天空の隼と隻眼の妖精 前篇
番外編 天空の隼と隻眼の妖精
盆も過ぎ甲子園のアルプススタンドがまた虎色に染まり始めるころ。
八月の下旬夏休みも残すところあと一週間ちょっと、夏の終わりを感じ始めほんのり寂しい気持ちになる時期ではあるが、相変わらず暑さだけは和らぐこともなくジリジリと照りつける陽射しの下、季節が移り変わる事も忘れているかの様に蝉が鳴き続けている。
だいたい夏休みとは言っても休みなのは学生だけで、盆休みが終わると社会人はまた働き詰めの毎日に戻らなくてはならない。そう、暇なのは学生だけなんだよっ!!
悠紗は丸椅子に腰掛けると、足をぶらぶらさせながらショーケースに突っ伏しもにょもにょと暇そうにしていた。
「あー暇ぁぁぁ、ファルコォォォン、妾は暇を持て余しておるぞ~」
気の抜けた声で言うとファルコンが店のバックヤードから出てくる。お盆の上に乗せていたコップに葡萄ジュースを注いでショーケースの上へ置いた。
「まあ夏休みとは言っても世間は平日だからね。ゲーセンには行かないの?」
「最近は妾が行くとどの店も皆プライズを仕舞ってしまうのだ。おかげで妾の財布も大打撃を受けているのだ」
「はっはっは、悠紗ちゃんはここいらじゃもうブラックリスト入りだからね」
笑いながら話すファルコンであるが実はこれ結構とんでもない話であったりする。
夏休みの間、週3~4日くらいのペースで悠紗は秋葉原へと足を運び、ゲーセンにあるUFOキャッチャーのプライズを軒並み掻っ攫って行っては周りのフィギュア屋に売りつけ、その上がり金を元手にまたゲーセンに行くと言う事を繰り返していた。
最初の内は悠紗のこの見事なテクニック(まあズルなんだけど)に感心し、またなんとも可愛らしい姿の美少女がもの凄いことをやっているぞと噂になると、それを見ようとギャラリー達が群がるので店側としても良い宣伝になると思っていたのだが、ワンコインで台の中のプライズを全て攫って行くので店側もだんだんと厳しくなってきた。
なんとかプライズを取られまいと配置等を試行錯誤するも悠紗の魔眼の前にはまったく意味を成さず、最終的には形振り構わずアームのバネをゆるっゆるにしてまで迎え撃ったのだが敢え無く撃沈、このままでは店が立ちいかなくなってしまうのでゲーセンと言うゲーセンが“隻眼の白き妖精入店お断り”の張り紙を出すまでに至るのであった。
「まあ暫くすればほとぼりも醒めて、また遊ばせてくれるだろうからそれまで我慢だね」
「それまでに妾は暇で死んでしまうぞー」
葡萄ジュースをストローでチューチュー吸い上げながら文句を言っていると、入り口からカランカランと音が鳴り誰かが来た様子、まあここはファルコンのフィギュア屋なので客に決まっているのだが、悠紗は入り口の方へ視線を向けると怪訝顔をする。
入って来たのは女性であった。ワンレンヘアに太眉、真っ赤なルージュにサングラス、服装はワインレッドカラーのボディコンシャス・スーツであった。
まるで80年代からタイムスリップしてきたのではないかと思うようなその出で立ちに、悠紗は口をあんぐりと開け飲み途中だったジュースをダラダラ垂らしながら呆然とする。
その女性はハイヒールの踵をカツカツと鳴らしながら近づいてくると、悠紗には目もくれずにファルコンを見据えると口を開いた。
「久しぶりね……ハヤト」
「……その名前はもう捨てたよ、ミキ」
悠紗は開いた口が塞がらず、ファルコンとボディコン女を何度も交互に見返す。
どうやら二人は知り合いのようなのだがなんなんだこの展開は? まるで昭和のドラマのような展開に悠紗が唖然としていると、ファルコンが申し訳なさそうに悠紗に言う。
「悠紗ちゃん、すまないが今日はもう店仕舞いにしたいんだけど……」
なんとなくだが居心地の悪そうな感じのファルコンに悠紗が席を立とうとするのだが、それをボティコン女が止める。
「あら、私は別に構わないわよ。それにしても、今は随分と可愛らしいお嬢さんとペアを組んでいるのね」
「彼女は友達であってパートナーではないよ」
「へぇ、やっぱり引退したって言う噂は本当だったのね」
ファルコンは無言のままなのだが、サングラスの奥の瞳が一瞬揺らいだように悠紗は感じた。
