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おいでませ!地蔵相談所 01

「タニシなんて嫌い!」

 健乃はそう言い放ってタニシを投げた。

 緩い放物線を描いたタニシは、あーれーという情けない悲鳴と共に回転しながら宙を舞い、近くに立っている立派な桜の木にぶつかって転がり落ちる。

「もういい!」

 珍しく大きな声を張り上げた健乃は踵を返すと、走り去る。その小さな背中を、やや困り顔の鬼と天地がひっくり返ったまま渋面を浮かべているタニシが見送った。

「……追わないのか?」

「追ってもよろしいので?」

「いや、ちょっと困る」

 溜め息を吐きながら起き上がったタニシを摘み上げた凶華は、当然のように胸へと乗せる。

「まぁ、この街は治安も良いようですし、やっちゃん一人で歩き回っても問題はないでしょう」

「むしろ問題は饅頭屋の方だろうな」

「まさか、万引きですのっ?」

「何でお前ワクワクしてんの?」

「私ですら叶わなかった万引きの夢を、やっちゃんが叶えるのかと思うと、こうグッとくるといいますか」

「こなくていい。というか、ただでさえお尋ね者なんだから、そういうことはしないでもらいたいんだが」

 タニシの胃がまた痛くなる。

「でもさすがに、万引きはしないでしょう。別に饅頭がどうしても食べたかったから怒ったのでもありませんし」

「え、そうなの?」

 タニシがキョトンとする。

「それに、お腹が空いたら帰ってきますよ」

「ならいいけどさ」

 言葉とは裏腹に、その表情は浮かない。

「やっちゃんが心配ですの?」

「いや、やっちゃんが心配というか」

「というか?」

「お前の胸だとちょっと高いんだよ。やっぱりやっちゃんの頭が丁度いいな!」

「……その台詞、やっちゃんの前では言わないでくださいね」

「何でだよっ。べた褒めだぞ!」

「やっぱりタニシはタニシですわ」

 大きな溜め息を吐きながら、凶華は桜の木に背中を預ける。

 見上げればそこには、初夏の日差しを浴びて揺れる若葉があった。雪深い北国であっても夏は夏、今日は暑い一日になりそうだ。

「で、これからどうしますか?」

「そうだな」

 少し考えて、タニシは続ける。

「とりあえず、饅頭を手に入れておくか」

「そうですわね」

 凶華は笑顔で歩き出した。



 一方、勢いよく駆け出したは良いものの、健乃には帰る家も目的地も楽しく暇を潰せるだけの路銀すらもない。かといって散歩などという、ただ疲れるだけの趣味など持ち合わせているハズもない。

 すぐに走るのをやめ、しばらく歩いた後、背後を振り返って誰も追ってきていないことに少し腹を立てた彼女は、再び踵を返してそのまま歩き出した。

 健乃にだって意地はある。

 道端に転がっている小石の上にいるアリんこの銜えている砂粒よりも小さなものだったが。

「……お腹空いた」

 ちんけな意地が早々に尽きてしまった健乃は、ほっかむりをして独り佇んでいる地蔵の隣に腰を下ろした。そして地蔵に供えられていた二つの饅頭の一つ――三日くらい経ってすっかりカチカチになっているそれをひょいと摘み上げ、口へと持っていく。

 硬い食感に眉根を寄せた、その時だ。

「ちょいとお嬢さん」

 声が響く。

 渋い感じの男の声だ。

 世が世なら通報されるところだが、幸いなことにこの世はそこまで荒んでいない。

 健乃は口の動きを止め――るかと思いきやそのままもぐもぐと食べつつ背後を振り返り、上を見上げて、正面へと視線を戻して人の姿がないことを確認すると、空耳だと判断した。

「ちょいと、そこの可愛らしいお嬢さん」

 健乃、反応せず。

「ちょいと、そこの饅頭食べてるお嬢さん」

 お世辞には反応しないが食べ物には反応した。

「誰?」

「こっちじゃこっち。隣にいるじゃろ」

 キョロキョロと首を巡らせる健乃の視線が、右隣に鎮座している地蔵で止まる。

「え、ひょっとしてお地蔵様?」

「当たり前じゃ。地蔵以外に誰がしゃべる。そこで砂粒を運んどるアリんこがしゃべるとでも?」

「いや、私の村ではお地蔵様もしゃべらなかったけど」

「そいつは無口なんじゃ」

「えー……」

 何だか納得のいかない健乃。

 しかしそんなことはお構いなしに、地蔵は言葉を続ける。

「お前さんみたいな幼子がこんな町はずれに一人でどうした?」

 今の健乃には答えにくい質問だ。体の良い言い訳すら思い浮かばない以上、口を噤むしかない。

「一緒におった仲間はどうした。近くにはおんのか?」

 初対面だと思っている健乃は、素直に小首を傾げる。

「何で知ってるの?」

「今朝ここを通っただろうに」

「え、そうだっけ?」

 自動運転機能付きナビ搭載の健乃が道など憶えているハズもない。

「儂の前に供えられていた三つの饅頭の一つを持って行ったじゃろうが。タニシが一つにしておけと言わなければ全部持っていくところだったじゃろうが」

「……知らない」

 何となく思い出したものの、今はタニシのことを思い出したくないのでそういうことにする。

「そしてたった今、二つ目を食べたワケじゃが」

「固くて美味しくない」

「タダで貰ったどころか奪った饅頭にダメだしとは、なかなかに豪気な幼子じゃな」

 褒めているのかは微妙なところである。

「それでどうした。喧嘩でもしたか?」

「別に喧嘩なんて……」

「図星か。何なら儂に話してみよ」

「お地蔵様に相談?」

「そうだとも」

「何だか淋しい人みたい」

「今のお嬢さんにピッタリじゃないか」

 健乃は少しムッとするが、反論はできない。

「まぁ、そんな顔をするな。こう見えて儂はそんじょそこいらの地蔵ではない。笠地蔵の六助と申すものじゃ」

 そう言って、地蔵は『笑った』

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