二つの長者大戦 11
「やぁどーもどーも」
わらしべ商会に勝るとも劣らない大きな屋敷の奥座敷へと案内された一人と一匹は、人の好さそうな、というより笑顔が崩れることがあるのだろうかというニコニコ顔のおっさんと面会した。
「あ、はい、どーも」
とりあえずタニシが応じる。
「こちら、この炭焼き組を束ねる旦那様ですわ」
凶華が間に入って汚いボロ着に身を包んだおっさんを紹介する。
「おいおい、束ねるとかよしとくれよ。オラは何もしちゃいねぇべ」
「ご謙遜なさらず。旦那様が天辺にいてこその炭焼き組ですもの」
「いやいや」
顔は笑顔だが、眉根は見事に寄っている。
「炭焼き組を束ねる旦那……」
「そうですわ」
タニシの呟きに凶華が明朗に応える。
「つまり、組長だなっ」
指定暴力団炭焼き組。
「その呼び方はやめて!」
「何を言う。格好いいじゃないか、組長。よし、敬意をこめて組長と呼ばせてもらうぞ。なぁやっちゃん、お前もそうすべきだと思うだろ?」
健乃も小さいながら二回頷いた。
ちなみに何も話さないのは饅頭を食べているからだ。
ムグムグ。
「ところで組長」
「ホントにそう呼ぶんだべな。うん、もういいや」
「組長と言えば奥座敷に居るのはいいとして、もっとこう凄い掛け軸とか坪とかある部屋で、豪華な肘掛けに身体を預けて、ふかふかの座布団に座って難しい顔をしているというのが相場だと思っていたんだが、組長は大分かけ離れているな」
「その相場がどこの相場なのかわかんねぇけんど、とりあえずウチはヤクザじゃねぇかんな?」
「え、炭焼き組なのに?」
指定暴力団なのに?
「ウチは大工仕事と山仕事を一手に引き受けてますの。良い建物は良い木から、というのがウチの方針ですわ」
「へー」
タニシ感心。健乃は無表情でムグムグ。
「いずれにしても大きな長者の旦那様であることは変わらないんだよな?」
「まぁそうですわね」
「その割には何というか、もっとこう相応しい風体というか、ヤクザの親分とまではいかなくとも、組長らしい佇まいというものがあるのではないだろうか」
タニシが奥座敷に鎮座しているよりはマシであろう。
「なるほど、言いたいことはわかりましたわ。確かにウチの旦那様は大抵小汚い格好してますし、見た目にも腰が低くてへらへらしてますし、旦那様というより下働きなんじゃないかと思うことが多々ありますけども――」
「うん、あれ、凶華くん庇ってくれてるんだべな?」
「もちろんですわ」
不安そうな下働きに満面の笑顔を返す凶華。
「ならいいけんど……」
「旦那様は確かに炭焼き組の天辺に『一応』立っていますけど、実際に仕事を動かしているのは奥様の方で、旦那様は日がな一日炭を焼くか日向ぼっこをしているだけですわ。だから炭焼きで小汚くなった服を着ていても、威厳が欠片ほども感じられなくても、それは仕方のないことなんですの」
「凶華くん、ひょっとして何か不満があるんだべか?」
「別にありませんけど?」
「そ、そう……」
「つまり――」
フンスと鼻息荒く一呼吸置いてから、タニシは納得顔で言い放つ。
「ヒモだなっ」
「そうですわ」
「そうじゃないよっ。違うよっ。オラだって少しは稼いでるべ!」
「焼いた炭を売っているのか?」
「結構評判がいいんだわ。まぁ、こんな街中ではそんなにたくさん焼けねぇし。炭焼き自体は趣味みたいなもんだけんど」
「高級料亭からの予約だけで一杯ですからね」
「凄いじゃないか」
タニシ、素直に感心。
「大して使い道もなくて捨てるに捨てられなかった炭を凶華くんが売り込んでくれてね。いやホント、助かってるよ」
「ちなみに収益は微々たるものです」
「ホントに不満ねぇべか? え、大丈夫?」
「ないですけど?」
凶華の笑顔には一点の曇りもない。
「……あのー」
その時健乃が、ようやく饅頭を食べ終えたのか口を開く。
「あ、お饅頭のお替りですの?」
「違うけど。炭焼き長者って、炭をたくさん売って金持ちになった人じゃないの?」
「違うぞ、やっちゃん」
「え、違うの?」
「そうだとも。炭焼きで金持ちになれるほど、世の中は甘くない。炭焼き長者ってのはな――」
タニシはいつものように語り始める。
炭焼き長者は世間知らずの男が女房の知識によって金持ちになる、というお話である。
そもそもの始まりは一国の姫が幸せになるために占ってもらったところ、ある炭焼きの男のところ嫁げと出たことによる。
普通ならお断りするところだろうが、その姫君は何が気に入ったのか男の元へ出向き、夫婦になった。しかし幸せになるどころか生活は苦しいまま、むしろ細々とした炭焼きの収入では二人が生活するには不十分だ。
それでもたまには贅沢したい、させてあげたいと思った女房は、実家から持ってきた小判を旦那に持たせ、これで何かおいしい物でも買ってきてと頼む。ところがこの旦那、金の使い方すら知らないという山ザルで、何故か飛び道具と勘違いして鴨に投げつけ、収穫なし(アホ)
さすがに呆れた女房は正座で詰問するが、旦那が言うには小判なんぞ価値のあるものだと思わなかった。それに似たものが炭を焼くとゴロゴロ出てくるなどと意味不明な供述を繰り返すばかり。ならその似たものとやらを見せてみろと炭焼き窯へ行ってみると、そこには黄金の塊がゴロゴロしており、二人は長者になったとな。
めでたしめでたし。
「……お金の使い方を知らなかったとか。え、ホントに?」
健乃ですらドン引きである。
「やめてくんろっ。そんな目で見んじゃねぇべ!」
「小判を鴨にぶつける? 何でそんなことする前に聞かなかったの?」
「丁度良い重さと大きさだと思ったのっ。仕方なかったんだべ!」
「謝って。小判に謝って!」
「はい、すいませんっ」
とりあえず旦那、いや組長は良い人である。
「そんなワケですから、豪運で手に入れた金なんてなくなっても困らないので、お二人は遠慮なくこの屋敷で暮らしていただいて結構ですわ」
「いや、さすがになくなったら女房が泣くと思うけんど」
「それなら大丈夫だ」
タニシは妙に自信たっぷりに殻を張った。
「どうしてだい?」
「なくなったら他人から奪えばいいじゃないか。ヤクザなんだし」
「ヤクザじゃないよっ」
「それで組長」
タニシは真剣な眼差しを炭焼き組組長へと向ける。
「な、何だべ?」
「我々はどこの敵対勢力に鉄砲玉として送り込まれるので?」
「だからヤクザじゃないよっ!」
炭焼き組の新しい船出である。
実にめでたい。
ちなみに災厄の娘である健乃は、二つ目の饅頭を頬張っていた。
ムグムグ。




