三年目の寝太郎 17
それは、尊い犠牲だった。
自らを省みず、この村を必死になって救おうという姿勢は立派なものであったと、誰もが思ったことだろう。
そんなワケで、混乱も冷めきっていない翌朝、新たに造られた綺麗すぎるまん丸の石舞台の上で、石コ太郎の葬儀が盛大に行われていた。
急ごしらえなので色々と足りていないが、村唯一の坊さんが石コ太郎の遺体――ではなく衣服の切れ端と眉毛が仕舞われた大きな桶の前でお経を唱えている。
百人乗ってもビクともしない大岩の下敷きになった石コ太郎はさすがに跡形もなく、辛うじて回収できたものが切れ端と何故か眉毛であった。こんな状況下でもキリリと自己主張を続ける眉毛に、これがあの噂の凶華様の仕事かと、色めき立ったものである。
それはさておき。
皆が顔を伏せ、あえて坊さんの禿げ頭を見ないようにしているかのような素振りの中、健乃だけが顔を上げて桶の向こう側を眺めている。
視線は動かない。凝視している。
やがて小首を傾げ、眉根を寄せた。
「ねぇ」
「言うな」
タニシは端的に答えた。問われる前に答えた。
「でも」
「わかっているから言うな」
「あ、そうなんだ」
健乃はちょっと安心した。
見えているのが自分だけではないことに。
「けど、何で踊ってるの?」
「知らん。というか聞くな」
そう、桶の向こうで、まるでお経に合わせるかのように大きな男が踊っていた。というか筋肉を誇示していた。見せびらかしていた。
鬱陶しいことこの上ない。
「あ、わかった。ヒマなんだ」
「よしわかった。お前も暇なんだな」
「お腹空いた……」
「この茶番が終わったら何か食べさせてやるから、少し大人しくしててくれ」
茶番(葬式)が終わったのは、坊さんが堪えきれずに噴き出してしまった直後のことである。
「で、何の未練があってウロウロしてますの?」
さすがに見ないフリをするのにも疲れた一行が、遠巻きに見ている村人たちを代表するように石コ太郎へと声を掛ける。
「未練とは何の話だ?」
キョトンと、お前は何のために息をしているのだと問われたみたいな顔をして、石コ太郎は質問を返す。
「いや、だったどうしてここに居る?」
「気づいたら朝になっていたのでな。そしたら皆が集まって何やら坊主が歌っているではないか。だからオラが一芸を披露した」
「何してんだ、お前……」
タニシですら呆れる始末である。
「というか、これは何の集まりだ。昨日の宴会の続きか?」
「お前の葬式だよ!」
「オラの……葬式?」
「その桶に入っているのがお前の遺品だ」
タニシの言葉に応じて石コ太郎が大きな桶を覗き込む。
「毛虫しか入っとらんじゃないか」
「お前の眉毛だよ!」
「いやいや、オラの眉はもっとこう、荒々しい感じだったハズ」
「ウチの凶華のせいでそうなったんだよ」
というか、凶華のせいで眉毛だけ残った説が濃厚である。
「なるほど、お前たちの言いたいことは大体わかった」
「うむ、わかってくれればそれでいい」
「で、オラは騙されているフリを続ければいいのか?」
「わかってねぇ!」
バカに理解してもらうことの何と難しいことか。
「ねぇ」
その時、健乃が声を上げる。
「何だやっちゃん、何か良い説得でも思いついたか?」
「お腹空いた」
またそれか。
「我慢しろ」
「葬式終わったら食べ物くれるって言った!」
「確かに葬式は終わったが、これをこのままにはしておけんだろ」
昼夜問わずにウロウロされて、普通に迷惑である。
「まぁまぁタニシどん、そう言うてやるな」
「主にお前のせいだろ!」
「腹が空いたのなら、良い方法を知っているぞ」
「え、なになに?」
石コ太郎のドヤ顔に健乃が食いつく。
相手が幽霊でなかったら実際に食いついてた。
「丸い石を舐めるのだ」
「えー……」
「石はいいぞ。何しろ舐めても舐めてもなくならない」
それはそうだ。腹も膨れないが。
「ちょうどホレ、この丸くて平べったい石など良さそうではないか。これは実にいい。舐めても投げてもイケる。家宝にしてもいいぞ」
「えー……」
「むしろオラが欲しいくらいだ。がっはっは」
そう言いつつ拾い上げようと手を伸ばし、握る。
が、掴めない。
当然である。
「おかしいな」
石コ太郎は小首を傾げた。
「この石、掴めないぞ?」
「ちなみに言うと、石がおかしいんじゃないぞ」
「がっはっは、何を言うかタニシどん。それではオラがおかしいみたいじゃないか」
「だからそうなんだって」
「ではこの石を、タニシどんなら掴めるとでも?」
「いや、僕には無理だけどさ。やっちゃん、拾って見せてやれ」
「舐めないよ?」
「舐めなくていいから」
そう言われて安心したのか、健乃が易々と、というか実に至極当然な素振りで丸い小石を拾い上げる。確かに石蹴りにも水切りにも使えそうな石だ。
舐めようとは思わないが。
「バ、バカな……」
石コ太郎、驚愕する。
ちなみにバカはお前だ。
「だから言ったろ」
タニシの言葉に力無く崩れ落ち、石コ太郎は犬のように伏せた。
「……オラの完敗だ」
「ということはつまり、アレですわね!」
突然凶華が、喜々とした顔で割って入る。
「アレって何だ?」
「わからないのですか、タニシ。つまりこれは、我々の悪事に朝廷の犬が屈したということですっ。我々が勝ったのです。悪党として!」
「おいおい……」
「そうだとも!」
石コ太郎、復活。
「一度きりの敗北で諦めると思うなっ。この石コ太郎、生涯をかけて追うべき相手を見つけたり!」
「いや、お前の生涯、もう終わってるだろ」
「そうでなくてはっ。やはり大悪党には正義の追跡者が付き物です! これで私たちもいよいよ、本物の悪党の仲間入りですわね!」
「おいこら、僕の話も聞けぇ!」
タニシの絶叫が、澄んだ空に響き渡る。
「お腹空いた……」
呟いた健乃は、手に持った石を口に放り込んでみた。
土の味がした。
どっとはらい。




