カウンターアタック・ノウ無しの練、ついに攻撃魔法を放つ
(見えたか!?)とグロリアス。
「見た!!」と練。
(もう一発来るぞ!!)
「わかっている!!」
同じビルの上。再び魔法記述光跡の輝きが発生する。
遠距離で構成が読めないのは変わらないが、魔法そのものは、見た。
魔法の構成がわからなくても、効果はもうわかっている。
わかっていれば、問題はない。練はルナリアの真後ろに立ち、攻撃に備える。
即座に全魔力を費やし、ルナリアの前に魔法記述光跡で魔法陣を構築した。
極微細魔法記述光跡で形成された、漏斗型の魔法効果魔力還元魔法の魔法陣である。
同じタイミングで、再び光弾が襲来する。
「起動!」
練が魔法効果魔力還元魔法を発動。完璧なタイミングで直撃寸前の光弾を魔力に還元する。
「そのまま返してやる!」
光術系超高速狙撃魔法『ライトニングブレット』。
練は理論しか知らず、試したことはない。必要魔力が九〇に近い強力な攻撃魔法だ。普段の練に使えるはずはないが、今は違う。
魔法に必要な魔力が、そこにある。
――光弾の熱量、集積率、速度、方向、設定。磁界殻形成、磁力砲身構成。
一秒かからず練は魔法に必要な要素を計算、設定し、立体魔法陣を構成する。
普段の糸のような極微細魔法記述光跡ではない。幅数センチほどの魔法記述光跡が、長さ三メートル以上の魔法の砲身の形を成す。
砲身の底に拳ほどの光球が発生した。光球と砲身は、それぞれに反発する磁力を帯びている。
その磁力で光球を砲身内で加速させ、発射するのだ。
原理は、この世界のレールガンという武器に近い。
――光弾の炸裂タイミング、拡散比率設定。
練は若干、光弾の設定にアレンジを加えた。
(爆裂弾じゃなく拡散弾かよ、敵に手心を加えるのか?)
爆裂弾はジェンカの腕を吹き飛ばしたもの、そのものだ。対して練が設定した拡散弾は、命中の寸前に光弾が無数に分裂し、威力を落とした微細光弾が広範囲に散らばる。
殺傷力がかなり低いかわりに、命中率が高い。
――殺すのが目的じゃない。捕らえて背後関係を調べるべきだ。
(冷静だな。いい判断だ、やれ!)
「行けッ!!」
練は魔法を起動させた。
魔法記述光跡の砲身が光に転じ、光弾が音速近くまで加速され、放たれる。
敵が放った光弾よりも鋭く、速い。光弾が一直線に光の筋を描く。そして敵が潜んでいると思しき遠方のビルの屋上付近で、フラッシュのように強い光が瞬いた。
(当たったか!?)
「わからないが、狙った通りには撃てたと思う……!」
練は、ぐっと両手を握り締めた。魔法を放った、その実感で掌が汗ばんでいる。
攻撃に唖然としていたルナリアが、表情を引き締めてジェンカに目を向ける。
「ジェンカ。機能の限定解除を許可します。行けますか。容疑者確保が最優先です」
「あい、ユアハイネス。賊の確保に向かいますデス」
しゃがんでいるジェンカの小さな身体が、うっすらと紅い魔力の光を纏った。
紅い魔力光。三年前、ルナリアが魔眼の右目から流した紅い涙の色に似ている。
どんっと音がし、ジェンカの姿が消えた。紅い魔力光の軌跡が残像になる。人間には不可能な速度でジェンカが街の中を駆け抜けていった。目標は狙撃犯の潜むビルに違いない。
練は改めて、ルナリアの隣に行った。
「お怪我はありませんか」
「え、ええ。ジェンカと練さまが守ってくれましたから、私は大丈夫です……ですが――」
ルナリアがわずかに動揺を感じさせる表情で、周囲を見やった。
辺りは騒然としている。
「今のって、何?」
「もしかして。魔法って奴じゃないのか」
「魔法って、お台場の先の島でしか使っちゃいけないんじゃなかったっけ」
「って言うか。何でこんなところで」
オープンテラスの客のみならず、通行人まで足を止めて練たちに注目していた。
そこにようやく紫音が戻ってくる。
「すぐにこの場を立ち去りましょう。やっかいなことになる。千羽さんも、ほら」
紫音がアリスに声をかけたが、アリスは座ったまま。
「……聞いてないわよ、私はこんなこと」
声をかけられていることに気付かず、低い声でそう呟いた。練もアリスに声をかける。
「千羽さん、最初の爆発で耳でもやられたのか? それともどこか怪我を」
「――え? ああ、うん。何でもないわよ。ここはさっさと……って、手遅れみたいね」
練の呼びかけに気付いたアリスが、頬杖をついて横を向く。練もその視線の先に目を向けた。
制服姿の警察官が二人、こちらにやってくる。紫音が渋い顔をした。
「通報を受けて来たには早すぎる。たまたま巡回していたのか……となると、全部見られているか。面倒だね」
警察官の片方が、歩きながら声をかけてくる。
「君たち、もしかして魔法技術学院の生徒かい。今の騒ぎについて話を聞きたいんだが」
「あの学院の生徒なら知っていると思うけど、許可区域以外での魔法使用は、禁止されているからね。ちょっと一緒に来てもらうよ」
ルナリアが席を立ち、やってくる警察官たちと向かい合う。
「お話なら、私が詰め所に伺います」
落ち着き払った口調、表情。ルナリアの態度は気品に満ちていた。
「あの。君は?」
「ルナリア・ソード=ブリタリア。この方たちは私の友人です」
名乗るルナリアの横顔を、練は間近で見ていた。
唇がわずかに震えている。凜とした態度は動揺を隠すためらしい。
