二つの長者大戦 14
「私の野望はそう、世界を手中に収めることですわ!」
歌うようにそんな主張をする凶華の横をスズメバチが飛んでいく。
「そもそも今の世の中はおかしいのです。地位のあるものは本来、自らの重責を果たすからこそその地位に居られるというのに、そのための責務を全うしようともせずに甘い汁ばかりを吸い続けるクズ……失礼、汚物が増えすぎですわ」
「汚物はいいんだ」
「私はそんな世の中をひっくり返し、好き勝手やってるクソ共……ではなく、うんこ達にあるべき場所へお帰りいただきたいと思っているのです。そのためにはまず、金持ち共を駆逐しなくてはっ」
「うんこ達って……」
「お下品な言葉遣いは世界が荒れる原因ですもの。いついかなる時でも品性を重んじる、誰かの上に立とうとする者なら当然の配慮ですわ」
「えーと、まぁ品性の話はいいや」
タニシ諦める。
「つまり世の中を牛耳る人間たちに反旗を翻すために、まずはこの炭焼き長者を潰したいと?」
「そうですわ!」
「その割には――」
周囲を見回すと、訪れた時には埃と蜘蛛の巣と瓦礫に覆われていた屋敷の裏庭が、すっかり片付いているどころかキラキラと輝いてすらいる。
「しっかり働いてるみたいだけど」
「それは……ど、どんなことであれ完璧な仕事を見せるのが鬼族の矜持というものなのですわ!」
「へー」
一見矛盾しているようだが、相手を油断させるという意味では効果的と言えなくもない。事実凶華は、奉公人の中でも群を抜いて信望が厚い。
「そういえば、橋も綺麗だったな」
「あれはつい――」
「つい?」
「あーいえ、足を引っ張る方がいらっしゃらないから、思わず仕事が捗るんですわ」
「ふーん」
何というか、雲行きが怪しくなってきた。
「ここはもう十分に綺麗だし、別のところを掃除しないか?」
「そ、そうですわね。ここを綺麗にするなんて意味がありませんし、もっと目立たない正面までの小道とかを掃除するフリしてさしあげますわ。どうせ誰も使いませんし、見つかることもありません」
「うんまぁ、何でもいいけど」
移動を開始しつつ、タニシは気になることを聞いてみることにする。
「それにしても、世界征服って本気か?」
「本気に決まってますわっ。そもそもおかしいとは思いませんの? 昔のお話をいつまでも引きずって生き方を強制されているなんて。鬼なんて今でも人間に追い回されてますのよ。大体、ただ暮らしていただけの鬼たちに襲撃をかけたのは人間の方じゃありませんか。そんな悪党が世の中を牛耳っていること自体が理不尽ですわ!」
「うん、なるほど」
タニシは納得したように頷いた。
「わかっていただけましたか」
「お前さんが本音をぶちまけると周囲が綺麗になっていくことはわかった」
枯れ葉に覆われていた小道は、すっかり綺麗になった。
「これは……ち、違いますわっ」
「本当はイイ人――じゃなくてイイ鬼なんだな、うんうん」
「そんなことありませんっ。本心から人間を、のうのうと生きているあの連中を憎んでいますわっ。いずれ滅ぼして、私の前に跪かせてやるんですわ!」
「ちょっと待ってちょっと待って」
「何ですのっ?」
「それ以上続けると、ただの小道が快適空間になる」
木々は剪定され、敷石は輝き、爽やかな風まで吹く始末である。
利休がお茶会でも開きかねないレベルだ。
「……これは、その……」
「うーむ、つまりこれはアレだな。いやよいやよも好きの内ってヤツだな」
「違いますわっ」
「でもどう考えても働くのが好きな仕事ぶりだぞ」
「好きじゃありませんっ。あわよくば仕事を怠けたいと、常日頃から思っていますわ!」
「それがどうしてこうなった」
「身体が――」
溜め息を吐きながら、凶華は小さく続ける。
「身体が勝手に動いて完璧な仕事をしたがるんですの。これはきっとアレですわ。子供の時に厳しく躾けられたからですわ。上品な育ちが恨めしい!」
「いやいや、違うだろ」
「何が違うんですの?」
「子供の時に厳しく躾けられたからって、本心と裏腹の行動なんてしないぞ」
「じゃあ何が原因だと?」
「天邪鬼だからだろ」
種族的本能である。
「ま、まさか……」
フラフラとよろめいて、近くの木に寄りかかる。
「まさか生まれつきだったなんて」
「え、気付かなかったの?」
「微塵も気づきませんでしたわ。でもそういえば、他の仕事ができる方がぐちぐちと文句を並べているところを見たことがありませんでしたけど、まさか内心で溜め込んでいるのではなかったというのですか?」
「いや、少しは不満くらいあるだろうけどさ」
「皆、世界征服を志す同志だと思っておりましたのに」
「いやいや」
そんなのはアナタだけです。
「となると、いずれ歩調を合わせて決起して長者どころか町を乗っ取ろうという計画もおじゃんですのっ?」
「何考えてんだ、この天邪鬼」
「まさかの誤算ですわ……」
「お前を今まで雇ってきた人たちの言葉だよ、それは。とはいえ、天邪鬼なら心配いらないのか」
「どういうことですの?」
「いや、つまるところ内心で悪事を考えれば考えるほど良いことをしちゃうってことだろ?」
「……はっ」
今気づいた。
「いけませんっ。このままでは私の計画に支障が出ますわ」
支障というか、そもそも始まらないんですが、それは。
「いいじゃないか、それで」
そのままの君でいて。
「よくありませんっ。何かこう、対策を……あ、つまりですよ。善行を望めば自然と悪いことをするハズってことですよね。ふふふっ、やはり私はできる女ですわ」
「なるほど、それでどんな善行をするの? ゴミ拾いとか?」
「そんな面倒臭いこと真っ平御免ですわ」
「道に迷っている人を助けたり」
「もう戻れないくらいに迷わせてやりますわ」
「大荷物を抱えたご老人を手伝ったり」
「荷物ごと潰してやりますわ」
「川で溺れた子供を救ったり」
「そのまま三途の川まで流してやりますわ」
「全然駄目じゃん!」
ちなみに、鬼は嘘を吐くのが下手くそな生き物である。嘘吐きの全国大会がもしあったなら、予選敗退どころか出場の書類審査の時点で落とされる体たらくぶりである。
「……駄目ですわ。良いことをしようなんて、考えただけで吐き気がしそうですわ」
「そこまでか」
「ホント、うんこですわ」
「下からも出るのか」
天邪鬼は、とりあえず便所へ行くことにするのだった。




