おいでませ!地蔵相談所 03
「それで、手伝いって何をすればいいの?」
健乃は何も聞いていないことに気付いた。
「なに、そう難しい話ではない」
地蔵はそう言い放ち、間延びした口調で続ける。
「あれじゃよ」
「アレ?」
「えーと、ちょっと待っておれ」
そう口にする地蔵が何やら力を込めると、ゴリゴリと音を立てて右手が動く。
「わ、動いた!」
「動けんと不便じゃろうが」
「それゃまぁ」
「それに、昔話の時点で荷物を送り届けておったじゃろ。今更動くことに感心するでないわ」
「あ、ハイ」
「とはいえ――」
小さく溜め息を吐く地蔵。
「この身で動くのは疲れるからな。日に数刻が限度じゃ。儂は動かんのが仕事じゃからな」
「あ、私もー」
「座敷童子は子供と遊んどれ」
「ちぇー」
インドア座敷童子には冷たい世間である。
「で、何の話だっけ?」
「お前が何を手伝うのかという話だ。ホレ、あそこにある看板を見てみよ」
「看板?」
言われて地蔵の指先を追って見上げると、申し訳程度に建てられた掘っ立て小屋の鴨居に粗末な看板が掲げられている。
そこにはミミズがのたくったような達筆が記されていた。
「……字? それとも絵?」
「座敷童子には教養がないと見える」
「こんな下手くそな字、見たことないもん」
「下手とは失礼な。この達筆がわからんか」
「せめて読めるように書いてよ」
「それはひらがなで書けという意味じゃな?」
「違うよっ。もっと上手く書いてってことだよ!」
「わかった。次はひらがなで書くことにしよう」
「わかってないっ」
「冗談じゃ」
勝手に饅頭を食べた意趣返しのつもりなのかもしれない。
「ちなみにその看板には『地蔵相談所』と書かれている」
「しぞう……そうだんじょ?」
「そうじゃ」
「お地蔵様は何で石でできているんですか、とか聞く場所ってこと?」
「そういう質問も受け付けてはいるが、別に儂に関する質問だけを受け付けているのではないぞ」
「じゃあ、何を相談するの?」
「何でもじゃ」
「何でもっ?」
健乃はちょっとワクワクし始める。
「うむ、何でも聞くがいいぞ」
「例えば、今夜何を食べたらいいのか、とか」
「良い質問じゃな」
「例えば、まんじゅうがお腹一杯食べたい、とか」
「非合法な手段での調達はオススメせんぞ」
「例えば、お地蔵様に供えられるおまんじゅうは全部もらっていいの、とか」
「もはや単なる要求じゃな」
「例えば、寄越さないとお尻の辺りに錐で穴を開けちゃうぞ、とか」
「それはもう脅しじゃな」
「つまり、まんじゅう食べてもいい?」
「諦めろ」
バッサリいった。
「全然相談に乗ってないっ!」
「そもそも相談しとらんじゃろ」
座敷童子というよりは単なる子供な健乃を見て、怒るどころか表情を和らげる。
地蔵は元々子供が好きなものなのだ。
いや、怪しい意味ではなく。
「ともかくじゃ、今のお主は饅頭を食べることではなく、儂の手伝いをするためにここにおる」
「そういえばっ」
「もう忘れとったのか、難儀な子じゃな」
「それで、相談所で何を相談するの?」
「何をと言われてもな、お客人が訪れなければ何も始まらん」
「あー、私とお地蔵様が相談するんじゃないんだ」
「してどうする」
「まんじゅうについてとか」
「明日も同じことを繰り返すのか?」
「明日は部屋の隅の暗がりについてとか」
「すまんぬが、それは専門外じゃ」
「えー」
こう見えて地蔵はアウトドア派である。というか野宿生活である。ホームレスである。
「というかさ」
粗末な掘っ立て小屋をマジマジと眺めつつ、健乃は首を傾げた。
「こんなところに誰か相談になんて来るの?」
「ご挨拶じゃな」
「挨拶に来るの?」
「いやそうではなく」
「ん?」
「心配せんでもお客人は来る。街には悩み事が山のように転がっておるからな。人が多ければ悩みも自然と増える。自然の摂理というヤツじゃ」
「ふ~ん」
「と、噂をすればなんとやら、じゃな」
「え?」
言われて健乃は周囲に視線を走らせるが、通行人どころか通行犬すら見当たらない。せいぜい空の高いところでお日様が笑っている程度だ。
が、誰も居ないと言いかけた彼女も、すぐに気づく。
足の裏から膝の辺りに上ってくる微かな振動、すなわち地響きに。
それは最初、気のせいと思えるほどの突き上げだったが、近づいてきているのだろう。次第に明確な振動へと変わっていき、それに伴ってズシンズシンと派手な音を撒き散らして迫ってくる。
しかし、不思議なことに姿は見えなかった。
「何をしておる。さっさと小屋に入らんか」
いつの間に移動したのか、掘っ立て小屋に入った地蔵が手招きしている。
「え、でも」
目に見えない地響きに、珍しく怯える健乃。
「この小屋はお客人用の入口になっておる。こっちから姿は見えんよ」
「あ、そうなんだ」
「まぁ、お客人にも都合というものがあるでな。過度に干渉しないことも優しさじゃ」
「なるほどー」
健乃、ちょっと感心。
「そういうワケじゃから、お客人の素性を探るような言動は慎むようにな」
「あ、うん」
「あとはまぁ、とりあえず隣に立って見とれば良い。何をするか決まったら、色々と手伝ってもらうからの」
「わかった」
頷いて小屋に足を踏み入れると、そこには薄絹が見えた。すでに客人は小屋に入っており、そのシルエットが浮かんでいる。
「……四角い」
お客は、どう見ても箱だった。