「それでも……たとえ引退したとしても、あなたと私が仲間を裏切ったと言う過去は消せないのよ……」
女のその言葉にファルコンは、バンっ!とショーケースを叩くと静かに言う。
「その話なら二人きりでしたい……悠紗ちゃん、悪いけど今日は帰ってくれないかい」
結局悠紗はわけがわからないまま店を後にすることになった。
あんな余裕のないファルコンの姿を見るのは初めてであった為少し心配になるも、他人には入り込めない、なにかのっぴきならない事情があるのだろうと察し何も言わなかった。
去り際に振り返り二人の姿を見るのだが何を話しているのかまでは聞き取れなかった。
「一体何者なのだあの女は……」
怪訝顔をしながらブツブツと中央通りを歩いていると後ろから呼び止めらる。
「ゆうっさっどの~!」
「おお! 兄者と弟者ではないか、久しぶりであるな」
それはあの二人であった。皆さん覚えているだろうか? クローディアとアキバに来た時に悠紗のUFOキャッチャーの解説をしていた二人組のことを、あれから度々悠紗のプレイを目撃した二人はすっかりファンになり、SNS等ですごい少女がいるぞと拡散させたのもこいつらであったりするのだ。
「なにやら難しい顔をしていたみたいでござるが、どうされたでござるか?」
「うむ、兄者よ。ファルコンの店にな、時代錯誤の女が現れて二人なにやら神妙な面持ちで話しをするもんだから帰って来たのだが、あれは一体なんだったのかと考えていたのだ」
「ファ……ファルコンさんの店でござるか……」
悠紗が二人を見やると、なにやら顔を見合わせながら気まずい感じの表情をしている。
「なにか知っているのか?」
悠紗が二人を睨み付け問い質すと弟者がゆっくりと口を開く。
「それはたぶん……ミキさんでは……」
「お! 弟者!!」
兄者が慌てた様子で弟者を見るのだが、弟者は目を伏せるとゆっくりと話し出す。
「その人はミキさんと言って、昔ファルコンさんがやっていた仕事のパートナーだった人でござる」
「パートナー? なんだその仕事とは?」
「……掃除屋でござるよ」
1990年代、ス〇Ⅱのヒットを皮切りに空前の格闘ゲームブームが到来する。
様々な格闘ゲームの筐体がゲームセンターに所狭しと置かれ、ゲーマー達の間でその技術の腕が競われた。
当時の対戦は基本同じ店内でのマッチング、筐体が向かい合って置いてありプレイ中に対戦相手が乱入してくるというシステムであった。
腕に覚えのある者ならば対戦者が居る限りワンコインで延々と遊び続けることができた。
そう言った中ゲーセン荒らしと呼ばれる集団が現れる。確かな腕を持つ者達であるのだが、徒党を組み一つのゲーセンに入り浸るとまずは初心者狩りを始める。圧倒的なプレイテクニックで完膚なきまでに叩きのめされた初心者プレイヤーは、自分にはこのゲームは向いていないのだと心を折られ格闘ゲームには二度と触れなくなった。
そして、それを良しとしない良心的な中級、上級プレイヤー達が果敢にも立ち向かうのだがソロプイヤーでは限界があった。
徒党を組んだ奴らには敵うはずもなく、精神的に肉体的にそして金銭的に追い詰められゲーセンを去って行った。
奴らはそうやって格闘ゲーマー狩りを繰り返し、蝗の様にゲームセンターを転々としていたのだが、それを次々と破って行く猛者が現れる。
それが、HAYATOとMIKIであった。
完璧とも呼べるプレイテクニックでゲーマー狩り達を打ち破って行き、必ずスコアにその名を刻んで行くのだ。
彼らの噂は瞬く間に広まり拡散されていった。ゲーセン経営者からの依頼により、報酬を貰ってゲーマー狩り達を狩っていたという噂話も流れていたが真実は不明であった。
彼らの出現によりゲーマー狩り達は鳴りを潜めて行くのだが、次第に格闘ゲームブームにも陰りが見え始めその姿を見る者はいなくなったと言う……
「なんじゃそりゃああああああああ!」
「うっわ汚ねっ! 悠紗殿、ポテトが飛んできたでござるよ!」
マ〇クの店内で揚げ芋をむしゃむしゃと食いながら話を聞いていた悠紗が叫ぶと、食いカスが兄者の顔面に向かって飛び散る。あれ? これご褒美じゃね?
