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古屋のもりもり 06

 澄んだ青い空に、屋根が飛ぶ。

 巨木かと思うような水柱に突き上げられた綺麗な八角形の屋根は、ゆっくりと回転しながら周囲に水しぶきを振りまきつつ、キラキラと輝く陽光を纏って放物線を描く。

 それはしばし、風を切って木々の上を泳いだ後、お堂を中心とした広場の端っこに重低音を響かせて着地した。

「よし、明るくなったぞ!」

 頭上を覆う屋根が綺麗サッパリなくなって、タニシが満足そうに頷く。

「びしょびしょなんだけど」

 健乃の眼差しは不満そうだ。

 とはいえ、大して広くもない密閉空間で洪水を起こすような水量を射出したのだから、当然と言えば当然である。

「仕方ないじゃないか。なぁに、今日はいい陽気なんだし、すぐに乾くって」

「タニシもカラカラに乾かしてあげる」

「干物になるからやめて!」

 アミノ酸が増えそう。

「そんなことより、もう壁を壊しても構いませんわね?」

「あぁいいぞ。遠慮なくやってくれ」

「そうですか。それなら――」

 頷くなり目の前の壁に拳を振り上げ、捻りを加えて突き出す。

 無造作というか、まるで小さな子供のような非効率的なモーションからは想像できなかった轟音が、壁三枚を見事に弾き飛ばした。

 狼と猿、そして副官の顎が同時にガクンと落ちた。

「ホラ見ろ。あのまま壁を殴ってたら絶対に屋根が落ちてたぞっ」

「さすがにあの時なら、もう少し力加減しましたわ!」

「力加減とか、お前にできるのかぁ?」

 タニシの懐疑的な眼差しに凶華が機嫌を損ねる。

「失礼ですわね、タニシのクセに」

「僕は見ての通り、どんな時でも仕事は完璧だ」

「びしょびしょ……」

「やっちゃんがこんなに濡れて、風邪でも引いたらどうするんですかっ? ナメクジに殻がついただけのタニシと違って、やっちゃんは繊細なんですよっ」

「ひどいやっ。というか、カビの生えたおにぎりを平気で食べようとするやっちゃんが繊細なワケないだろっ。そして繊細さの欠片もないお前にそんなこと言われたくないわっ!」

「私の仕事は完璧かつ繊細と評判でしたが、何か?」

 確かに今日の仕事しゃちほこは繊細な逸品である。

「あのっ!」

 お堂に大きく開いた出入り口を塞ぐようにして対峙していた鬼とタニシに、張りのある声が割って入る。

「何ですの?」

 振り向くとそこには猿が居た。

 しかし声の主は猿ではないのか、彼は自分の背後をちょいちょいと指さしている。

 言うまでもない。白狼である。

「あぁそうだ。そういや、ふるやのもりの再現って話だったよな。けどお堂がこうなっちまった以上、別の建物なんて用意できるのか?」

「あ、それはもういいです、ハイ」

 猿の尻からひょこりと顔を覗かせて、狼はそんな台詞を言い放つ。

「もういい?」

「はい、もういいです、ハイ」

タニシが殻を傾けると、同じように顔を傾けて狼が答える。

「え、古屋のもりはもう怖くないってことか?」

「いえ、怖いですがそれより――」

 言いかけて不自然に止まる。

「それより?」

「えっと、貴方たちはどうしてこの山に来られたのかな、と」

「うん?」

「いやだって、この山って旅人も結構避けるところですよ?」

「え、そうなの?」

 タニシが返答を求めると、副官が小さく頷く。

「まぁ、そうですねぇ。山賊の根城があって狼が闊歩している山ですから、地元の方たちもあまり踏み込んでは来ません。山菜の時期は別ですが」

「だからえっと、何か目的というか、用事があったのではいかなぁっと思いまして。あ、ひょっとしてですけど、この山に定住しようとか思っているのではないですよね?」

「ん?」

「ああいえっ、別に住んじゃいけないなんて言うつもりはないんですがっ、こんな何もない場所では退屈させるのではないかと危惧している次第でして、ハイ」

 よくわからない顔をするちんまりしたタニシに、立派な毛並みの白狼が慌てて言い訳を並べる。

「いや別に、ここに住もうなんて思ってないけど」

「そうですか。それは良かっ――ではなく、残念です」

 安堵しているらしい。

「まぁ確かに、この山に入る理由と言ったら山菜くらいしかありませんから、どうしてと思うのは私にもわかります」

「そんなに誰も通らないのか、この山」

「ウチの親分も、それなりに名は知れてますからね」

「でもちょっと前に三人組だったか? 旅人がこのお堂に泊まったんだろ?」

「えぇまぁ」

「そいつらは何の目的でこの山に入ったんだ?」

 タニシの言葉に副官は顎の不精髭を撫でながら、思い出す。

「えっと確か……六地蔵さんに知恵を借りに行くとか何とか、言ってた気がしますね」

 キラリと、タニシの目が光る。

「その話、詳しく!」

「えっ、詳しくと言われましても、何を聞きに行くとか聞いたワケでもありませんし」

「ちなみにその六地蔵さんとやらは、どっちにいるんだ?」

「この山を越えた北の村にいますよ。義理堅く博識だと聞いたことはありますけど」

「うむ、それだけ聞ければ十分だ」

 タニシは大きく、満足そうに頷いた。

「やっちゃん、凶華、行き先が決まったぞ」

「……また歩くの?」

 えー、という顔をする健乃。

「屋根のなくなったお堂に住みつこうとするな」

「だって、お地蔵様って、食べられないよ」

 石だからね。

「甘いな、やっちゃん。お地蔵様と言えばお供え物だぞ」

 おい。

「なるほどっ」

 この幼女、躊躇なく食べる気である。

「ちょっと待ってください。親分への挨拶はどうなるんですの?」

「もうしただろ」

「では、世界を闇に落とす同盟の交渉は?」

「そんなのする気ない」

「何のためにこんな山奥に足を運んだと思ってますのっ?」

「いやだから、最初から山賊に挨拶とかする気なかったから。結果的には目的地が見つかって良かったけども」

「そこの狼さん!」

 納得のいかない凶華は、猿のお尻から顔を出している狼へと右の人差し指を突きつける。

「ひいぃぃいぃぃっ!」

 悲鳴が上がった。

「さぁ、今すぐふるやのもりとやらを克服なさいっ。そして感謝の気持ちを親分に伝えるのです。さすれば輝かしき悪の同盟が――」

「もういいから、行くぞ」

「あ、こら、待ちなさい!」

 うとうとと半分寝ている健乃の手足をタニシが操縦して、お堂から草地へと歩み出る。

「あ、そうだ」

 頭の上でタニシだけが振り返り、続ける。

「さっきはもういいって言ってたけど、古屋のもりがまた怖くなったら呼んでくれよ。また相談に乗るからな!」

「ひいいぃぃぃぃっ!」

 狼の悲鳴が森に木霊する。

 この日、彼はふるやのもりより怖いものがあることを、知った。

 だからもう、ふるやのもりは怖くない。

 怖くなったら、また『ヤツら』が来てしまうからだ。


 とっぴんぱらりのぷぅ

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