三年目の寝太郎 04
「人というのはな、凶華、そう簡単には変われないものなんだよ」
「私は鬼ですわ」
「……鬼というのはな、凶華、そう簡単には変われないものなんだよ」
タニシは言い直した。
「どうした女ぁ! お前の攻撃は痛くも痒くもないぞぉ!」
がっはっはと、石コ太郎は豪快に笑う。
眉毛が整っただけなのだから当然である。
「うるさいですわねっ。一度整えてからむしるのが私の流儀なのですわ!」
「いやだから、無理だって」
「そんなハズはありませんっ。私はあの、都の治安を一人で孤高に護り続ける英傑、桃太郎を粉砕したのです!」
せめて犬猿雉はつけてやってください。
「なぁやっちゃん」
溜め息を吐いたタニシは、仕方なく健乃に聞いてみることにする。
「なぁに?」
「あの時の僕は朦朧としていてよく憶えていないんだが、本当にあの凶華が、桃太郎を殴ったのか?」
「あ、うん」
「ナデナデではなく?」
「あれがナデナデだったら鬼って怖いね」
「鬼っていうのは本来怖いものだぞ、やっちゃん」
「そうかもだけど、アレは違うよ。ナデナデじゃなかった。確かにこう……抉るみたいに殴ってた」
「捻りが効いてて痛そうだな」
「うん、桃た――肉団子、遠くまで転がってたし」
「どうして言い直したのかはわからんが、話はわかった。だがやっぱりわからん」
タニシは唸る。
「何がわかんないの?」
「例えばな、その桃太郎とやらが背後から尻を触って驚いて振り返った凶華の肘が偶然入ったとか、普通に歩いていた凶華の足元に桃太郎が滑り込んできて踏んづけたとか、そういう話ならまだ理解できるんだ」
「むしろ相手の行動が理解できないけど」
桃太郎が変態であるというところは合ってる。
「あ、なるほど」
「何がなるほど?」
「桃太郎ってのはアレだろ。殴られると小躍りするような奴なんだろ。世の中にはそういう変わったことに喜ぶ変人が居るのだと、イネに聞いたことがある」
どんな話の流れからそんなことを教わったのか興味がある。
「そんな感じじゃなかったけどなぁ」
「うむむ……よしやっちゃん、とりあえずその時の経緯を、できる限り細かく話してみろ」
「えっと、うん、わかった」
健乃は素直に頷いた。
しかしもちろん、一人と一匹がのんびり話し込んでいるからといって、目の前の一戦が律義に待ってくれているワケではない。
いやむしろ待ってくれた方がネタ的には美味しいかもしれないが、石コ太郎は空気が読めるほどのオツムがないため、容赦なく猪突猛進の真っ最中である。
「うわっ、また親分がやられちまっただ!」
「やべぇ。このままじゃ親分が都会に染まっちまうじゃねぇか!」
最早服装とか、そういう問題ではない。
二人姿が交錯する度に、石コ太郎は身綺麗になり、洗練され、水虫まで治っていく始末である。
このままでは頭にしゃちほこが乗るのも時間の問題である。
「お前、何のつもりだ?」
「やりたくてやってるんじゃありませんわ!」
「こんな綺麗になっちまったら、まるでサクラが言ってたみてぇな――」
ハッと石コ太郎は気づく。
「お前まさか、サクラのヤツに頼まれたんかっ?」
「何の話ですの?」
「あくまで白を切るか。まぁいい。このオレは絶対に都なんぞには染まらんぞ。そして勝つ!」
「私だって絶対に負けませんわ!」
何をどうやって勝つつもりなのか。
というか、しゃちほこはよ。
「女と思って手加減していたが、アイツの手の者とあれば容赦はせん。次の一撃で沈めてくれる!」
「私だって、次こそはその大きな顔の真ん中に拳を叩きこんで、ついでに眉毛を引きちぎって差し上げますわ!」
しゃーちほこ! しゃーちほこ!
「ちょぉっと待ったぁ!」
あと数秒で火蓋が切られるかと思った刹那、無粋な声が割って入る。
タニシである。
「何ですの、今いいところなんです。私の悪党としての華々しい門出を邪魔しないでくださいますかっ?」
しゃちほこで祝おう。
「まぁ聞け、凶華」
「何ですの?」
「お前が桃太郎を殴れた理由が、今わかった」
「何を今更、この私はあの時あの瞬間、昔の自分を脱ぎ捨てて覚醒したのです。新しい自分と『こんにちは』したのです!」
「というようなことはなかった」
「全否定って何ですの!」
「お前は新しい自分になんてなっていない。前と同じく、無意識に善行を重ねてしまう悲しき鬼だ!」
「ででで、でもあの時は!」
タニシの的確な指摘に、凶華は狼狽える。自分でも少なからず疑問に思っていたことなのだろう。
都合が悪いことを見えない聞こえないするのは、人も鬼も変わりがない。
「あの時のお前が善行をしていなかったとでも?」
「桃太郎を殴ることは、明らかな悪行ですわ!」
「あの時の凶華は、本当に『桃太郎を殴ろう』と思っていたのか?」
「……どういう意味ですの?」
「うむ、教えやろう」
タニシは頷き、神妙な表情で続ける。
「凶華は、ただやっちゃんを守っただけだ。どこまでもお前の善行は正直で、真っ直ぐだ!」
「そんな、では、ではあの暴力は!」
「お前の純粋な悪意ではなく、むしろ善意からの行動だ」
それだけ凶華が健乃を大切に思っている、そういうことを伝えたいのだろう。
「道行く幼女に突然肉団子が転がってきたら、誰だって蹴飛ばすだろ。そういうことだ」
おい。
しかし正しい。
「えっとつまり、私の病気が治ったワケでは?」
「ないな」
「そ、そんな……」
「諦めるな、凶華っ。むしろその善行を誇って生きていけ! 僕がタニシという現実と向き合って進んでいるように!」
人間になろうとか言ってましたよね?
「でも、このままではあの眉毛をむしるどころか、ますます下らない善行を重ねてしまいますわよ!」
そしてしゃちほこが増える。
やったぜ。
「いや、きっと何か手はある。あるハズだ!」
「そう言われましても……はっ!」
凶華、閃く。
彼女は健乃に近づき、後襟を掴んでひょいと持ち上げる。そして盾にでも使うみたいに構えた。
「さぁ石コ太郎とやら、どこからでもかかってきなさい!」
この鬼サイテーだった。




