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三年目の寝太郎 03

「びみょう……」

 まるで貰ったばかりの千両箱を小躍りしてたら海に落としてしまったかのような顔をして、石コ太郎は呟く。

 顔色は病的、というより土気色だ。

「微妙だとぉおぉおおおぉぉっ!」

 全身の筋肉から熱気が立ち上る。

「わわわっ、ちょいとお嬢さん、今すぐ謝って!」

「そうだべっ。でないと大変なことに!」

「微妙って言われたのが、そんなに悔しかったのか?」

 豹変についていけず小首を傾げる健乃の上にいるタニシが、のほほんと質問する。

「悔しいとかそういう問題じゃねぇべ!」

「ウチの親分は、微妙とか地味とか普通とか、そういう今一つっぽい言葉が何より嫌いなんでさぁ」

 永遠の三番手とか前座が仕事とか言われ続けたら、誰だってそうなる。

「さてはお前ら――」

 俯かせていた顔が持ち上がり、鋭い眼光が一行を射抜く。

 夜なら光っていた。というかビーム出そう。

「悪党だなっ?」

「その通りですわ!」

「お前もう黙れよ!」

 目を輝かせる凶華に、タニシがツッコミを重ねる。

「いや今のは違うんだ。ボクたちは別に怪しいモノじゃない。ただ単に寝太郎さんと世間話がしたくてだな――」

「よしわかった」

「わかってくれたかっ」

「このオレ、力太郎軍でも際立つ実力者である幹部の石コ太郎様をバカにした罪で、お前たちは死罪とする!」

「おいおいおいっ、いくら何でもいきなりすぎだろ!」

「タニシタニシ!」

「何だよ、凶華」

「死罪ですって死罪。凄いですよ。これで市中引き回しがつけば文句なしですよっ!」

「何で嬉しそうなの、お前は!」

 ヌーディストビーチの中学生みたいに興奮している凶華は、笑顔というよりは絶頂してしまいそうに見える。

「だって私、貰えるのは名誉だとか賞賛とか、海に投げることもできないゴミクズばかりだったんですもの」

「その方がいいだろ、普通に!」

「普通、だとぉっ!」

「いや、今のはお前に言ったんじゃないからねっ」

 怒りのためか、膨れ上がった筋肉がプルプルと震えている。

 タニシの言葉など、耳に入る前に叩き落とされていそうである。

「もう駄目だぁ。こうなった親分は止められねぇべ」

「おめぇら、さっさと逃げないとホントに殺されっちまうぞ」

 見張り二人はガタガタ震えている。

「そ、そうだな。おいやっちゃん、一時撤退だ。後ろを向いて全速力だ。途中に饅頭が落ちていても立ち止まるなよっ?」

「お饅頭が落ちてるのっ?」

「例え話だっ。そこに食いつくな!」

「何だ、がっかり……」

「意気消沈してる場合かっ。このままじゃ潰されるぞっ。ぺちゃんこだぞっ。元々薄い胸が更に薄くなるぞ!」

 このままでは潰されたタニシがちゃんちゃんこに張り付いて『ド根性タニシ』になってしまう。

 アレももう昔話みたいなもんだからいいだろ、というワケにはいかない。

「おい凶華、お前も早く――」

「嫌ですわ!」

「おいこらぁ!」

「せっかく悪党として表舞台に立とうとしているこの瞬間に逃げるなんて、そんな卑怯な真似はできませんわっ。正面から堂々と迎えうってこその悪党ですわ!」

「いや、悪党なら卑怯千万だろ……」

 つまりタニシは卑怯千万の悪党である。

「さぁ石コ太郎とやら、この私、天邪鬼の凶華が相手になって差し上げます!」

「おうおう、女一人にこの剛力、石コ太郎様が本気で止められると思っているのかっ!」

「いやお前、その剛力で負けてたじゃん」

 腰は引けつつ、茶々だけは入れるタニシ。

「というかだな、凶華」

「何ですの? 今から私の晴れ舞台なんですから水を差さないでくださいまし」

 物理的に差すことも可。

「いやあのな、盛り上がっているところ大変申し訳ないんだが」

「だから何ですの?」

「お前、あの筋肉に勝てるの?」

 端的かつ的確な疑問である。

「こう見えて私は鬼なのですよ。人間の見せかけ筋肉お化け程度に遅れはとりませんわ」

「うんまぁ、力負けしてるとは思わないんだけどさ」

「あー、なるほど、タニシは私の『病気』を心配しているんですのね」

「早い話がそうだな」

「それなら大丈夫です」

 自信たっぷりにたっぷりな胸を張る。

「え、どうして?」

「あの病気は、もう克服しました」

「マジか」

「マジですわ。何しろこの私、都を牛耳って多くの部下を従える誉れ高き一軍の将、かの桃太郎を退けたんですのよ」

「あの時意識が朦朧としていたボクが言うのも何だけど、そんな感じだったか?」

 肉の塊を偶然殴っただけである。

「私はあの瞬間、何かを越えたのですっ。殴りたいと思った相手を殴れた歴史的な出来事だったのですっ。そう、言うなれば私は生まれ変わったのです!」

 両手を高く掲げ、天に感謝する鬼が一人。

「わかったわかった」

「そういうワケで、お二人とも私の雄姿、とくとその目に焼き付けてくださいませ!」

「お、おう」

「お腹空いた……」

 とりあえず健乃は逃げる気がないというより動く気がない。

「地下の牢屋で寝る覚悟はできたか?」

「貴方こそ、後で女だから手加減したなんて負け惜しみ、言わないでくださいな。実力で負けたと、正直に言うんですのよ」

「ふん、心配するな。オレは女だからとて手加減はせん。むしろ十を越える女など忌むべき相手だ」

 おまわりさんこの人です。

「一撃で決めますわ!」

 腰を落とし、臨戦態勢に入る凶華。

「一撃で沈めてやるわっ」

 応じるように石コ太郎も身構える。

 二人は同時に駆け、同時に跳躍し、そして交錯した。

 空中でぶつかることもなく、それぞれが着地する。一見互いに空振りをしたかのようだが、そうではない。

 パキン。

 乾いた音と共に、結い上げていた凶華の髪留めが砕ける。見た目とは裏腹に、石コ太郎の攻撃は鋭い。

「がっはっは、そちらの攻撃はどうやら空振りだったようだな」

 そう笑いながら振り返る石コ太郎の顔を見て、一同が唖然とする。

 眉が、ゲジゲジが死に際にのたうち回ったかのように跳ねていた荒々しい石コ太郎の眉が、気持ち悪いほどキリリと整っていた。

「何でですのっ!?」

「いや知ってたし」

 タニシは何だか少しホッとした。


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