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王の資質

「ほんと。練は大したものだよ。この二人を簡単に納得させてしまうんだから」


 紫音が感心したように言った。練は改めて口を開く。


「王女殿下、一つ訊きたいんですが。昨日のあの暗殺未遂、犯人はどうなったんです? 犯人からカミル王子についての情報が引き出せませんか?」


『それは……』


 ルナリアが言いよどむ。言いにくいことらしい。


『ジェンカが半殺しにしたらしいわよ、犯人。顔が特に酷くて、ぐっちゃぐちゃ。意識不明の重体で、身元もわからないって』


 衝撃的なことを、あっさりとした口調でアリス。


「……半殺しって。あの時の王女殿下の命令は、容疑者の確保だったはずだ。そこまでする必要があったのか? 事実には思えないんだが」


『事実らしいわよ、私は見てないけど』


『事実だと警察から聞いています』


 アリスとルナリアの声が重なった。

 練の隣で紫音が深刻な表情をする。


「僕もそれは知ってる。ジェンカは命令以上のことをしないはずなのに、妙なことだよ。ジェンカには行動記録機能があるけど、容疑者確保の行動がエラーで記録から漏れているんだ」


 ジェンカは、魔法道具製作の天才と称されるソニアの造ったものだ。

 ソニアの関係者である紫音は、練の知らないことをかなり知っているらしい。


「あの時、護衛についていたのは三号機……三号機は少し前に、迷彩機能で姿を消して学院内の自動巡回をしている時に、行動記録に短いエラーが出てね。短時間で正常に戻ったから、あまり気にしていなかったんだけど――一度本国に戻して、徹底的に機体をチェックしないと駄目かも知れない」


「ジェンカって、そんなに簡単に壊れたりするものなのか?」


 練の質問に紫音が渋い顔をする。


「壊れるのとは、ちょっと違うんだけどね。あの子は超精密ドロイドなんだ。極めてデリケートでね、たまにエラーを起こすのはこの世界のコンピュータと同じさ。だから三台、常に並列で稼働しているんだよ。互いにバックアップとしてね」


 ふむ、と練は考える。


「ジェンカなら狙撃者の顔を見ているはずだが、その記録がエラー……偶然だろうか」


 紫音も思案顔になる。


「三号機を詳しく解析してみないと、わからない。やっぱり一度、本国に戻すしかないね……それよりも、カミル王子だよ。千羽さん、彼が企みそうなことに心当たりはないかい?」


 紫音の問いにアリスが返す。


『私よりも、そっちのほうがカミルの考えていそうなことがわかりそうだけれど? そっちこそ、カミルが何を企んでいるか、わからない?』


「ろくでもないことを考えているだろうってくらいかな。何せ、バレなければ何をやってもいいという考えの子だもの。外面は凄くいいから、割と人は簡単に騙される。特に善人ほどね」


『あの……ほんとうに、あのカミルがそんなことを?』


 とルナリア。紫音がこれ以上ないほどに苦笑した。


「ほらね。命を狙われている当人が、こんな感じだもの。カミル王子は、笑顔で人を刺せるタイプなのに」


『そうね』とアリス。『私も同意するわ。絶対に情に流されないタイプよ、あの王子』


(ほー。情に流されないってのは王向きの性格だぜ? いざって時に、臣下に俺のために死ねと命令するのが、王って立場だからな)


『カミル……あの優しい子が……――』


 くぅぅぅ、と妙な音をスマートフォンが伝えた。


『ぷ』


 アリスが噴き出すのが聞こえた。


『ち、違うのです! こ、これは、そ、そのっ』


 ルナリアが盛大にうろたえる。


「今のはもしかして腹の虫なのか?」


 ぽかんと練は後ろに立つ紫音に、頭を軽く殴られる。


「そういうのは気付いても言わないのが、紳士だよ」


(まったくだ。それがジェントルマンのエチケットっつーもんだぜ)


