第4話 最近の図書室や図書館には漫画も置いてあったりするんですよ
教科書を受け取り、健登は教室を出ると忘れ物を取りに一度教室に戻り下駄箱へと向かった。
途中、顔見知りの他のクラスの生徒達に冷やかされながら、なんでこいつらは俺が先生に呼び出しを食らったことを知ってるんだと思ったが、どうせクラスメイトが言いふらしたんだろうと気には留めなかった。
階段を降り下駄箱に続く廊下にでると、誰かが立っているのが見えた。
姫宮弥命だった。
弥命はあの後すぐに帰ろうとしたのだが、迎えの車がいつもの時間に来なかったので
一度校舎に戻り図書室で時間を潰していたのだ。
弥命は自分の下駄箱の蓋を開けたまま暫くその中を見つめると深くため息をつく、そしてそのまま靴は履かずに蓋を閉め上履きのまま外へ出て行ってしまった。
なんとも分かり易く幼稚なイジメだが、これほど犯人に問い質しづらいイジメもない。
犯人が分かっていても、目撃者がいなければ絶対に証拠は出てこないだろう、やる側もそれをわかってか絶対に足の着くような真似はしない、結局また弥命は泣き寝入りするしかないのだ。まったくもって弥命にとって今日は災難な日だった。
雨は上がったけれどまったく気分は晴れない
今までも悪口を言われたり無視をされたり等は何度もあったが、これほど直接的なことを立て続けにされるのは初めてだった。
靴は買えばいいが、同じことを何度も繰り返されてはたまったものではない、かといってあまり問題を大きくするのも好ましくはない、学校での生活が上手くいっていないことが家に伝わるのだけは避けたかった。
それもこれも全部あの生徒会長の所為だ、あの人が昼にあんなことを……
ちがう……自分の蒔いた種だ
誰かを危険に巻き込まない為に、神器の巫女として、お家の事情で、雨の所為、生徒会長の所為、なにもかもが言い訳にすぎなかった。
もうずっと前からわかっていたこと、結局は自分自身が他人とどう付き合えばいいのかわからないだけ、どうしたらクラスメイトと普通に会話をして普通に遊ぶことができるのか弥命にはわからなかった。
流行のTV番組やアイドル歌手も知らない、学校帰りに買い食いをしたりショッピングをしたりカラオケに行ったこともない、普通の女子高生が普通にしていることを自分はしたことがないのだ。しようとしなかったのだ。
―― 今の学校生活は楽しい? ――
弥命は昼間の生徒会室で、常深紫に言われた言葉を思い出していた。
「楽しいわけないよ……」
上履きのまま、とぼとぼ校門へと歩く姿は傍から見ればなんとも情けない姿だろう。
そんなことを思いながら弥命は、このままなにもかもを投げ出して逃げてしまいたい気持ちに駆られていた。
ふと気がつくと、俯く足元に自分のではないもう一つの影があった。
「よっ、随分遅くまでいたんだな」
その声で顔を上げると隣には健登がいた。
弥命は先程の場面を見られていたかもしれないと思いなぜだかひどく恥ずかしい気持ちになった。
隠せるはずもないのに鞄を前に下げ、足元をみられないように健登より半歩程歩く速度を落とす。
「いやぁ、教科書くれるだけかと思ったんだけどまーた説教されちまってさぁ参ったぜぇ」
参ったというわりには楽しそうに話す健登の後姿を見ながら弥命は、なぜこの人はいつもこんな風に笑っていられるのだろうと思った。
どんなにクラスの女子に責められても、どんなに先生に怒られても最後にはあっけらかんとしながら笑い飛ばしている。まあ悪く言えば反省の色が見えないのだが、それでもどんな時にでも明るく真っ直ぐなその笑顔に最終的には誰もが許してしまうのだ。
「姫宮もなんか用事あったの?」
「わたしは、その……図書室に……」
「そっか、おまえ本好きだもんな、俺なんて漫画くらいしか読まねえからあんま図書室とか行かないんだよ」
「それはもったいないです。最近の図書室や図書館には漫画も置いてあったりするんですよ、人気のライトノベルなんかもありますし、わたしもたまに読んだりします」
「えっ!? まじで? 図書室に漫画ってのも驚いたけど、姫宮も漫画とか読むんだな」
「もちろんです。表現方法は違えど漫画だって立派な本だと思いますよ? 活字にはない絵という芸術も兼ね備えているんですから大したものです」
「はぁ~、すげえんだな漫画って」
目を真ん丸に輝かせ本気で感心している健登の様子に弥命はすこし可笑しくなった。
不思議な気持ちだった。
こうやって同学年の他人となにげない会話をしたのなんていつ以来だろう、思っていたよりもすらすらと言葉がでてくる自分に弥命は驚いた。
「なあ姫宮、ちょっと付き合えよ」
「はい?」
唐突に切り出してきた健登の付き合えという言葉に弥命はあたふたする、いやいやそういう意味ではないことは分かっているのだがつい意識してしまった。
さらに健登は予想だにしない行動にでる、弥命の手を掴むとそのまま引っ張っていくのだ。
「な、なな、な、かかかかか守羽くんっ!?」
男子に手を握られるのなんて初めてだった、弥命は頭に血が上ってしまいもうなにがなにやら舞い上がってしまった。
気が付くとなぜか弥命は自転車の後ろに乗せられていた。
「え?」
「飛ばすからな!落ちないようにしっかり掴まってろよっ!!」
そう言うともの凄い勢いで自転車のペダルを漕ぎ出す健登。
目の前の景色が一気に加速する。なにやら遠くの方で誰かが叫んでいる声が聞こえる。ドロボーと言っているように聞こえたが、聞こえなかったことにしよう。
「ちょっとっ! 守羽くんっ、自転車の二人乗りは校則で禁止されていて」
「ばっかやろう! 校則なんてのは破るためにあるんだよっ!!」
「というか、道路交通法で禁止されていて」
「知るかあああああああああっ!!」
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なんという大失態を犯してしまったのだ!!
