段通りのグロリアスの姿がある。


(んー。今の俺たちは、いわゆる概念って奴じゃねえのか?)


「概念?」


(おう。俺は俺という意識の元に、俺という存在がある。で、おまえはおまえとして自分を認識できている故に、おまえが存在できている。この、魔力しかない空間にな)


「ああ。やっぱりこの周囲の空間、全て濃密な魔力なのか。贅沢な場所だ」


(様々に存在する高次元、異次元には濃密な魔力のみが存在する次元もある。マリーの書庫の本で読んだ通りだったな。仮説の一つは正しかったわけだ)


「ブラッグドッグの体内が魔力のみの次元に通じていたのは、どういう理屈なんだろうか。まったくの無意味なはずはないと思う」


(これはただの想像でしかないけどよ。この空間にはブラッグドッグがうようよいるんじゃねえか? 俺たちからは正確に認識できないだけで、何かほら、気配みたいなものを感じねえか?)


「気配、か」


 練は周囲の空間に気を配った。自分ではない何か、の存在をおぼろげにだか感じ取る。


「……何かがいる気はするか、正しく認識できないな」


(なるほどな。それは、おまえがソイツ(・・・)らを知らないからだろ。知識がないから、認識できない。ここはそういう空間だってことだ)


「ふむ。それなら、知っているものなら認識できるということだな?」


(そういうこったな。さて、練よ。どうやってここから元の世界に戻る? 何か方法は考えつくか?)


「方法か。正直、いいアイディアはない。上も下も前も後ろも不確かな空間だ。目印になるものでもなければ、移動さえままならないだろう」


(目印、か。それについてはあて(・・)がなくもないが)


「奇遇だな。俺もあてはあるんだが、自分じゃどうしようもない。他力本願だ」


(同じことをあてにしているようだな。ま、今は考えてもしょーがねえな。なあ、練よ。せっかくここ(・・)にいるんだ。やることあるよな、俺たちにはよ)


 グロリアスが、にやりと笑う。


「ああ。わかってる。もちろん先に、それを済ませよう。脱出はそれからだ」


(そういうこったな。で、練。どうやって奴を――三条院(さんじょういん)道長(みちなが)を、探す?)


 三条院道長。

 陰陽道の名家の跡取りで、この国立魔法技術学院高等部ではかなり優秀な部類に入る、エリート学生。

 そして練を毛嫌いし、それが禍してブラックドッグに呑み込まれて行方知れずとなった、練のクラスメイトだ。


「この空間が、俺とグロリアスの考えている通りなら。あっさりと彼は見つけられる。学院長の書庫で、本を探すのとそう変わらない。ブラックドッグに呑まれて時、彼は制服を着ていた。おそらく、学生証を持っている――名前の記された、学生証を」


 学生証。国立魔法技術学院の生徒ならば誰でも所持を義務づけられているカードだ。学生食堂での食券発行にも使うため、多くの生徒は普段から肌身離さず持っている。


(学生証の名前を、本のタイトル検索の要領で探すのか! なるほどな! やってみようぜ、さっそく!)


「ああ。魔力だらけの空間だから、使える魔法に制限はない。全力で、凝った魔法を構築してみる」


 練は周辺の魔力を使い、術式の展開を開始した。


「捜索対象、三条院道長。捜索範囲、全方向無限遠。捜索対象の強制転移、設定」


 オーケストラを指揮するように手を振る練。その動きに従って生じる魔法記述光跡が、複雑極まりない巨大な立体魔法陣を編み上げていく。

 立体魔法陣が、学院校舎の数倍に及ぶサイズにまで成長した。


 何もない空間にそびえる、立体魔法陣。異様なほどの存在感がある。


(おいおい、ここまで大規模にする必要はあるのか? っつーかおまえ、使える魔力さえあれば処理能力は無制限なのかよ、ったく。我が弟子ながら、でたらめな才能だ)


「使える魔力に限りがないから、つい。確かに、大規模過ぎたか? ま、いいか。術式は安定しているし、問題ない」


(名前はつけないのか? いちおう、オリジナルの新しい魔法だろ、これ)


「名前……ええと。『三条院道長を探索し強制転移させる救援魔法』とかでいいか、とりあえず」


(そのままだな、おい)


「いいだろ、そのままで。どうせ、二度と使うことのない魔法だ――

 起動開始」


 練は魔法陣に起動命令を下した。

 複雑な機械仕掛けのように、魔法記述光跡の術式構造が連動して動き、段階的に魔法を発動させていく。


 魔法陣から光の輪が波紋のように幾重にも広がる。

 練から見て水平方向のみではなく、あらゆる角度で、立体的に。


 光の輪は、レーダーの電波に相当する魔力の波。言わば魔力波。

 その魔力波で、道長の存在を探しているのである。

 発見したら、自動で転移魔法が発動するよう、練は魔法を組み立てた。


 待つ事、しばし。

 立体魔法陣の術式構造の動きが、急激に速くなった。


(お!)


