おいでませ!地蔵相談所 02
「かさじぞう?」
健乃は首を傾げて眉根を寄せる。
「うむ、笠地蔵じゃ」
「笠……地蔵?」
「そうじゃ」
「お地蔵様、その頭に被っているのは手拭いっていうんだよ?」
「知っとるぞ」
「笠地蔵?」
天地がひっくり返るほどに首を傾ける健乃。
「まさかお主、笠地蔵の話を知らんのか?」
「えーと……昔お母さんに聞いたことがあるような」
「まぁ、それなりに有名な話じゃからな」
「笠が売れなくて地蔵様に八つ当たりした話だっけ?」
「違うぞ」
「じゃあ知らない」
「お前の母親は何の話をしたんじゃ……まぁ良いわ。聞かせてしんぜよう」
笠地蔵あらすじ、はっじまーるよー。
笠地蔵とは、結構有名な昔話である。
あるところにとても貧乏な老夫婦が住んでいたのだが、このままでは年も越せないと笠をこしらえ、近くの町に売りに出ることにした。
しかし売れない。
一つも売れない。
これが少女なら笠を燃やして暖を取るところだが、おじいさんは負け犬らしくすごすごと退散することにした。
その帰り道、おじいさんは六地蔵の前を通りかかり、頭に雪の積もっている地蔵様を見て、まだ防寒装備を纏っているだけ自分の方がマシだなと思いつつ、同情心から売れ残りの笠を恵んでやることにした。
ところがである。
笠は五つしかない。一つ足りないではないか。おじいさんはこの半端な状況に舌打ちしながら使い古しの手拭いを取り出すと、適当に被せて結んでヨシとした。
さて、恩着せがましいとはいえ、受けた恩は返すのが礼儀である。
地蔵たちは正月の早朝地鳴りを響かせながら老夫婦の家を襲撃……ではなく訪れる。そして一通り騒いで二人の安眠を妨害した後、満足して戻っていった。
たくさんの食べ物という、迷惑料を置いて。
こうして老夫婦は、美味しい正月を過ごすことができたのでした。
「うん、大体わかった」
「儂の偉大さが伝わったようで何よりじゃ」
「でもね、お地蔵様」
「何じゃ」
健乃は声を潜めて口を寄せる。
「盗んできたものを他人にあげるのは、良いことじゃないような気もするなー」
「何の話をしておる?」
「え、お地蔵様が盗んできた食べ物を分けてあげたって話でしょ?」
「違うぞ」
「え、違う?」
「あの餅や野菜は、コッソリ隠しておいたものじゃ」
「えー……だったら――」
健乃は右手を持ち上げ、地蔵の顔を指さす。
「どうしてコソ泥の格好してるの?」
「しとらんぞ」
「手拭い被って鼻の下で結んでいるのにコソ泥じゃないなんてっ。そんなのおかしいよ!」
実際にそんな格好でコソ泥やるのも、かなりおかしいが。
「仕方ないじゃろ。この手拭い短くて、顎の下まで届かんのだ」
何もかも貧乏が悪い。
「あ、それと――」
健乃、ふと思いつく。
「どうして一人なの? ケンカでもしたの?」
「その言葉、そっくり返してやるわい」
「別にケンカなんかしてないもん」
健乃は口を尖らせる。
「そもそも、六地蔵が簡単に見つかったら、あんなにお腹空くこともなかったし、おまんじゅうだって食べちゃったりしなかったし、タニシだって怒らなかったもん」
「何じゃ、儂らを探しとったのか」
「何言ってるの。お地蔵様は独りぼっちでしょ」
「だから、儂は笠地蔵の六番目だと説明しただろうが」
「……えっと、つまり」
「うむ」
「全部お地蔵様のせいじゃないのっ!」
「何でじゃ」
「大体さ、タニシは怒りすぎなんだよ。あんなに怒ることないのに」
「うむ、聞こうか」
コソ泥スタイルでも地蔵は地蔵である。
「私だってさ、別にまんじゅうが食べたかったんじゃないんだ」
「うむ、そうなのだろうな」
悩みの根源というのは、別のところにあるものだ。
「ホントはまんじゅうなんて食べたくない」
「うむうむ」
「ここの名物が食べたい」
「ん?」
おや?
「だってせっかく旅してるんだよ。その場所でしか食べられない何かがあるって、そう思うの」
「うむ……」
雲行きが怪しい。
「地蔵なんていいから名物食べたいって言ったら怒って」
「そりゃそうじゃ」
食べ物しかなかった。
「そしたらタニシったら、まんじゅう食べたんだから我慢しろなんて言うんだよ。だから私言ってやったの。それ食べたのタニシだよって」
「サイテーじゃな」
「そしたらタニシ、もうここで待ってろって言いだして……」
声のトーンが落ちる。
「ほう」
地蔵は少しだけ察した。
「ホント、ひどいよっ」
憤りつつ、健乃は最後に残っていた饅頭を摘み上げ、モグモグと食べだす。
「うむ、お主がどうしてタニシを怒らせたのか、よくわかった」
「別に怒らせてないもん。勝手に怒ったんだもん」
「まぁこれからは、目の前にあるからといって饅頭を食べんことじゃな」
「おまんじゅうは、食べるものだよ?」
「儂がボケたみたいに言うのはやめんか。それに――」
一呼吸置いて、地蔵は続ける。
「今のお主には、離れてみることも必要じゃろ」
「何の話?」
「お主が現在とても暇を持て余しとる、という話じゃ」
「別にヒマじゃないもん」
「まぁそう言うな。どうやらお主らは儂を探しとるようだし、待っとればいずれこちらにやってくるじゃろ。それまで少し手伝えば、恩を返すくらいのことは期待して良いぞ」
「恩を、返す?」
「老夫婦は何を貰ったんじゃったかのぉ?」
「あっ!」
健乃の目の色が変わる。
「私、名物食べたい!」
こうして、取引は成立したのであった。