TVドラマの再放送に夢中になり弥命の迎えの時間をすっぽかすなんて、姫巫女の世話役失格だ。
「クソっ……なんでいつも崖の上で自白しだすんだ……」
などとわけのわからないことを呟きながら、例の俳優を呪う水谷だった。
それにしても普段ならスムーズに流れているのにこの大渋滞はなんなのだ、どこぞで事故でもあったのだろうか? 水谷は苛々しながら視線を斜め前方にやると、なにやら全速力で駆け抜けていく自転車が見えた。
「あんなに飛ばして、自転車でも人と接触すれば大怪我をしかねないのだぞまったく、ああいう輩がいずれ事故を起こすのだ、しかも二人のっ!?」
そこまで言って、その暴走自転車の後部に乗る人物を見て水谷は絶叫した。
「姫さまああああああああああああああああああああああああああっ!?」
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駅前の商店街を抜けさらに進むとなだらかな下り坂になる。
ここまでくればもう追いつかれることはないだろうと、健登はペダルを漕ぐ速度を下げた。
このまま坂を下りきり緩やかなカーブを曲がると今度は急な上り坂になる、この坂を上りきった山の上に姫宮神社、弥命の家がある。
車で片道およそ二十分程の距離なのだが、弥命は毎日水谷の運転で送り迎えをされていた為、こんな風にそれも誰かの漕ぐ自転車の後ろに乗ってこの家路につくことなど初めてだった。
「守羽君、この自転車……」
「いいんだよ、橋場のやつだから明日返す」
どうやらこのパクッた自転車は友人の物らしいので弥命は一安心した。
たぶんこんなことがあってもその友人は怒ったあとに、きっと笑って許してくれるのだろう、どうしてそのような信頼関係を結ぶことができるのか、弥命はそんな友人のいる健登を羨ましく思った。
「よっしゃ、いよいよ本番だ、この上り坂、気合い入れて行くぞ」
「気合いって!? まさかこのまま二人乗りで上る気ですか!? 無理ですよ、降りますから」
「いいからそのままっ! いくぜっ!!」
そう言って勢いよく坂を駆け上がる健登だが、五分もしない内に右へ左へふらふら蛇行運転し始める、太腿はプルプルと震えだし今にも自転車は平衡感覚を失い倒れそうだった。
「か、守羽くんっ! もういいですから、ここで降りてわたしは歩いて帰りますから」
「ま、まだ……はぁっはぁっ、まだまだ、ふうっひいっ……じぇったいに、にょぼりきっ」
息も切れ切れに絶対に登りきると言いたいのだろうが、最早なにを言っているのかわからない。
どうして健登がこんなことをするのか弥命にはさっぱりわからなかった。
「守羽君……なんで……」
弥命は健登に、何故、と問いかけて口を噤む、その先何を言えば良いのか弥命にはわからなかった。
ただ、何故……そう心が問いかけてきた、それを口にしただけだった。
一方、健登からしてみればなんでこんなことをするのかと言われたように聞こえたのだろう、少しずつ息を整え弥命の問いかけに答える。
「ちょうどこれくらいの時間にさ、この小山の上から夕日が沈んでくのが見えるんだよ」
「知ってます……この上にうちがありますから」
身も蓋もない会話である。
「ですよねー……でもさ、同じ夕日でも、人によってはそれぞれ見え方が違うと思うんだよね、俺の見えている、俺が見ている景色ってのをさ、姫宮にも見てもらいたくて、無理やり付き合わせちまったけど帰り道の途中だし、もうちょっとだけ付き合ってくれよ」
弥命は拒否も承諾もするでもなくただ黙っていた。
暫くの沈黙が続く、聞こえてくるのはギシギシと軋むチェーンの音と健登の息遣いだけ、なんだかこのひと時がとても心地よく感じ弥命はそっと目を閉じた。
しばらくすると坂道から平らな道に変わるのを感じ、軽くブレーキをかける感覚とゆっくりと速度が落ちていくのが分かった。
自転車が止まる瞬間少し前へ突っ伏しそうになる、もう着いたのだろうか?