 グロリアスにも突っ込まれ、練は頭をかく。


「……そう言えば、もう夕食時か。千羽さん、王女殿下。停学中でも食堂くらいは行っていいことになっているし、夕食、一緒にとらないか? どうせ俺たちは、今回の停学のせいで食堂じゃ好奇の目にさらされる。四人揃っていたほうが、多少は気楽になるんじゃないか?」


『あら、いいわね。その前に私もシャワー浴びて着替えたいけど』


 とアリス。続いてルナリアが、


『お誘い、大変嬉しく思います。まだあられもない格好ですので、ちょっとお待たせしてしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか』


「あられもない格好?」


 ぽかりと再び紫音が練を叩いた。


「彼女。シャワーの途中で千羽さんに連れ出されたこと、忘れてないかい?」


 練はぱちくりと瞬きをし、納得した。


「ああ、そうか。裸だったか……」思い出し、意識し、想像してしまう。ぼっと顔が赤くなる。


「いくらでも待つから、準備ができたらまた電話くれ」


 練は返事を待たずにスマートフォンを操作し通話を切った。椅子を回して振り返る。


「……どうしたんだ? 難しい顔をして」


 紫音が腕組みをし、何やら考え込んでいた。


「――カミル王子が何を企んでいるか、気になってね。もしほんとうに秋葉原の事件が囮なら、もう何か、悪だくみを実行しているかもしれない」


(だとしても。この世界にいる俺たちにゃ知る方法なんざねえけどな)


「後手に回っているということか。だとしても、問題はない」


「どうしてだい?」


「最終的に防げばいいだけだ。違うのか?」


 紫音がきょとんとする。練は自分が間違っているのだろうか、と言葉を重ねる。


「俺、変なことを言っているのか? 犯人が誰だろうが、王女殿下が狙われているのに変わりはない。だから、必ず攻撃は王女殿下を狙ってくる。いつ来るかわからなくても警戒はできるし、備えてさえいれば防御も迎撃もできるはず。そう考えているんだが」


(はっはっはっ。間違ったことは何一つ言ってねえぜ、おまえっ)


「……くっくっく。そうだね、その通りさ」


 グロリアスが高らかに笑い、紫音が、含み笑いをこぼした。

 何故、二人が笑っているのか練にはわからない。ひとしきり笑った後、紫音が改めて言う。


「極めて困難なことを、当たり前のように、できて当然のように、口にする。それも王の資質なんだよ、知ってるかい?」


「いや。だが、わからなくはない。臣下や臣民を不安にさせるようなことを言う王なんか、王失格だろう。根拠のない自信じゃ、ついていく臣下は堪ったものじゃないが」


 そうだね、と紫音が満足げな表情で呟いた。


(王の、資質か。そんなもん、俺を見習えばいいだけだっての)

「……暗殺されるような王が、何を言うんだか」


 ぼそりと練は、口の中だけで呟いた。

 希代の暴君と呼ばれたグロリアスは、五〇〇年前、異世界を半分まで征服した。

 そして、反旗を翻し結託した側近たちに、殺された。

 それが、ブリタリア王国における最初の王位争いの暗殺だ。

 暗殺を予想していたグロリアスは、自らが転生するにふさわしい魔法の才能を持つ子供の生誕時に、自身の魂を転成させる魔法を己に施していた。

 だから今、グロリアスは練の中にいる。

 だが練は、最初のルナリア暗殺未遂の事件のせいで、今ではただのノウ無しだ。


(おまえが魔力を失わなけりゃ、今頃俺は再び、ブリタリアの王だったかもな)


「王位に興味はない」


 練は小声でぼやいた。そんな面倒くさそうなものは、遠慮したい。


「何か言ったかい?」と紫音。


「いや、別に」と練。


 練は視線を机の上のスマートフォンに戻した。


「連絡、すぐに来るだろうか」


「一時間は待たされるんじゃないかな。女の子は準備に時間がかかるものだから」


 と紫音。その言葉通り、練たちはたっぷり一時間以上、待つことになる。

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