タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 05
「誰もいないけど?」
タニシの指示に従って、健乃のいた生垣へと頭を突っ込んだイネの視界に、人影らしきものは入ってこない。
「いやいやいや、そんなことはあるまい」
嫁の肩の上をウロウロしながら、乾いた笑みを浮かべつつタニシはそんな言葉を口にする。
「でもホラ、見てよアンタ」
「あーホラ、その大きな石の下とかどうだ? もしかしたら隠れているかもしれないなぁ、うん!」
「いや、いくら何でも……」
「頼む、イネ。ちらっとでいいから確かめてくれないかなぁ」
「まぁいいけど」
仕方なく大きな石を右手で持ち上げてみる。
ダンゴムシがいた。
挨拶を交わす。
健乃どころかヤスデすらいなかった。
まぁ、当然ではあるが。
「何故いないっ?」
「いやいや」
「イネ、これはアレだ。事件の匂いがする」
「事件?」
「あの不精極まりない怠惰座敷童子が、自分の意志で動くとは思えない。きっと誰かに連れ去られたんだ。悪い山賊とかに連れ去られて売られてしまうんだっ!」
「あのえっと、ちょっと待って」
夫の錯乱に、嫁がちょっとついていけない。
「時にイネよ」
「なに?」
「今の旦那は、元山賊だったりしないのか?」
「いや、そんな話は聞いたことないけど」
「昔は人さらいしてたけど、今は足を洗ってますみたいな話を聞いたことは?」
「ないって」
「それなら何故やっちゃんがいないんだっ!」
「いや、そう言われても」
「はっ、まさか」
「今度は何?」
「義姉さんの仕業かっ。カラスを操って今度は座敷童子をさらおうということか」
「いや無理だから」
「カラス使いをなめるなっ」
「というか、姉さんはカラス使いじゃないし、そもそも――」
一呼吸置いて、少しだけ声を落ち着かせてからイネは続ける。
「もうここには姉さんいないから」
「……いない?」
「うん」
「天に召された?」
「いや違うから。というか殺さないで」
「となると、なるほど、そういうことか」
「多分違うと思うけど、一応聞いてあげる」
タニシを婿にするだけあって、イネは寛容だ。
「水神様の使いである僕を陥れたことに罪の意識を感じ、出家したのだろう? うむ、やはり人は見ていなくとも天は見ているのだな」
「残念、嫁に行っただけです」
「おい神様、ちゃんと仕事しろ!」
タニシ、天に向かって吠える。
「というかだな。今こそ仕事するべきだろっ」
笑いの神がアップを始めました。
「ねぇアンタ」
「何だ?」
「玄関で倒れてた母さんの姿もないし、多分だけどウチに上がってい――」
「いやいやないない」
即座に、というより食い気味に否定するタニシ。
「……もしも、うん、あくまでもしもって話なんだけど、その座敷童子がウチに入ったら、何かマズいの?」
「もちろんそんなことはあり得ないと思うが、万が一にもないことと仮定して答えてやろう。とてもマズい」
「だって座敷童子でしょう? 幸運を呼んでくれるんじゃないの? それとも、こんな目に遭わせたウチに座敷童子を入れたくないとか?」
「……イネよ」
「はい」
「確かに玄関までわざわざ帰ってきた僕を悲鳴と足蹴で迎えてくれたことを気にしていないと言ったら噓になる」
「結構根に持ってるね」
「しかしだ。これはそんな、僕の個人的感情がどうとかっていう問題ではないのだ」
「というと?」
「うむ、ではもしもやっちゃん、あの座敷童子がウチに上がり込んでへらへらしていたならどうなってしまうのか、いやいやながら想定してみることにしよう」
「お願いします、先生」
こういう時のイネは乗ってくれるからタニシも嬉しい。
「アイツが家に入る。すると」
「すると?」
「滅ぶ」
色々と飛ばした。
「え、ウチが?」
「世界が」
「世界がっ?」
ちょっと大きく出た。
「どうして……どうしてあの子が我が家に踏み入ってしまうなんて思えるんだっ。イネはウチが大事じゃないのかっ!」
「いや大事だけど、そもそもどうしてそんな危険な座敷童子と一緒に帰ってきたの?」
「…………」
正論すぎて、タニシには反論の言葉も出てこない。
「アンタ?」
「いや、あのなっ」
「うん」
「アイツはえっと、座敷童子と貧乏神の合いの子なんだが」
「あー、なるほど」
イネは少し納得した。
「そうなんだよ。わかるだろっ? 普通じゃないアイツは自分の殻に閉じこもりがちで外の世界を知らなかった。だから僕は、アイツに知って欲しかったんだ。この世界の大きさと素晴らしさを!」
嘘です。(身長的な意味で)都合の良い乗り物だったからです。
「アンタ、いいことしたんだね」
「うむ、僕はいつだっていいことをしている」
「でもウチは滅ぶんだね」
「ぐぬぬ……」
「まぁとりあえず、ウチの中を探してみようよ。居なければ別の場所を探せばいいんだし」
「いやしかしな、アイツだって自分の立場というか、能力というか、何が起きるのかくらいは知っているワケだし、さすがに入っちゃ駄目だと言われている場所に舌の根も乾かぬ内に入り込んでいるなんてことはないハズ、いや思う。というか信じたい」
「ほらアンタ、家に入るから髪の毛に隠れて」
ぶつぶつと呟いているタニシを結い上げた髪の間に差し込んで、イネは自宅へと戻った。
玄関をくぐり、囲炉裏へと目を向ける。
もぐもぐもぐもぐ。
幼女がまんじゅうを食べている。
「ホラやっちゃん、お煎餅もありますからねぇ」
「わぁい」
というか、馴染んでいた。