「成功だ」


 直後。カッと立体魔法陣全てが閃光に転じ。


「な、何が起きたッ!? 一体、ここは――って! ノウ無しいッ!?」


 練の前に、見た目だけはいい少年が出現した。服装は、練と同じ魔法技術学院高等部の制服。それが少し薄汚れているのは、あの時(・・・)――ブラックドッグに呑まれた時のままだ。


「三条院。とにかく見つかってよかった」


 三条院道長が、眼を丸くした。口をぱくぱくとさせるが、声が出ない。かなり驚いているようだ。


「お、落ち着け、僕。いくら絶望的状況だとはいえ、こんな奴の幻を見るだなんて、どうかしている。どうせ見るのなら、千羽くんの幻を、それもできればオールヌード――」


「おい、三条院。人を幻扱いするんじゃない」


「――なんだと! 幻のくせに生意気なノウ無しだな!! この僕に指図をするんじゃないッ!!」


「俺は幻じゃないし、別に指図したつもりもないが」


「幻、じゃない……だと?」


「ああ。この次元に来たから、おまえを探し出したんだが。余計なことだったか?」


「あ、いや。余計なことでは――そうか。ここは魔力に満ちている。だから黒陽のようなノウ無しでも魔法が使えるのか……」


「三条院は、自分の魔法でここから脱出を試みなかったのか? これだけ魔力があれば、たいていのことはできるだろ?」


(たいていのことができるのは俺たちだけだっての。自分が出来ることを他人もできると思うなよ、ったく悪い癖だぜ)


「ぼ、僕だってたいていのことはできる! あれこれやってはみたけども! ただ、ここからの脱出に使える魔法を、たまたま修得していなかっただけだ!」


 試みたことは、試みたらしい。だが、無理だったようだ。


「そうか。で、三条院。ここに来てどれくらいの時間が経っている?」


「わからん。スマホがまったく反応しないから、時間の確かめようがない」


「体感時間は?」


 は、と道長が馬鹿にしたように笑った。


「それこそ愚問だな。おまえもここにいるのだから、わかっているだろ。僕たちは、生物としては存在していない。おそらく意識のみか、それに近い状態だ。空腹も乾きも覚えないのに、時間経過など考えてみても無意味なことだ」


「……それもそうか。ちなみに、三条院。元の世界だと、二週間以上経過している。ここが概念のみの世界でよかったな、現実動揺の時間経過があったら、すでに瀕死だっただろう」


「理解したならば、貴様に栄誉を与えてやる! 僕をここから助け出すという栄誉を!」


「栄誉?」


 きょとんとした練に、道長がまくし立てる。


「黒陽! ここに来たなら戻る方法もわかっているんだよな! 出口はどこだ! さっさと僕を連れて行け!!」


「それは無理だ」と練は即答した。


「何だとおッ! もったいぶるんじゃない、このノウ無しが!!」


 声を荒らげる道長に、練は、淡々と事実を伝える。


「俺もブラックドッグに呑まれて、ここに来た。よって、出口など知らない」


 おお、と道長が声を漏らし、片手で顔を覆う。


「なんと言うことだ……まだ、戻れないだと……」


 何もない空間で、道長が、肩をおとして膝をつく。

 この異次元に落ちてからの時間経過は正確には不明らしいが、道長の体感時間としては、それなりに長かったらしい。


「……この空間の時間は、どうやら元の世界よりもかなり遅いらしいな。のんびりしていたら、何もかもが手遅れになる」


(だな。運よく戻ったところで、ジオールドが何もかも滅ぼし尽くした後ってことも、充分ありえるぜ。どうする、練)


 道長が、がばっと顔を上げる。


「貴様、何を落ち着き払っている! 戻れないのだぞ、出られないのだぞ、この何もない世界から!! 強靱な精神の僕だからこそまだ耐えられてはいるが、貴様など、すぐに発狂する!! 絶望的じゃないか、もう!!」


 叫ぶ三条院。練は淡々と返す。


「そう絶望することはない。戻るあて(・・)なら、ある――む? ちょうど今、そのあて(・・)が、来たか?」


 魔力に敏感な練の感覚が、周辺の濃密な魔力とは異なる質の魔力を、感じ取った。


「あて? 来た?」


 不思議そうな顔をする道長に、練は断言する。


「とりあえず、この空間からは出るぞ。掴まれ、三条院。跳ぶ(・・)


 練は道長に手を差し出しつつ、魔法記述光跡を展開した。

 周辺の魔力は無限にある。転移の魔法を使うのに、何の問題もない。

 それが、次元を超えるものであったとしても、だ。

 感じ取った異質な魔力を目標に設定し、練は魔法陣を組み立てる。

 複雑極まりない術式が、練と道長の周囲に広がった。


「こ、これはっ? 転移の魔法みたいだが、こ、この僕でも理解不能な記述ばかりだっ? いったい、どこに跳ぶ気だ、黒陽!?」


「さあ。どこだろうな」


(おいおい)


 グロリアスの突っ込みを、練はスルーする。

 練自身、行き先はわかっていない。

 だが、これで正しい(・・・・・・・)と確信はしている。


「ちょっと待て! 行き先もわからずに転移を――」


「起動」


 うろたえる道長の手を強引に引っつかみ、練は転移の魔法を起動した。

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