古屋のもりもり 05
「じゃあ早速壊しますわよ。いっせー――」
「ちょっと待ったぁ!」
「何ですの、タニシ?」
タニシの必死な絶叫に不満顔を返す凶華。もちろん真っ暗闇なので見えることはなかったが。
「凶華よ、よく考えるんだ」
「考えるのは出てからでも遅くないですわ」
「遅いよっ」
「どうしてです?」
「お前の目の前には何がある?」
「何って――」
そう言われて凶華は闇に手を伸ばし、鉋掛けの行き届いた滑らかな表面を撫でる。
「壁ですけど」
「うむ、お前は今壁を壊そうとしている。そうだな?」
「えぇ」
「ちなみにお前、この建物の見た目は憶えているか?」
「小さなお堂でしたけど、それが何か?」
何が言いたいのかわからず、凶華は不満そうに眉根を寄せる。これもやはり真っ暗なので見えなかったが。
「問題はそのお堂の形だ」
「形と言われましても、どんな形してましたっけ?」
「確か綺麗な八角形でしたね」
「そう、その通りだ」
不意に挟み込まれた副官の言葉に、タニシは大きく頷いて同意する。
「しかも、見た感じ柱のようなものは見当たらなかった。内側から触っても柱はなかっただろ?」
「あぁ、なかったな」
一回りした猿が裏付ける。
「つまりこのお堂は、八枚の壁によって天井を支える、そういう建物なんだ」
「八枚もあるなら一枚くらい壊しても構わないのではありませんこと?」
「うむ、そういう考えもある」
「なら早速――」
「待て待て待て」
大きく振りかぶる凶華の気配を察したタニシが慌てて止める。
「まだ何かありますの?」
「凶華、お前は強い。さすがに鬼を名乗るだけのことはある」
「……今更誉めても何も出ませんわよ」
しゃちほこ以外。
「しかしその力、ちゃんと調整できるのか? 思い切り力一杯叩きつけようとしていないか?」
「思い切り殴るのが悪党らしくていいじゃありませんか」
「いや、そういうことではなく。お前の力で思い切り殴って、一枚ではなく隣の壁、それどころか両隣まで一緒に吹き飛んでしまったりするのではないか?」
「それの何が問題なのかわかりませんが?」
「問題だよっ!」
やっぱりわかってなかったとわかり、タニシは抗議の声を上げる。
「そんなことになったらお前、天井が落ちてくるだろうがっ。お前はいいよ。あの程度の天井が落ちてきたところで水遊びしていた子供たちの水しぶきがかかった程度のことだろうからさ。でも僕たちはそうじゃないのっ。ぺちゃんこなのっ。ぺちゃんこちゃんなの!」
「ぺちゃんこちゃんって何ですの?」
「知らないよっ!」
「えぇ……」
困惑する凶華ではあったものの、タニシはともかく健乃を巻き込んでしまうことは事実なので、仕方なく振り上げていた拳を下ろすことにする。
「では、一体どうしたらいいんです?」
「わからんっ」
「わからんって、このまま闇の中でずっと過ごすつもりですのっ?」
「えっと……外から誰かが開けてくれるのを待つ、とか?」
「こんな森深くのお堂を訪ねてくれる誰かがいるんですの?」
「山賊さん、このお堂は日に何人くらいが足を運ぶものなんだ?」
凶華の疑問をそのまま副官へと流すタニシ。
「誰も居ないと思います」
というより、建てられてから初めての客が彼らである。
「そうなると、ずっとこのままだな」
言葉の割に猿の声は冷静そのものだ。
「ずずずずっとぉ?」
一方の狼はと言えば、白目を剥いているのが見えるほど声が上ずっている。
「得体の知れない建物、暗闇、これで雨でも降ってきたら完璧だな」
「ままままた降ってくるっ。ふるやのもりが降ってくるのおおぉぉぉぉぉっ!」
「おい猿。もうお前が犯人だろ!」
少なくとも原因の一端ではある。
「いやあぁぁぁぁっ。ふるやのもりが降ってくるのいやああぁぁあぁあぁっ!」
「あーもう、うるさいっ。降ってこないから。降ってくる予定だったけど、もう降らないから!」
「ああああの暗闇から降ってくるのかぁっ。いいいいつ降ってくるんだああぁぁぁっ!」
「ないからっ。天井があるだけだから!」
タニシの言葉は当然のように、白狼へ届かない。
そしてこの光すら通さない密閉空間である。余計に響いてとてもうるさい。
「ううう上からぁっ。上からあああぁぁああぁあぁっ!」
「だから何もないってのっ。あーもう、どうしたらいいんだよ!」
「吹き飛ばしたら?」
タニシの悩みに、落ち着きのある声が答える。
「何だって?」
「だから、吹き飛ばしたらいいんだよ」
健乃がいつの間にか起きていた。
というか、狼の絶叫に起こされた。少々ご機嫌斜めである。
「なるほど、何もなければ降ってくるものもなくなる、そういうことですわね」
「いや確かにそうだけどさ。どうやってだ?」
「タニシがやればいいんだよ。ウチの屋根を吹き飛ばしたみたいに」
「いや、あれは別に吹き飛ばしたくて吹き飛ばしたワケじゃないんだが……というか、まだ根に持ってるのか?」
「別に」
単に機嫌が悪いだけである。
「まぁいいか。おい凶華、ちょっと来てくれ」
「来てくれと言われましても、この闇の中ではどっちがどっちなのかわかりませんが」
「じゃあ壁沿いに歩いてくれ。その内にぶつかるから」
「わかりましたわ」
言われて凶華は壁に沿って歩き、アッサリと健乃やタニシと合流する。
「で、どうするのですか?」
「この前と一緒だ。いや、むしろ簡単だな。上に向かってぶっ放すだけだし」
「あぁ、なるほどですわ」
納得してタニシを引っ掴み、一度壁の位置を確認して回れ右をすると、凶華は上に向けてタニシを持ち上げた。
「ちょっと待て、凶華」
「何か不満でも?」
「高い。しゃがんでくれ」
「いや、この暗闇では高いも低いもないと思いますけど」
「何かわかるんだよっ。地面から離れるとザワザワするんだよ!」
「メンド臭いですわね……」
ブツブツと罵詈雑言を並べながら、それでもしゃがんでくれる凶華はやはり善良な鬼である。
「じゃあいくぞ。全員壁際に退避しろ!」
タニシは水の膜を張り、それを広げる。さすがに例の円盤を撃ったほどの大きさではないが、どれほどの威力が必要かわからないので、それなりに大きい。
「濡れるのは我慢してくれよ。三!」
足音が止まるのを聞いてから、カウントダウンを開始する。
「二っ」
闇の中で水膜の圧力が増していく。
「一っ!」
闇の真ん中に狙いを定め、決意を固めた。
「行けぇっ!」
ドンという鈍い音と共に、刻んでいないたくわんみたいな豪雨が、闇に降り注ぐのだった。




