うすうす気づくオモイ 03
薄暗い部屋で、臼の話を聞いてみることにする。
「うむ、話してみろ」
タニシの相槌をみて安心したのか、臼が語り始める。
「実はですね。お猿さんを殺すつもりなんてなかったんです」
「ほうほう」
「目の前にドーンと現れてビックリさせるだけのハズだったんです。そのつもりで協力したし、そういう話だったんです。でも合図に従って落ちてみたら、あんなことに……」
お猿さんの血しぶきががが。
「それは酷い」
「その時は不幸な事故だって思ってたんですけど、どうやら最初からそのつもりだったみたいで……そのことをカニさんに抗議したんですけど、ちゃんと合図したのに遅れたのが悪いって言われて」
「マジかよ、カニ最低だな」
同じ水棲生物の一員として誠に遺憾なタニシである。
「それで私、あの仲間たちのことが信じられなくなって飛び出したんですけど、臼である私には帰る家なんてなくて、途方に暮れて身投げしようかとも思ったんですが」
漁師の網にかかって邪魔になる未来しか見えない。
「そういえば幼馴染みが海に沈んでいることを思い出しまして、会って話をしたら慰めてくれるかもって思いまして」
「幼馴染み? 臼に?」
「はい、寺子屋に通っていた頃に隣の席だった塩吹き臼さんです」
「寺子屋……」
「はい」
臼が並んでいる教室を想像してみたが、タニシの頭ではどうにも上手くいかない。
「おいやっちゃん」
「なに?」
「寺子屋ってどんな感じだ?」
「行ったことない」
「……すまん。お前の家も貧乏だったよな、うん」
「行くの面倒くさい」
「あ、そっちね」
経済的な問題ではなく、性格的な問題の方が大きいようである。
「そういえば他の臼さんたち、元気でやってるかな」
「え、臼しかいないの?」
「臼の名門でしたから」
「あ、そうなんだ」
臼界の事情は、タニシにはまだちょっと難しい。
「ともかく、その塩吹き臼さんがこの海に、この辺りの底にいるらしいって噂なんです」
「なるほど。おい若者、そんな噂知ってるか?」
頷きつつ、相変わらず幼女の背中に隠れている若者へと視線を向ける。
が、目も耳も塞いでいる。
「あの、その方は?」
「あぁ気にしないでくれ。心の病気なんだ」
「はぁ……」
「ところで塩吹き臼というのは、あの塩吹き臼のことなのか?」
「はい、そうです」
「え、タニシ知ってるの?」
「いや、結構有名な話だぞ。むしろやっちゃんが知らないってことの方が……まぁやっちゃんなら仕方ないか」
「今バカにした?」
「していないぞ。その純粋な人柄を誉めただけだ」
「えへへー」
ちょろい。
「それで、塩吹き臼ってなに?」
「あぁ、塩吹き臼というのはな、一言で言うなら」
「うんうん」
「外国の方だ」
「うん?」
小首を傾げる健乃にもわかるように説明せねばなるまい。
塩吹き臼を辿っていくと、ノルウェーの民話に行き着く。
つまり元々は海外発祥の話であり、それが日本に入ってきて定着したものだ。そんなの昔話ちゃうやんけとお嘆きのアナタ、心配しないでください。そんな話は山ほどあります。昔話なんて定着したかどうかです。気にしない気にしない。
肝心の物語であるが、まずあるところに何でも出してしまう石臼があった。右に回しながら願うと出てきて、左に回すと止まる。実に便利な代物だ。それを貰った弟から兄が盗み出し、一儲けしてやろうと企む。しかし兄は使い方がわからず、一緒に盗んだ饅頭を食べ過ぎて少しばかりの塩を出そうとしたつもりが止められず、船ごと沈んで今でも海の底で塩を吐き続けているため、海の水は塩辛いのだという話である。
とりあえず反対に回すくらい試しておけよ、とは思う。
「でも、よくよく考えてみると――」
臼はふと気づいて視線を落とし、震える声で続ける。
「私みたいなお猿さんの血に塗れた臼なんて相手にされませんよね」
「いや、それはわからんけど」
タニシは石臼の人柄(?)など知らないので、どうとも答えようがない。
「何で会いに来たの?」
「何で……?」
ふと紡ぎ出された素直な健乃の言葉に、臼は自分の心を探る。
「話を聞いてくれると思ったから、会いに来たんじゃないの?」
「そう……確かにそう。昔、寺子屋で隣に座っていた塩吹き臼さんは、無口だったけど優しかったんです。高い鼻が印象的でした」
「そんな塩吹き臼さんが、今のアナタを相手にしないと思うの?」
珍しく健乃が切り込んでいる。
いつもなら面倒くさそうに食べ物か暗がりを探しているだろうに。
何か思うところでもあるのかもしれない。
「た、だけどっ、相手は海を作った偉人さんで、私はお猿さんの命を奪っただけの罪人で、とても釣り合う相手じゃないし……あぁ、血を洗わないと」
既に呪いの臼と化している。
「私のお母さんも――」
一呼吸おいて、健乃は続ける。
「座敷童子なのに貧乏神と結婚したの。釣り合わないって言われたって笑ってた。でも、とても幸せそうだった」
「そう、そんなことが」
臼が少し微笑む。
「そして貧乏だった!」
「駄目じゃねーか!」
タニシ絶妙なツッコミ。
「そんなことないよっ。例え実際にあったら相手にされなかったとしても、会いたいなら会った方がいいんだよ!」
「相手にされない……」
部屋が一段と暗くなる。
「落ち込むなっ。まだそうと決まったワケじゃないだろ。というか、そもそも相手は海の底なんだろ? 木製の臼がどうやって会いに行くんだ?」
「そういえば――」
それまで幼女の背中でガタガタ震えていた若者が、何かを思い出して顔を上げる。
「どうした?」
「最近この辺りで妙な噂があって」
「どんなだ?」
「えっと確か……石臼に乗った女が琵琶を掻き鳴らしながら現れて船を沈めるとか何とか」
「まさかそれ、塩吹き臼さん?」
「きっとそうだよ」
臼の呟きに健乃も頷く。
「良かったね。石臼さんも罪人だったよっ」
「いや良くないからな!」
タニシのツッコミが決まるや否や、足元からベンベンと奇妙な音が響いてくる。それはまるでオットセイ目がけて浮上してくるホオジロザメのように、下からどんどん近づいてくるようだ。
「この音は!」
それが何の音なのかなど確かめる隙すらなく、臼は横になるなりエンジン全開、摩擦で煙を吹きながら暗い船倉を爆走していく。
それを呆然と見送った二人と一匹は、次いで訪れた静寂に五秒ほど浸ってから我に返り、急いで後を追った。
そして二つの臼は、運命的に出会う。
一つだけ残念だったのは、その間に偶然居た凶華が、船酔いで吐いていたことだけだった。




