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二つの長者大戦 04

「……ん」

 目が覚める。

 口元の涎を左手で拭って視界を定めると、目の前に大きな川が流れていた。

「川……橋?」

 キョロキョロと周囲を見回し、自分が橋の真ん中に立っていることに気付く。

「おはよう」

 頭の上から声がする。

「……えっと」

「良く眠れたか?」

「うん、まぁ」

 すでに日が高い。健乃の記憶にある最後のシーンは若旦那の顔だった。アレは確か朝ご飯を食べた直後だったので、かなりの時間が経過している。

「ところでさ」

 足元を見つめながら、健乃は正直な疑問を口にする。

「いつの間にかお昼頃なのは、まぁいいとして」

「良くないけどな。僕が上手く操って誤魔化してなければお尻ぺんぺんされてたぞ。ぺんぺん」

「ぺんぺんはちょっといやだなぁ」

「で、何が疑問なんだ?」

「あーそうそう、箒を持っているのはいいとして、どうして橋の真ん中にいるの?」

 橋なのに真ん中とはこれ如何に。

 とんちかな?

「それは店の前の掃除を命じられたからだ」

「えっと、お店すっごく遠いんだけど?」

 夢中になって気づきませんでしたと言い訳をするには遠すぎる。霧が深かったら見えなくなるくらいには遠い。

「やっちゃんにしては良いところに気付いたな」

「ちょっと言い方が気になるけどいいや。続けて?」

「実は色々と偶然が重なってな。店の前の掃除をするのは危険だと判断した」

「うん?」

 健乃は小首を傾げる。

「まぁ最初は暴れ馬が通りかかった程度だったから大したことはないと思ったんだ」

「いや、大したことあると思うけど」

「いやいや、そのすぐ後に地元のヤクザが抗争を始めてな。うるさいと思った地縛霊が金切り声を上げたんで解散になったワケだが、その直後に百鬼夜行が通りかかって、ついさっきまで人が通れない有様だったのだよ」

 驚きのコンボである。

「……へぇ」

「まるであの店に人を寄せ付けないかのような偶然の連続だったな。ここで見ている分にはなかなか楽しかったぞ」

「他人事だね」

「寝てた奴に言われたくないが」

 至極もっともである。

「とはいえ、荷物が暴れ牛で散り散りになったことといい、わらしべ長者という割には運がないんだな」

「きっと藁をちょうど切らしてたんだよ」

「藁を、何だって?」

「藁って火口にしたり編んで草鞋や傘にしたり色々使えるからね。うっかり使い切っちゃっても不思議じゃないよ」

「いや確かに便利なものだが、藁がなくなっただけでそんなことが起こるものか?」

「だってわらしべ長者でしょ?」

「うむ」

「わらしべ長者って、藁を持ってたら金持ちになった話だよね。藁が幸運のお守りなんだよね」

「よし、今日はわらしべ長者のお話をしてやろう」

「あれ?」

 わらしべ長者とは、かなり有名な昔話の一つである。


 あるところに一人の貧乏な若者がいた。ある日あまりの貧乏ぶりに嫌気が差して観音様に願掛けをしたところ、最初に触れたものを大切に持って旅に出るようにというお告げを授かる。

 お堂から若者が出るや否や石に躓き、転んだ拍子に握ったものが藁であった。こんなものと思いつつ、お告げを信じて若者はそのまま旅立つことにする。しかもアブが付き纏ってウザかったので、捕まえて藁の先に結び付けてやった。

 そんなブンブンテクテクと歩く若者を見た子供が、そのアブ付きの藁を羨ましがり、どうしても欲しいと言い出す。もちろんお告げを信じる若者は断るのだが、子供が泣きだして駄々をこねるのと、ミカンを交換条件に出してきたので、応じることにした。

 その後、喉の乾いた人にミカンを渡して反物を貰い、馬の始末を命じられた侍の従者に反物を渡して馬を得た若者は、最終的に馬を欲している長者の元へと到着する。長者は三年経って戻らなければ屋敷を好きなようにして構わないと告げて馬に乗り、去っていった。

 そして三年経っても五年経っても戻ることはなく、屋敷は若者のものになって裕福な人生を送ることができたそうである。

 めでたしめでたし。


「藁凄いね」

「いや、凄いのは藁じゃなくてな。観音様のお告げにただ忠実なのではなく、的確な判断をした若者の柔軟性こそが評価されるべきと――」

「タニシを先に結んだらダメかな?」

「駄目に決まってるだろ!」

「アブより格下なんだね、タニシ」

「ちげぇよ!」

「でもさ、仮に格下でも、船賃くらいなら稼げるかもしれないよ?」

「格下言うな。まぁ確かに、あの惨状を見ていると今のわらしべ長者に運があるとも思えんし、大儲けしているのか疑わしくはあるな。とはいえ、船賃程度ならさすがに賃金を普通に貰った方が早いだろ」

「そう、かな?」

 何故か健乃は不安そうだ。

「そうだとも。店が潰れるようなことにでもなったら話は別だけどな」

 はっはっはとタニシは気楽に笑う。

「なら、あんまり長居しない方がいいね」

「どういう意味だ?」

「ううん、何でもない」

「まぁ長居するつもりはさらさらないけどな。ここに居るのも、単に店先から逃げるためってワケじゃない」

「なにそれ」

「よく憶えておけ、やっちゃん。賃金ってのは待つものじゃない。勝ち取るものだ」

「うん?」

「回れ右して後ろを見てみろ」

 言われるままに振り返った健乃の視界に、橋の西半分が入ってくる。

「うわっ、まぶし!」

 そこはまるで磨かれた小判のように、輝いていた。


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