開き直るカミルとソニアの見落とし
ルナリアたちがカップ麺で軽食をとっている頃。
中央ブリタリア王城は、緊迫感に満ちていた。
武装した衛兵たちに囲まれ、カミルが困惑した顔でソニアに訊ねる。
「ソニア姉さま。これはどういうことでしょうか」
「そのわざとらしい戸惑いの演技には色々言いたいこともあるけれど。余計な文句をつけている場合でもないから、きっぱり言うわよ。
カミル。あんたには、レン・クロヒ公爵暗殺の嫌疑がかかっているわ」
カミルの顔が、さあっと青ざめる。深刻そのものの表情になった。
「……まさか。黒陽練さんに、何かあったんですか?」
「そのしらじらしさに、突っ込みたいことは山のようにあるけれど。そんなことをしている場合でもないから、言ってあげる。失敗したわよ、あんたの策」
「……策? 何のことです?」
「レイチェルは無事なのよ。練くんが、身を挺して守ってくれたおかげでね?」
カミルの顔がますます青くなる。
「……レイチェルが、無事? まさかとは、思いますが、レイチェルにまで、何かあったんですか?」
「とぼけるのなら、言ってあげる。あんたが、練くんにってレイチェルに転移で渡した護符が、ブラックドッグを召喚したのよ。練くんは、現場に踏み込んだサウザンドブレード――アリス・アリスにレイチェルを託し、ブラックドッグに呑み込まれた。
その後、アリス・アリスが複数現れたブラックドッグを殲滅。練くんの行方は不明……
はい、事実伝達はおしまい」
「……」カミルは無言。表情は固い。
「あんたが何を考えているか、言ってあげる。レイチェルめ、二人きりの時に護符を渡せと言ったのに、アリスなんかが踏み込めるような状況で、行うなんて。しかも生き残とは、なんて使えない女――とか?」
カミルとソニアを囲む衛兵たちの表情が、露骨に強ばった。
衛兵たちの視線がカミルに集まる。
「…………――――そ」
そんなわけ、あるはずないじゃないですか。
誰もが、カミルはそう答えるだろうと考える中。
どうせとぼけるに違いないというソニアの予想は、外れる。
「その通りですよ、ソニア姉さま! はーっはっはっはっ!」
いきなり、カミルがハイテンションに転じた。ひとしきり高笑いすると嫌な笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような眼差しをソニアに向ける。
「ソニア姉さま、僕の部屋に盗聴の魔法でも仕掛けていたんですかあ? あっれー? でも変だなあ、僕の部屋のそうした諜報魔法対策は完璧のはずなんだよな、おっかしいなあ」
「カ、カミルさまが」「ご乱心なされたっ?」
「こんなカミルさま、見たことがないぞっ」
カミルの豹変っぷりに、ざわ、と衛兵たちに動揺が走る。
ソニアが軽く衛兵たちに視線を配り、それを制す。
「正体を現したわね、カミル……!」
「正体も何も、僕は何も隠していたつもりはありませんよ? 常に本音を口にしていなければならないなんて法律、ありませんしねえ? 人付き合いを円滑にするための処世術ですよ、普段の僕の振る舞いは。ええ、ただそれだけですよ?」
くっくっく、と喉を鳴らしてカミルは笑い、そして微笑を浮かべ直す。普段通りの『品行方正で優しい王子』の顔で、告げる。
「この際だから本音をぶちまけておきましょう。僕は、この世で誰よりも、何よりも、ソニア姉さま。貴女が、死ぬほど嫌いです」
「あら、奇遇ね。私もなかなかにあんたが嫌いよ、カミル。死ぬほどじゃあ、ないけれど。こっちもこの際だから、聞いてあげる。どうしてそこまで、あんたは私を嫌うのよ?」
カミルが、親の仇でも見るような眼をした。
「……貴女が。でたらめに、優秀だからですよ。魔力の量こそ王族としては平凡ですが、魔法の才ならば初代グロリアスに匹敵し、その上、魔法を道具や機械に応用する知恵と技術は、王国史上、もっとも優れている。のみならず。その気にさえなれば、政治だって誰よりも巧みに行えるはず」
こんなことなど言いたくない。それがありありとわかるような、カミルの口調。
は、とソニアが短く笑う。
「私もずいぶん、高く評価されたものね。そんなんじゃないわよ。私はただの、魔法道具オタクなだけ」
「ただの魔法道具オタクが、聖剣セレブレイトや宝鎚キングクリムゾンを、そっくりそのまま複製できるとでも? どこの世界に、そんな魔法道具オタクがいるんですか」
にっこりとソニアは笑み、両手で左右から自分を指さす。