警察官の片方が、ルナリアの顔を怪しいものを見るように覗き込む。
「ルナリア……ルナリア――どこかで聞いたような……」
「じゅ、巡査長。名前、そこじゃないですよっ。ソード=ブリタリアって、あの異世界のっ」
もう一人の警察官が焦った。巡査長と呼ばれた警察官が、のけぞってルナリアを指さす。
「魔法の国のお姫さまッ!? 何をなさってんですか、こんなところで……痛てててッ!!」
ルナリアに突きつけた巡査長の指を掴んでねじり上げたのは、紫音だ。
「王族を指さしなどしたら死罪になりますよ、ブリタリアでは」
紫音が巡査長に顔を突きつけて告げ、指を離す。
「き、君ね! そっちこそ公務執行妨害で!」
顔を赤くして怒る巡査長。部下の警察官が即座になだめる。
「いや、立場ヤバいのはこっちですから! ど、どうします、ブリタリアの王族って国賓待遇のはずですよ、交番なんかで聴取しちゃマズい気がっ」
一人だけ椅子に座ったままだったアリスが、やれやれという感じで席を立つ。
「王女殿下の行動についてはある程度、私が学院から任されているわ。私が王女に付き添います。とりあえずの聴取なら交番で構わないから、さっさと案内しなさい」
「任されているって。そうなのか?」
アリスが練の隣に来て、足を踏んだ。
「いっ?」
「あんたは黙ってて」
(たぶん口から出任せだろ。面倒を引き受けてくれるって言ってんだ、任せちまおうぜ)
「――そういうことか」
ちらりと練は紫音の表情を窺った。わかっているというように、紫音がウインクする。
アリスが練から離れ、ルナリアに寄り添う。
「行きますよ、王女殿下。警察の交番なんて、王女殿下を招くには不適切極まりない、狭くて汚い場所だけど。暗殺の恐れだけはたぶんないから、落ち着けるわよ」
「お任せします……助かります」
ルナリアの表情がわずかに柔らかくなった。毅然として見えたのには緊張もあったようだ。
アリスが練と紫音に告げる。
「あんたたちは学院に帰っちゃって。どうせ警察から学院に連絡が行くし、全部バレるわよ?停学くらいは覚悟しといて」
巡査長が「勝手に帰ってもらっては困るんですが」と困惑顔になる。
「私と彼女では、聴取に不満なのでしょうか」
とルナリア。巡査長が大慌てで両手を顔の前で振った。
「い、いえいえ、とんでもありません! 彼らには帰ってもらって結構です!」
紫音がわずかに笑みを浮かべた。
「どこの世界でも権力には弱いんだねぇ。だってさ、練。僕たちは学院島に帰ろうか」
「俺たちがいなくなって。犯人を確認に行ったジェンカは大丈夫ですか?」
と練。ルナリアが練へと視線を向ける。
「ジェンカは私の位置を把握できます。自己判断で私の元に戻りますから心配いりません――そんなことより。私のせいでこんなことになってしまい、何とお詫びすればいいのか……」
「俺のほうこそ、すみません。俺が連れ出しさえしなければ、こんなことには」
「いいえっ。私はほんとうに今日、嬉しかったのです!」
ずいっとルナリアが練に詰め寄った。吐息がかかりそうな距離で練を見つめる。
マスカラで睫の色まで茶系にしているが、顔立ちそのものは変わらない。
「…………ほんとうに、可憐な人だな」
つい、練は感じたままを口に出した。ぱっとルナリアの頬に朱が散らばる。
「――あ、ありがとうございます……こんな時に……ど、どうしましょう」
ルナリアが紅くなった頬を両手で押さえ、うろたえる。
アリスが満面の笑顔で頬をひくひくさせながら練に歩み寄り、がつんと練の足を踏んだ。
鼻先に鼻を突きつけるように、アリスが練を睨み上げる。
「さっさと帰れッ」
「いっ。そ、そうするよ。後は頼む」
「言われなくてもちゃんとやるわよ、心配しないで」
アリスが踏んだ足を放し、軽く頭を下げて額を練の肩にこつんと当てる。
「それと。ごめんね」
「何で謝るんだ」
アリスが練に顔を見られないよう、うつむき気味のままでくるりと身を翻す。
「何となく。謝っておかないと、気持ち悪いかなって」
練は意味がわからず首を捻った。
(コイツにも色々事情があるってことだろ。おまえ、いずれ魔法界のトップに立とうっつー野心を持った男なんだから、細けえことは気にするなって)
――そう主張してるのはグロリアスだけなんだが。
「……そうだな。先に戻る。行こう、紫音」
「ああ。たぶん、モノレールの学院島駅を降りたところで警備部に手荒く捕まると思うけど、抵抗はやめておこうね」
紫音が軽く苦笑した。練は警察官たちに軽く頭を下げると、紫音と共にこの場を後にしようとした。その背をルナリアが呼び止める。
「あの、練さま」
練が振り返ると、ルナリアがとっと駆け寄った。
「これを」とルナリアがささやき、練の手に何かを握らせる。
練が確かめると、それは小さな宝石が飾られた指輪だった。
「これは?」
「また後でお話をいたします。では、お気を付けてお帰りください」
くるりとルナリアが身を翻し、警察官たちのところに戻っていった。
指輪からは微細な魔力を感じる。
(何かの魔法道具らしいな、それ。とりあえず警察の奴らには見えないようしまっとけ)
――わかった。
練は指輪と手の中に握りこんで隠すと、紫音をちらりと見た。
「君がもらったものさ。僕は詮索しないよ。なくさないようにね?」
「わかってる」
練と紫音は今度こそ、この場を後にした。