タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 12
「ちょっと気になったんだけどさ」
宿へと向かう道すがら、健乃はふと思いついて口を開く。
「何ですの?」
「結局、何がどうなって凶華はそうなったの?」
「どういう意味でしょうか?」
「うんとね、考えていることと違うことをしちゃうってのはわかるんだよ。天邪鬼なんだし。でも仕事が完璧っていうかね、得体の知れない凄さがあると思わない? 一体どんなところで修業したら、あんな……炭焼き組ってそういうことを修行するところ?」
「いえ、炭焼き組は単に大工さんの集団ですわ」
「じゃあ何なの、あのしゃちほこ」
とりあえず、それが気になるらしい。
ちなみにではあるが、二つの長者で凶華が手掛けた役場の真ん中の建物にも鎮座している。良い仕事だと炭焼き組の同僚たちにも評判である。
「しゃちほこに関しては私にもわからないのですが――」
「わからないんだ……」
「今の私があるのは、聞くも涙語るも涙の経緯があるのですわ」
「へー」
「あ、信じていませんね?」
「あ、ううん、そんなことないよ」
「ドジョウニョロニョロ」
「二人して馬鹿にしてますわね。いいでしょう。この私の悲劇の人生、語って差し上げますわ」
「別にいいのに……」
楽しそうな凶華に、健乃はそっと溜め息を吐いた。
「ウチはそもそも天邪鬼の名家として知られていまして」
「天邪鬼に名家とかあるの?」
「ありますわよ、もちろん。座敷童子にはありませんの?」
「聞いたことないけど」
「まぁとにかく、ウチは代々続く由緒正しい天邪鬼の家系だったのです。当然ながら瓜子姫の家系とは現在も対立しています」
「当然なんだ」
「当然ですわ」
普通そこまで仲が悪ければ自然と疎遠なっていくものであるが、縁は切れずに泥仕合を続けているという徹底ぶりである。
「それはまぁともかくとして、ウチは由緒正しいが故に躾けや教育にも熱心だったワケですから、小さい頃から跡取りとして天邪鬼はかくあるべきというものを叩きこまれたのですよ」
「うん、うん?」
「ちなみに我が家の家訓は『人の嫌がることをせよ』というものでして。とにかくそれを徹底的に追及して実践することこそ、天邪鬼としての誇りであると教えられたのです」
「……あのー」
「何でしょうか?」
「何となくオチが見えた気がするんだけど、凶華はしたの? 人の嫌がること」
「もちろんですわ。当時の私はまだ素直で、思うままに身体も動いておりました。それはもう、毎日毎日あくせくと人の嫌がる仕事をこなしておりました」
「それってえっと、どんなこと?」
「どんなって、色々ですわ。ゴミを拾って集めたり、森を切り拓いて道を作ったり、山賊を討伐したり」
「あぁ、やっぱり……」
「そして何故かお母様に怒られましたわ」
「うん、だろうね」
「そう、私は騙されていたのです!」
「え?」
「人間たちに利用され、私は叱られたのです!」
「あ、そう思っちゃったんだ」
「だから私は人間が嫌いですっ。人間のためになることなんて微塵もしたくありませんっ。しかしそう思えば思うほど、身体に染み付いた習慣が顔を出してしまうのです。というかですね、そもそもあの家訓はおかしいんです!」
拳を握り、凶華は声高に主張した。
「人の嫌がることなんて、普通に善行じゃないですか!」
「いやあのね――」
困ったような笑みを貼りつかせて、健乃は続ける。
「人の嫌がることって、その人がされたら嫌だなーって思うようなことをしろって意味で、その人がしたくない仕事をしろって意味じゃなかったと思うよ?」
「…………」
凶華、しばし考える。
口元に手を当てて考えてみる。
そしてポンと、手を打った。
「あぁ、なるほどですわ!」
今気づいた。
「ってちょっと待ってくださいまし! ということは最初から間違っていたってことではありませんか!」
「うん、そうだね。今気づけて良かったね」
健乃の眼差しが優しい。
「何てことですの。最初の一歩から間違っていたなんて。あぁ、だからお母様が怒ってたんですのね。鬼らしくしなさいの意味がようやくわかりましたわ」
「むしろ、よく矯正されなかったね」
「そういえば、途中からこれはこれでアリだからいいですって感じだったような」
ある意味正しく天邪鬼らしくはある。
ちなみに天邪鬼というのは言葉の行動が裏腹なのが基本であって、意識と行動が正反対である必要はない。鬼というのは元々嘘が下手な種族ではあるが、彼女の場合、それが行き過ぎて正直すぎるのが問題なのだ。
「うーむ。しかし困りましたわ。そうなると今の私は鬼らしくない、ということなるではありませんか」
「え、今さら?」
「まぁでも、やっちゃんの『座敷童子らしくない』ほど酷くありませんよね」
「ちょっと待って。聞き捨てならない!」
「タニシの『タニシらしくない』ほど悪質でもありませんよね」
「ザリガニヤンノカコラ!」
とりあえず、共通項の多い三人――もとい二人と一匹ではある。
「ちなみに私、日々邪悪なことを妄想することを日課にして、立派な鬼になるべく精進しておりますわっ。昨晩だって、あの宿の掃除をしながら、何度この都を火の海に沈めたことか」
「その結果が――」
見えてきたしゃちほこを指さして、健乃は言い放つ。
「アレなの?」
「アレはまぁ何と言いますか、私の類稀なる邪悪さを薄めるための白湯みたいなものでして――」
言いかけてふと、凶華は気づく。
「というか、人だかりができてませんこと?」
「確かに、何か男の人が集まってるね」
足を止めた二人(タニシ付属)に気付いた群衆が、どよめきと共に割れる。それはまるで彼女たちを出迎えているかのように見えた。
というか、実際に出迎えた。
「お、ようやく戻ってきたようだな」
割れた群衆の真ん中に、派手な着物を身に纏った小太りの男が立っている。
「誰ですの?」
心当たりのない歓迎に気分を害しながら、凶華は群衆の只中へと歩み出た。その後ろにタニシを乗せた健乃も続く。
「おや、このボクちゃんをご存知ない?」
「有名人ですの?」
「ならば教えてやろう。ボクちゃんは桃太郎」
小太りの男は、胸というよりは無様な腹を突き出しながら自慢げに自己紹介をする。
「この都を守る、最も偉大な男だ!」