「おまえら、妾をからかおうと適当な作り話をしているのではないだろうな?」
「そんなことしないでござるよー」
紙ナプキンで眼鏡を拭きながら答える兄者。
「それが本当だったとして、あの女が言っていた仲間を裏切ったと言う話、それにどう繋がるのだ?」
悠紗のその質問に二人はまた難しい顔をする。どうやら事情を知っているようなのだが話したがらない様子に悠紗は苛々を募らせる。
「もうよいっ! 話したくなのであれば本人に直接聞いてくるわあっ!」
「うっわ汚ねっ! 悠紗殿、レタスが飛んできたでござるよ!」
ビッグマ〇クを頬張りながら話を聞いていた悠紗が叫ぶと、食いカスが弟者の顔面に向かって飛び散った。
二人は慌てて席を立とうとする悠紗を止める。この話を自分達がしたことをファルコンに知られたら怒られると思い観念した様子で兄者が言った。
「わかったでござるよ! 話すでござる!」
「最初からもったいぶらずに話さぬか馬鹿者共が」
「実は、HAYATOはゲーマー狩りの一員だったって噂があるでござるよ。それがある日を境にゲーマー狩りを逆に狩っていく掃除屋になったってもっぱらの噂でござる」
なるほど、だから裏切ったと言うのか? しかしあのミキとか言う女もパートナーとして一緒に行動をしていたのなら、ファルコンを裏切り者と呼ぶのはおかしいのではないのか? 悠紗はますます悩んでしまう。
「なるほどな。しかしそれはとんだ逆恨みではないか」
「そうでござるが、ゲーマーと言うものはそう言う性分なのでござる。一度団体に入った者がそこを抜けるのにはそれなりの理由が必要なのでござる。もし抜けるのであれば二度とそのジャンルには戻ってはならない、ましてや元同僚を逆に狩って行くなど御法度中の御法度でござる」
「なんなのだそれは、面倒な奴らだな……」
まるで暴走族と変わらないではないかまったく。悠紗は辟易としながら答えた。
マ〇クを出ると兄者、弟者と別れ悠紗は再びファルコンの店に行こうとするのだがそこでまた誰かに呼び止められる。
「あら、あなた、さっきハヤトの店に居たお嬢さんじゃない?」
振り返るとそこにはボディコン女・ミキが居た。
「なんだ、おまえか……妾になにかようか?」
「ふーん、さっきハヤトから聞いたわ。あなたが今ここら辺で話題の隻眼の白き妖精さんだったなんてね。彼は否定していたけど新しいパートナーとしてはうってつけね」
「……パートナーだと? そんなことはどうでもいい、妾になにかようかと聞いているのだ」
質問に答えようとしないミキに悠紗は苛立つ、それにしてもこの女……どうしてこうも昭和臭いのだ。髪型といいメイクといい格好といい話し方といい完全にバブルである。というかなんでそんなものを昭和臭いと悠紗が感じるのかは謎である。
しかし平成生まれの若者も昭和を生きたわけではないのに、昭和の物になにか懐かしさを感じると言う話はよく聞く、あれはもしかしたら日本人のDNAに刻まれた魂の共鳴のようなものなのかもしれない。
まあそんな話はさておき、ミキは屈んで悠紗の顔を覗き込むと右手でサングラスを少し下にずらして言い放った。
「ちょっと付き合って貰えるかしら」




