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二つの長者大戦 10

「さて、どうしたものか……」

 半分キラキラ橋(健乃命名)の中央付近という定位置に戻ってきた一人と一匹は、街を分断する大きな河を眺めながら同時に溜め息を吐いた。

 とはいえ、その表情は結構違う。

「これは困ったぞ。どうやって金を稼げばいいんだ……」

 欄干を右にヌメヌメと移動しながらタニシは呟く。

 その表情は真剣そのものだ。深刻と言っても差し支えない。

「やっぱり無理なんじゃないかなぁ」

 のほほんと口にする健乃の表情には曇りがない。むしろ清々しい諦め顔だ。もっとも彼女の場合は今に始まった話ではないので、この反応は当然と言えば当然なのかもしれない。

「アレをこうすれば、いやしかし……」

 反転して左にヌメヌメと移動しつつ、タニシはやはり呟いている。

「貧乏神の娘がお金を稼ぐことって、間違っているんだよ、きっと」

「イケるか。いややっぱり無理か……」

 タニシは右にヌメヌメ移動する。

 会話は成立していない。

「……いい天気」

 空を見上げ、健乃は手をかざして深く遠い青へと視線を投げる。どこまでも続く綺麗な、濁りのない彼方で、一羽のトンビが綺麗な円を描いていた。

 まるで、世界は今の状態で調和していると主張しているかのようだ。彼女のような、居るだけで不安定をもたらす存在など必要ないと言われているような気がした。

「そうかもね」

 細くて長い溜め息を吐くと、ただでさえ力の入っていない健乃の肩が一段と落ちる。

「あのね、タニシ」

 健乃は少しだけ表情を改めて、口を開く。

「私と旅をするのは、ここで終わりにした方がいいと思うんだ」

「うむ、そういう手もあるか……」

 左にヌメヌメ。

「お父さんがどこに居るかなんてわかんないし、仮に見つけたとしても戻ってくるワケでもないし」

「いや、しかしだな……」

 右にヌメヌメ。

「正直、都見物できたらいいなーとか思ってただけなんだよね。だから別に、あの村を出る理由なんてなかったんだよ」

「あー、なるほど……」

 左にヌメヌメ。

「だから、これからは別の人に運んでもらって、都に向かったらいいと思う。そうすればきっと、路銀なんてすぐに溜まるよ。ウハウハだよ」

「うむ、そうだな。そうしよう!」

「だよね。それがいいよね」

 健乃が少し淋しそうに笑う。

「決めたぞ、やっちゃん」

「うん」

「お前の不幸を売ることにしよう」

「うん?」

 健乃、小首を傾げる。

「お前の、不幸を、売ることに――」

「聞こえてるよ、ちゃんと。というか、こっちの話は聞いてないでしょ」

「何か言ってたのか?」

「私が一緒だと旅はもう無理なんじゃないかなって話。別の人の頭に乗せてもらった方がいいと思うの。路銀を稼ぐのだって簡単だろうし」

「それは無理だ」

「タニシは人見知りだから他の人の頭には乗れません、とか?」

「人見知りはお前だろうが」

「それなら凶華さんとかは? 都に行くくらいならここから投げても届くかもしれないよ?」

「届いたとしても死ぬわ!」

「えー、じゃあ普通に届けてもらうしかないか」

「僕はお前の頭でないと駄目なんだ」

「え、それって……」

 プロポーズかな。いや、既婚者だから浮気かな。

「言っていなかったのだが、実は僕は高いところが苦手でな。馬の背中から落ちて以来、それより高いところに乗せられると貝から外に出られんのだ。やっちゃんの頭くらいの高さが丁度いい」

「高さ……」

 都合良く低い女、健乃。

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」

「どうでもよくない」

「とりあえず聞け。やっちゃんが貧乏神の娘、これは変えられない」

「うん、まぁ」

 身長の話は不満だったが、渋々といった顔で健乃は頷く。

「しかし我々は路銀を稼がなければならない。しかも一時的なものじゃない。旅を続ける以上は継続して稼げるアテが必要だ」

「だからそれが無理なんだよ」

「無理じゃない」

「貧乏神だよ。全てを貧乏にする嫌われ者だよ。そんな人に景気良くお給料を払ってくれる人がどこにいるの?」

「確かに、お前を雇う店は売り上げを落とすだろうし、働いた以上の損失が出るかもしれん。そんな奴に給料を払うなど、その店としては不幸以外の何ものでもないな」

「そうでしょ」

「だからこそ、さ」

「ん?」

 どういうことなのかわからず、健乃は再び小首を傾げる。

「どういうこと?」

「お前を雇うことは、雇った店にとっては負債そのものだ。しかし商売敵にとってはどうかな?」

「あー……なるほど」

 つまり刺客である。

「ふっふっふ、どーよ、この不幸を儲けに繋げる思考の柔らかさ。素晴らしいと思わんかね?」

 軟体動物だけに。

「……何か発想が姑息だね」

「うるさいわっ」

「そもそも、そんな回りくどいやり方、誰が買ってくれるの?」

「私が買いましょう」

 声に応じて振り返った一人と一匹の目が眩む。

 南天の陽光を浴びて、小判も裸足で逃げ出すような輝きの中を一人の女性が近づいてくる。

 彼女は満面の笑みで饅頭を差し出し、改めて口を開いた。

「ウチへいらっしゃい。歓迎しますわ」


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