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続・アリスの正体

 机に置いた練のスマートフォンから、ルナリアとアリスの会話が聞え続ける。


『交渉を始めましょう、千羽さん――いえ、サウザンドブレード』


『別に千羽さんでいいわよ。この名前ももう馴染みがあるから』


『では、千羽さん。貴女はカミルの雇った暗殺者ということでよろしいのでしょうか』


『ちょっと違うわね。私はスラムで拾われた、カミル王子が育成している特殊工作員の一人だから』


『カミルがそのような人間を使っているという噂は、聞いたことがありません。ほんとうに、カミルが私の命を狙っているのでしょうか……?』


 ルナリアの声には疑いの色がある。実の弟に命を狙われていることが信じられないようだ。


『事実よ。その証拠が、この私。カフェにトラップを仕掛けたのも私だし、昨日、貴女の行動をカミル王子に報告していたのも、私だもの』


『それを証明するものが、ありません』


『証明してあげるわ。カフェでのあの事件の後。この学院島をくまなく調べても、トラップはカフェのテーブルでしか見つからなかった。公開されていない情報だけど、そうでしょ?』


 カフェテリアでの暗殺未遂事件についての情報は、詳しくは何も公開されていない。

 調査の結果、当面は危険がないだろうと朝のホームルームで生徒たちに発表されただけだ。


『……それを知っているということは、犯人側か、もしくは学院側の情報を知りうる立場のどちらかですね。自身が犯人だという証拠にはなりません』


『ふーん。私が嘘をついている、と言いたいの?』


『その可能性は、無視できないということです』


 二人の会話を聞いているうちに、練は昨日、アリスが妙なことを言ったと思い出した。

 あの(・・)言葉が事実なら、アリスは正直に話をしている。


「王女殿下。千羽さんは嘘をついていないと思います」


『どうしてそう思うのです?』とルナリア。


『へえ。どうしてそう思うのよ』とアリス。


「あの現場で俺は確かに、千羽さんが呟くのを聞きました。こんなこと聞いてない、と。つまり、事件の首謀者であるカミル王子から、聞いていた話もあるということです」


『……なるほど。そんなことを言ったのですか?』


『言ったわね、うっかり。さすがに腹が立ったから。あんなところで光術系での狙撃なんて、下手したらこっちまで怪我じゃ済まなかったもの』


『カミルが千羽さんまで巻き込もうと……にわかには信じられません、あんないい子が……』


 ルナリアはショックを受けているようだ。


『私が言うのも何だけど、カミル王子は権力欲の塊のような人間よ? 嘘だと思うなら、ソニアさまに訊いてみれば?』


『姉さまに、ですか……そうですね、近いうちにお話をしてみます』


『それよりも、ルナリアさま。私がカミル王子のスパイと知って、どうするのかしら?』


「どうするって?」


 と練。アリスが練に説明する。


『王族同士の暗殺がらみの事件において。狙われた当事者の王族に限っては、容疑者を裁判無しで処罰できるのよ。証拠があろうがなかろうが関係なく、その者が私を暗殺しようとした、と主張さえすればね』


(ぶっそうな考え方だよなあ。実際、暗殺された俺が言うのもあれだけどよ)


『だから』とアリスが続ける。

『今ここで、ルナリアさまに殺されても、私は文句が言えない。ただで殺されてあげる気はないけれどね。やるなら利き腕一本くらい、もらっていくわよ。あの世で、聖騎士の利き腕を奪ったって自慢ができるもの』


『私に、千羽さんを断罪するつもりはありません』


『甘いですね、ルナリアさまは……と言いたいところだけれど。ここは素直に感謝いたします、王女殿下。私もカミルが私にさせようとした役目がわかったから、もうルナリアさまを暗殺する気はないわ』


 アリスがカミルを呼び捨てにした。その意味に練は気付く。

 たった今、アリスがカミルを見限った、と。


「秋葉原の、あの事件。カミル王子は、罪をアリスに全部被せようとしたのか」


『たぶんね。カフェテリアの一件で、私は手がかりになりそうなものを残してはいないけれど、ソニア王女ならまず私を疑ったと思うわ。その上で、秋葉原の事件。有力な容疑者として、ソニア王女が私をつるし上げても何も不思議はないわよ』


「だが。それだとカミル王子の仕業だとバレるだろう?」


 アリスより先に、紫音が口を開く。


「そんなの、しらばっくれるだけ。自分の知らないところで勝手に部下が暗殺を企てたとかね。そしてサウザンドブレードの関わった事件の黒幕が、カミルかどうかの裏付け捜査が行われている間に、別の手段で確実にルナリアの暗殺を企てる……そんなところかな」


 紫音が、ルナリアを呼び捨てにしたのが練は気になった。言葉遣いも普段と微妙に異なる。


(――気にしないほうがいいと思うぜ。たぶん話がややこしくなるだけだ)


『そういうことだから』とアリス。続けて、


『カミルには工作員として育ててもらった恩はあるけれど。捨てる気だった主に、これからも尻尾を振る犬なんていないわ。ルナリアさま、どう? 私を買わない? 犬には犬のプライドがあるから、そこだけちゃんと理解してくれるなら報酬は贅沢言わないわ――あ、でも』


 一呼吸おいて、妙に楽しげにアリスが言う。


『練は、あげないから。そこのところ、よろしく』


 アリスの言葉に被せ気味にルナリアが告げる。


『練さまについては一切、譲歩の余地がありませんので、こちらこそご理解いただきたく存じます。雇用については報酬を含めて、前向きに検討させていただきます』


『ええ、それでいいわ。それじゃ改めてよろしくね。練は譲らないけど』


『はい、こちらこそよろしくお願いいたします。練さまは絶対、渡しません』


 二人のやりとりが途絶え、スマートフォンが沈黙した。その静寂に練は恐怖さえ覚える。


(すげえなあ、おまえ。あんないい女どもが、おまえを取り合ってるぜ?)


 感心したようにグロリアス。紫音も妙ににやにやとしている。

 練一人、真顔だ。アリスがブリタリア人だということはわかったが、そのアリスがどうして昔から練を知っているように振る舞っているのか、わからない。


(ま、俺はその辺りのこともわかったが。今はそんな話、している場合じゃねえな)


 ――その通りだ。珍しくまともな意見だな。


(俺はだいたい、いつもまともだってーの)


 練はグロリアスの主張を無視し、話を元に戻す。


「俺のことはどうでもいい。それより、カミル王子が何か企んでいるとしたら、その阻止を考えるべきだ」


『練さまが、そう仰るなら』


『練がそう言うなら、この話はまたにしましょ』


 ルナリアとアリスが素直に練の言葉に従った。

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