タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 06
「イネよ」
何のんびり饅頭食べてんだこのジャリと罵りたい衝動を抑えて、タニシは嫁の耳に囁きかける。
「なに?」
「とりあえずあの食い意地の張った間抜け面の幼女を外に放り出してくれ」
溢れる怒りが隠しきれていない。
「いいけど……」
仲睦まじく饅頭を食べている二人を眺めながら、イネは少し不安そうな面持ちで小さく返す。
「どうやって?」
「やっちゃんはお腹が空いていると動きが鈍い。そして食べている時は動かない。更にお腹一杯になると部屋の隅で寝る」
「猫みたいな子だね」
「うむ、大体同じだ。なので蹴飛ばしたり抱え上げたりして外にポイしてやってくれ」
「え、それ酷くないっ?」
「僕は投げられた挙句に蹴られたけどな!」
「まだ根に持ってるっ。だからゴメンってば!」
「まぁいい。今回はイネに免じて許してやろう。ではあの食い意地の張った座敷童子を誘う言葉を僕が伝授して進ぜよう。後に続いて叩きつけてやるがいい」
「わかった」
りぴーとあふたみー。
「おいそこの貧乏妖怪」
「おいそこの貧乏……妖怪?」
「ここは水神様の末裔が暮らす聖域だ」
「ここは水神様の、えっと末裔が暮らす、せいいき? だ」
「両手に持った饅頭はくれてやるからとっとと失せな!」
「両手に持った饅頭はあげますんで、とっととってこれじゃ私が悪者じゃないの!」
嫁を操って仕返しをしようという姑息なタニシである。
「ちょっとイネ、アンタどうしたんだい?」
「あぁいえ、その子にちょっと用事が」
ちなみに健乃は自分が話しかけられているという自覚すらないのか、相変わらず満面の笑顔で饅頭を頬張っている。
というか、多分人の話なんて聞いちゃいない。
「この子に、用事?」
「うん、そう。詳しいことは後で話すけど、この子がここに居るのはとても――」
「あぁはいはい、なるほどそういうことね」
母親は何故か深く納得した。
「なるほどって、何が?」
「ずばりイネ、貴女は子供を欲しているっ」
ビシィと右手の人差し指を突き付ける。
イネは思わず避けた。
「どうして避けるのっ?」
「いや何となく。というか、その子は――」
「わかってる。薬師様からの授かり子なのでしょう?」
「わかってないよっ!」
「孫が欲しい孫が欲しい孫が欲しいと薬師様にお百度参りをした甲斐があったというものだわ」
「そんなことしてたの……」
娘もドン引きである。
「おいイネ、どういうことだ?」
母親の浮かれ具合にタニシは少々困惑気味だ。
「どうやら母さん、あの健乃ちゃんを私の娘だと思ってるみたい」
「なん……だと……」
「だよね。いくら何でも無理が――」
「僕の前に別の男との間にあんな大きな子供がいたなんて、見損なったよっ!」
「何でアンタが信じてるのっ?」
「え、違う?」
「あの健乃ちゃんを連れてきたの、アンタでしょうが!」
「奇跡の再会だったんだね……」
「だーかーらー!」
イネは無性に投げたくなった。
「ちょっとイネ、どうしたんだい? 見えない誰かと話してたみたいだけど」
「あ、ううん、何でもない」
「あぁそうか。うんうん、わかるよ。産後の肥立ちが悪かったんだね。なぁに心配はいらないよ。母さんも幻覚の一つや二つは見たものさ」
産後の肥立ちやべぇ。
「いやっ、産んでないからねっ!」
「イネ、授かり子が男の子じゃないからって、その言い草はいけないよ」
「そうだぞイネ、義母さんの言う通りだ」
「あーもー!」
イネはつかつかと健乃に歩み寄り、饅頭と煎餅それぞれが山盛りに盛られた菓子鉢を二つ両手で持ち上げると、無言のまま縁側へと向かい、裏庭へと歩み出る。
「さぁ健乃ちゃん、饅頭と煎餅はここですよ!」
面倒になったので食べ物で釣ることにしたらしい。
しかし効果は抜群だっ。
両手に持った饅頭を食べ尽くした健乃は、いつもの怠惰で緩慢な動きが嘘のようにすっくと立ちあがり、菓子鉢をロックオンして正確無比で無駄のない歩みを始める。
「そうそう、こっちにおいで」
「ちょおっと待ったぁ!」
母親が立ち上がる。
「こっちには、干し柿と団子があるぞぉっ!」
「ちょっと母さん、何で邪魔するのっ?」
「貴女こそ、孫を奪わないでっ」
「いやだから孫じゃないからっ。近くにいる子供を手当たり次第に孫にするのやめてっ。母さんのソレのせいで、近所の子供たち結構怖がってるんだからね!」
もう病気である。
「孫がたくさん居て何が悪いのっ」
「何もかも駄目だよ!」
「……あぁそうか」
タニシは気づく。
そう、健乃の不幸はこれから始まっているのではない。既に始まっているのだ。これはその序曲に過ぎない。
「イネって昔はやんちゃだったんだな」
すいません。タニシは気づいてませんでした。
「でも僕としては、子供をたくさん産んだ女性は魅力的だと思うぞ」
「そいやっ!」
ついに投げた。
放たれたタニシ砲は見事な螺旋回転をしながら母親の額を直撃する。
「だぁにぃじいいぃぃぃぃぃぃいいいぃっ!」
いきなりの攻撃とタニシのダブルショックに、母親はあっさりと気絶。額で跳ね返ったタニシは天井付近の大きな梁に突き刺さった。
「ふぅ、やっと静かになった」
イネ、見た目は華奢な女性だが、これでもタニシと結婚した女である。肝は据わっている。
「さぁ健乃ちゃん、こっちにおいで」
「あ、はい」
その笑顔に逆らってはいけない何かを察したのか、健乃は素直に縁側から裏庭へと歩み出る。
「とぅわいへんどぅあぁぁあぁぁあぁっ!」
それとほぼ同時に響く、野太い声。
「どうしたの、父さん? 会合で遅くなるって言ってたのに」
「山賊がっ。山賊がこっちに向かってるんだ!」
イネは健乃を見る。
健乃は彼女の隣で、今度は煎餅を頬張っていた。