「着いたぜ、姫宮」
そこはまだ山の中腹あたりにある展望広場であった。
自転車を降り街を見下ろせる所まで歩く、ここが健登の見せたかった風景なのか。
別になんということもない、いつも見ている街の風景だ。
「これが守羽君の見せたかったって言う風景なの? まあ夕日が綺麗なのはそうだけど、別に特段珍しい風景でも……」
「まあ、見てろよもうすぐだから」
そう言って、遠くの空をじっと見つめる健登。
弥命はその瞳に映るものがなんなのか見当もつかなかった。
それからどれくらい待っただろうか、十分、十五分、もうこれ以上待ってもなにも変わらない、ただ日が沈んでいくだけである。
「守羽君いい加減なにを見せたいのか教えてくださいっ、教えてくれないのならわたしはもう帰ります」
さすがの弥命もこれ以上は付き合えないと思い少し強めの口調で健登に言う。
「もうすぐもうすぐ、ほらっ! あそこ、なにが見える」
そう言われ、健登の指差す地平線の先をじっと見つめる弥命。
そこには自分たちの通う学校、旭ヶ丘学園高校の校舎が見えた。
ちょうど夕日が校舎の真後ろに沈んでいき、まるで太陽が校舎を飲み込んで真っ黒になっているように見えた。
「学校ですね……それがなにか?」
「去年たまたま知ったんだけどさ、ちょうどこの時期になると太陽が学校の真後ろを通ってあんな感じに真っ黒になるんだよ、校庭を歩いてると空は真っ赤なのに、まるでそこだけ夜になったみたいに真っ暗になってさ、すんげー不思議な感覚なんだぜ?」
楽しそうに話す健登だが、その眼は少し寂しそうにも感じた。
「なにが言いたのかまるでわからないです……」
結局健登の伝えたいことを汲み取ることができずに、弥命は歯がゆい思いをしながらそう答えるしかなかった。
それから少し間を置いて健登が静かに問いかける。
「姫宮は学校好きか?」
驚いた。
生徒会長と同じことを健登が聞いてくるなんて……いや、少し違う。
健登の聞いてきたことはもっとこう、弥命の本心に迫るような……
弥命は自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
「俺はさ、勉強は苦手だけどなんか好きなんだよな、あそこには色んな奴がいて色んな顔がある、怒ったり泣いたり悩んだり、ムカついたり笑ったり、色んな奴がいるんだぜ? 俺のダチ、同じクラスの坂、知ってるだろ? あいつゲームが好きなくせにちょうへったくそでさ、あと橋場、そのチャリの持ち主、明日めっちゃ怒るだろうな、中村に林に坂田、毎日あいつらと遊んで、喧嘩して、仲直りしてまた笑って、皆の笑顔があそこにあって、俺の居場所があって……姫宮もそうなんだぜ? 姫宮にも色んな顔があって、居場所がある、学校ってそういう所だと思うんだ」
居場所がある……弥命はそんなことはないと否定したかった。
わたしの居場所なんてない、作れなかった。それは誰の所為でもない自分で手放してきたからだ、だから否定したかったでもできなかった。
しかし健登は弥命の居場所がそこにはあると言う。
怒ったり、泣いたり、笑ったり……
自分のしたかったことが、なりたかった自分がそこにはあると言うのだ。
「さっき、本の話をしてた時の姫宮……あの時なんかすんげーよかったぜ」
そう言いながら夕陽を背にうけ、めいっぱいの笑顔で健登は弥命に笑いかけた。
あぁ、なんて笑顔をするのだろう。
弥命は自分にはこんな顔はできないだろうなと思いながらも、少し幼さを残すその笑顔に惹きこまれていくのがわかった。
同時にわからなかった。なんでこんな気持ちになるのか。
胸を締め付けられるような気持ちになった。鼓動が痛いくらいにうるさかった。
嬉しいような恥ずかしいような悲しいような、色んな感情で胸がいっぱいになった。
弥命はゆっくりと健登の前に歩み出ると振り返らずに震える声で問いかける。
「わたしも……なれるかな」
ただ静かに一言だけ、弥命の背中を優しく見つめたまま健登は答える。
「あったりまえだろ」
一陣の風が吹くと雨上がりの土と草木の匂いを感じられ、一時の静寂の後ゆっくりと太陽は地平線へ沈んで行った……




