古屋のもりもり 04
「ここです」
副官に案内されて行き着いたのは、森の奥深く、誰もこんな場所まで入り込まないだろうとツッコミを入れたくなるような場所に建てられたお堂だった。
例の円盤が割とギリギリで通過したのか、すぐ先は森が不自然に途切れており、崖みたいになっている。思わぬ絶景ポイントだったりする。
「何か新しいな?」
タニシの指摘する通り、こんな場所に建っている割には木材の光沢が鮮やかだった。
「えぇ、少し前に建て直されまして」
「誰か使ってるのか?」
「いいえ、誰も」
「なら何で建て直した」
「いや、気付いたら建て直されてまして」
「ワケがわからん」
「我々も当時は困惑したものです」
「世の中は広いな。僕らのような一般人には理解できないことも多い」
そう言いながらタニシはうんうんと頷いている。
お前がそれを言うのかと周囲の誰もが思ったところだが、誰一人一般人はいなかったので口にはしなかった。
「それで、このお堂で何をするのですか?」
「うむ、良い質問だ」
副官の問いにタニシは殻を張って答える。
「古屋のもりを再現しようと思ってな」
「そそそ、それってつまり……」
白狼が、相変わらず猿の背中に隠れたままで顔を覗かせる。
「うむ、百聞は一見に如かず、ということだ」
「ももももう一度ふるやのもりが降臨するんだぁぁあぁぁぁっ!」
「いやいや待て待て」
「この森に二つのふるやのもり……いやっ、既にもう何体もふるやのもりがいるんじゃないかっ?」
「いないからっ。一つもいないから!」
「嘘だああぁぁあぁぁああぁっ!」
「落ち着け、狼よ」
不意に猿が割って入る。
「おう、猿はさすがに理解したか」
「お前も、もうふるやのもりだ」
「手遅れかああぁあぁぁっ!」
「おい猿、お前わかっててやってるだろ!」
あからさまに素知らぬフリをする猿に溜め息を吐きながら、ここまで来てそんなことを言い合っても大して意味はないと理解したのか、タニシはそのまま続けることにする。
「とりあえず凶華、そこのガタガタ震えてる白いモフモフを、お堂の中へ放り込んでやれ」
「どうして私がそんな面倒臭いことを?」
「怖がるいたいけな狼を無理矢理暗闇に連れ込むなんて、最高に悪党だと思わないかっ?」
「興奮しますわ!」
もう駄目だ、この天邪鬼。
「さぁそこの狼さん、私が地獄に案内して差し上げます!」
ぐへへと笑いながら逃げようと腰の引けた白狼を無理矢理捕まえ、大事そうに抱え上げると、優しく毛を撫でつけながらお堂へと入っていく。
「うむ、とりあえずこれでヨシ。ホレ、お前たちも入れ。やっちゃん、僕たちも入るぞ」
「入って何するの?」
「あの狼に教えてやるのさ。古屋のもりの真実ってヤツを」
ドヤ顔のタニシに小首を傾げながら、薄暗い場所への抵抗はないのか健乃は素直にお堂へと入っていく。
そして、最後の一人である彼女の姿が初夏の日差しにくっきりと浮かぶ影の中へと入り込んだ瞬間、風が吹いた。
ゴウと、前触れなく通り過ぎたその風は、枝葉を大きく揺らし、高くなり始めた下草を倒し、観音開きの扉を閉めていく。
まるで茶菓子の入った戸棚が閉まるみたいな軽い音を立てて、お堂内に漆黒の闇が訪れた。暗い、のではない。黒いのだ。
「ふるやのもりだああぁぁぁぁぁっ!」
「あーうるさい」
とりあえず騒ぎ始める狼へ、やれやれとばかりに一声浴びせてから、タニシは改めて周囲の様子を窺ってみる。
しかし何も見えない。
輪郭とか遠近感とかそう言ったレベルではなく、突然失明したのではないかと疑いたくなるほどに何も見えなかった。
「何も見えん。おい凶華、鬼のお前は暗闇でも見えたりしないのか?」
「一応暗闇でも人間よりは見えますけれども、こんなに全く光がない状態では流石に見えませんわ。それにしても隙間一つ見当たらないとは、人間にしてはいい仕事しますわね。それとも、造ったのは人間ではないのですか?」
「どうなんだ、山賊の人」
「さて、どうなんでしょう。ウチの連中の話を信じるなら、普通の人たちだったみたいですが、見た目じゃわからない連中もいますからねぇ」
「確かに……まぁ今はいいか。とりあえずこの状況を何とかしないとな。おいやっちゃん、今すぐ背後を振り返るんだ」
「何で?」
「そこに出入り口があるからだ」
「ないよ?」
「いやあるだろ。ついさっきそこから入ってきただろ」
「あのねタニシ」
「何だ?」
「暗い所っていうのね、とても寝心地がいいんだよ」
「うん、それで?」
「私はね、特に隅っこが好きなの」
「だから?」
「ちょうどいい隅っこがないか、探し回っている最中なの。入口とかどうでもいいの」
「いつもは全然動かないクセに!」
「大丈夫。隅っこ見つけたら動かなくなるから」
「大丈夫じゃねぇ!」
タニシの絶叫と共に動きが止まった。無事に定位置が決まったらしい。次いで数秒も経たずに寝息が始まる。
「寝るの早っ!」
「で、結局どうしますの? 手探りで探します?」
「それしかないだろ」
「残念だが、それは無理だ」
否定の声を上げたのは猿だ。
「どうして?」
「壁沿いに回ってみたが、取っ手一つない。押してもビクともしない」
既に先回りして確認している辺り、やはりこの猿は有能である。
「えっと、つまり?」
「出口らしいとこはない」
「何だそれは!」
「いや全く、扉の位置すらわからなくなるとは、人間とは到底思えない素晴らしい仕事ですわね」
「感心してる場合かっ!」
匠の遊び心が満載である。
「ともかく、まずは出られないとどうにもなりませんね」
溜め息交じりの副官の声が弱々しく響く。胃の辺りを押さえているのが目に見えるような声だ。
「ふるやのもりこわいふるやのもりこわい……」
もう白狼は駄目かもわからん。
というか既に誰も、猿ですら気にしていない。
ちなみに猿の背中だと思ってしがみついているソレは、副官のお尻だったりする。
「まぁ、こんなことになった以上、仕方ありませんわね」
「おい凶華、何するつもりだ?」
「言うまでもないでしょう、壊すのですわ!」
意気揚々と、凶華は笑顔で宣言するのだった。