「いるじゃない。ほら、ここに」
「その、ふざけた振る舞いが嫌いなんです! 人を馬鹿にするにも、ほどがある!」
人前で激情を剥き出しになどしないカミルが、怒りを露わにした。
再び、衛兵たちがざわめく。
「……俺、カミルさまのお気持ちもわかる」
「常におふざけになられているし、ソニアさま……」
「ソニアさまの二つ名『黄金の操り人形師』の高名さは海外にも轟いているよな」
「国内外を問わず、魔法道具関連からの面会要請はひっきりなしらしいが、全部、お断りなされているらしいが」
じろりとソニアが衛兵たちに視線を配る。
衛兵たちが口を閉ざし、居住まいを正した。
ふう、とソニアがため息をつく。
「カミル。あんた、真面目過ぎるのよ。王族なんてふざけ半分じゃなきゃやってらないっつーの」
「真面目の何が悪いというのです!」
「自分が王になって、国をよりよくしなければ。そう考えているのも、よくわかるわよ。妄執と言ってもいいわね、あんたのそれは。同情してあげる」
「ど、同情なんて――」
言葉の途中でカミルの眼からいきなり、涙の雫が滴った。
「あ。あれ? おかしいな、何で、こんな」
「あんたは母さんの温もりすら、ろくに知らないものね。それに唯一の男子だから、王は男子が継ぐべきと考える頭の固いジジイとかに、過度の期待をされて、そう育てられたから、余計に頑なになったのよね」
「……期待されて、それに応えるべく努力するのは当然じゃないですかっ」
「――私が、母さんの代わりを務められたらよかったのだろうけれど。私もこんなだからね。ルナリアはルナリアで、あんたと違う方向だけど頑固に違いないし……ごめんなさいね。あんたがそんなふうに育ってしまった原因は、確かに私とルナリアにもあるから」
「……」
無言のカミル。表情は明らかに戸惑っている。
ソニアからの謝罪の言葉など考えたこともなかったようだ。
カミルがどんな気持ちになっていようが、ソニアは言うべきことを言う。それが、ソニア・ソード=ブリタリアという女だ。
「同情はする。でも、それとこれとは話が別。あんたのことだから、こう考えたんでしょ?
練くんがいなくなれば、ジオールドにはルナリアたちが立ち向かうしかない。そこで撃退に失敗すれば、王位継承権二位のルナリアと四位のマリーを同時に失脚させられる、あわよくば亡き者にできる……と」
「…………ほんとうに、人の頭の中を見透かすのが上手な方だ。ですが、ソニア姉さま。貴女は致命的に見落としていることがある」
「何ですって?」
「今回の、件。僕に罪を問うことは、できませんよ?」
「一般の、それも異世界の人間を罠にかけて、それが罪にならない……ですって? そんな馬鹿なことが――」
ソニアは、ハッと気がついた。気がついてしまった。
「その表情。理解されたようですね」
カミルの顔に邪悪な笑みが戻った。勝ち誇るように、声を張る。
「今回の件は、王位継承権を争う闘いなんですよ! 黒陽練に、爵位を授けるなど! それも浅はかにも、公爵などにするから悪いんだ!
公爵は王族扱い! そして王族扱いならば、黒陽練にも王位継承権はある! 正統四王家に属していないため、継承権は最下位でしたけどね! たとえ最下位でも、王位継承権さえ持っているのならば暗殺は罪になりはしない!」
「…………私としたことが、こんな簡単なことを見落とすなんて」
ぎり、とソニアは歯ぎしりした。
カミルの言葉は一字一句、漏らさずに正しい。
となれば、ソニアがすべきことは一つのみ。
「衛兵は全員、解散。この件については私の権限で箝口令を発動します。私は招集した異次元研究者の会議に参加するから、誰もついてこなくていいわ」
すっかり平静さを取り戻し、カミルが問う。
「僕はどうしたらいいですか、ソニア姉さま」
「巻き添えにしようとしたレイチェルと、ランス家への言い訳でも考えたら? あんた一人がしでかしたことだもの、ソード家に責任を取る義務はない。いざとなれば、その首をランス家にくれてやるだけだからね?」
カミルが、痛いところを突かれたという顔になる。
「……それはまあ、確かに。ええ、考えさせてもらいます。王にもなれずに死にたくはないので」
「せいぜい頑張りなさい」
カミルから視線を外し、ソニアは踵を返した。
胸中で、独りごちる。
――練くん。絶対に見つけてあげるから、それまで何としても生きてなさいよ。
――お願いだから、死なないで。




