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二つの長者大戦 22

 凶華、勝利する。

 水膜のカーテンの向こうから突然現れた光景は、観衆にとって大きな衝撃だった。左右二つの建物が倒壊していたのは本来なら落胆すべきところだが、激闘を感じさせる演出としては、むしろ効果的であったとも言える。

 それ、雨雲のせいなんですけどね。

 しかしそんな経緯を想像させるからこそ、歓声は素直に大きくなった。

「え?」

 斧を振りかぶったまま、凶華は振り返る。

 観衆は何だか、とても喜んでいた。

「あの凶華様にかかれば、鵺なんて怖くない」

 とか。

「あの凶華様の建てたところだけは無傷だ」

 とか。

「あの凶華様に踏んでほしい」

 とか、好き勝手かつ称賛に溢れた声が飛び交っている。いずれにしても、彼女が街の英雄なのは間違いない。

「……大人気だな」

 タニシは心底感心して呟いた。

「ごふっ!」

 凶華が血を吐いた。

「おいどうした?」

「いえその……褒め言葉で胃が痛くなりまして」

「難儀な性格だな」

 観衆からの抉り込むようなボディブローを食らった凶華を見て、観衆がざわめき始める。絶対的に優勢だった彼女が、この土壇場で吐血したのだ。動揺が走り、不安が生じる。

 そんな観衆は、次にどうするだろうか。

 黙って見守る? そんなハズはない。

「きょーかー!」

「きょうかさまー!」

 そんな声が方々から上がる。

 中には「踏んで」とか「揉ませろ」といった雑音もあったが、それらも巻き込んで「凶華」コールへと纏まっていく。

 凶華は激闘の末に鵺を追い込んで最後の一撃を放とうとしているところに食らった一撃が原因で血を吐いた(想像)のであるからして、こうなるのはむしろ当然のことである。

「きょーかっ、きょーかっ、きょーかっ!」

「やめ……やめてくださいまし……」

 凶華泣きそう。

 彼女は俯き、斧を静かに置いた。

「おい、どうした?」

「い――」

「い?」

「いやああぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」

 拒絶の絶叫を上げながら、全速力で走り出す。残像を残して。

 後に残されたのは、ポカンと大きな口を開けて佇む観衆と鵺だけだ。走り去る彼女の背中が見えなくなると互いに見つめ合い、しばし呆然とする。

「あ、私もう負けましたので、大丈夫ですよ?」

 鵺の空気を読んだ発言に、意味がわからないながらも勝利を確信した観衆は、改めて歓声と凶華コールを上げるのだった。



 古今東西、傷心したら海を見る。

 歴史的事実である。日本書紀にだって書いてある。

 そんな理由で一人と一匹は港に来ていた。

「うんこですわーっ!」

「いや、その叫びはどうなんだ……」

「何か問題でもありまして?」

「まぁいいけどさ」

 タニシの溜め息一つ。

「何だ。誰かと思えばお前たちか」

 そこに現れたのは、そろばん片手に嫌味な笑みを浮かべた若者だ。

「あぁ、誰かと思えばバカ旦那じゃありませんか」

「誰がバカ旦那だっ。せめて若旦那と言え」

「でも皆そう呼んでますわよ?」

「んなわけあるかっ。え、違うよね。そんな呼び方してしてないよね?」

 ニコニコと微笑む凶華に不安が募ったのか、少し焦ったような声で若旦那は聞いてくる。

 無論、返ってくるのは笑顔だけだ。

「まぁどうでもいいですけど」

「どうでも良くねぇよ!」

「そんなことより、こんなところで何してるんですの? ひょっとして誰かに褒められて傷心しましたのっ? それは酷いことしますわね!」

「いや、褒められて傷心するのはお前だけだから」

 タニシ、またもや溜め息。

「何の話か知らんが、俺がここに居るのは商売のためだ。あの船を見ろ!」

 そう言ってバ……若旦那は港に近づきつつある船を指さす。

「あの黒船は旦那のとこの船なのか?」

「そうだとも。しかもただの船じゃない。我がわらしべ商会を――否、この街そのものを繁栄させる素晴らしい第一歩となる栄光の黒船なのだ!」

 タニシの問いに若旦那は意気揚々と答えた。

「随分と大きく出ましたわね?」

「あの積み荷を聞けば納得するさ。え、何を積んでいるのかだって?」

「いや、聞いてないけど」

「まだ一般公開は先なんだけどなぁ。どうしてもって言うなら仕方ないかなぁ」

「いやだから」

「ホントは内緒だが、特別に教えてやろう!」

 ウゼェ。

「あの船にはな、今都で話題沸騰、空前絶後の大流行を引き起こしている姫ちゃん人形が積まれているのだ!」

「……ふーん」

「何ですの、それ?」

 タニシと凶華は、鼻をほじる一歩手前の顔をしている。

「え、ちょっと待って。何なの、その反応。姫ちゃん人形だよ。都で大人気なんだよ。産声を上げたばかりの赤子から棺桶に片足突っ込んだご老人にまで親しまれているんだよっ?」

「そう言われましても……タニシは知ってますの?」

「いや知らない」

「……まぁタニシと鬼だからな。人間の流行がわからないのも無理はないか」

「あ、その発言はちょっとムカつきますわ」

「くくく、まぁその内に絶対姫ちゃん人形が欲しくなってしまうんだけどね。そうなったら素直に俺に頭を下げるんだぞ。そうしたら売ってやらないこともない」

「いりません」

「またまたぁ、まぁいいさ。お前たちはこの俺が姫ちゃん人形で大成功を収める姿を、指をチュパチュパしながら眺めているがいいさ。あの船が港に着いたら、ウチとお前たちのところは、今よりもっと大きな差ができるだろうからな!」

 若旦那は海へと身体を向け、大きく手を広げて船を迎え入れる。入り江に入った黒船は、もう目と鼻の先だ。河口と海の境目に設置された桟橋に向けて、既に速度を落とした黒船が近づきつつある。

 そんな、浮かれる若旦那に呆れた一人と一匹がやれやれと首を振った瞬間、背後から大きな――まるで大きな岩が巨木でもへし折りながら転がっているかのような音が響く。

 まさか役場に何か変化でもと思いつつ振り返った一同だったが、遠くに見える役場の建物、中央本館に変化はない。

 代わりに、というべきかどうかは不明だが、橋がある辺りから粉塵が轟音と共に巻き上がっているのが見えた。

「何だ? 一体何が起きている?」

「わかりませんけど、橋が壊れているみたいですわ」

 狼狽えるタニシに凶華も焦りの見える声で応じる。

「あっ、おい、あの辺りって――」

「炭焼き組の辺りですわね」

「ということは、まさか」

 またもや轟音を上げて、やたらと輝かしい破片が巻き上がる。

 たった今、半分キラキラ橋(健乃命名)が落ちました。

「おいおい何だよ。何なんだ!」

 黒船を見ながらワッホイしていた若旦那も、さすがに轟音を無視できずに振り返り、ワタワタとし始める。しかしそれで何かがどうにかできるハズもなく、大河に架かる橋は次から次へと粉砕されていった。

 そしてついに、動揺することしかできない若旦那と大きく口を開けたまま唖然とするばかりの一人と一匹の目の前に、全ての橋を完膚なきまでに破壊しつくした丸太の群れが現れ、それが次々に黒船へと突き刺さる。

「ぐぎゃああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁっ!」

 若旦那の絶叫は大きく高く、そして心地よく町中に木霊するのだった。


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