二つの長者大戦 03
「親父がどうしてもと頼むから仕方なく置いてやるが――」
そろばん片手にふんぞり返る妙に偉そうな若者――昨日の老人の息子であり、このわらしべ商会の若旦那である彼は極めて不本意と言いたげな渋い顔でそう切り出した。
が、目の前の幼女は聞いていない。
「ホント、昨日のお布団は凄かったねぇ」
興奮冷めやらぬ健乃である。
「あんなふかふかな布団、生まれて初めてだったよ」
「まぁ、お前の家の布団は煎餅より硬かったからな」
それはもう布団ではない。
「もう何か身体が浮いてるみたいで楽しくてね。眠ってなんていられなかったよ」
「いや、ちゃんと寝ろ」
妙にハイテンションなのも納得である。
「話を聞けぇ!」
若旦那が切れた。切れ旦那になった。切れ痔みたいに顔が赤い。
ちなみにトイレが赤く染まると、血の気が引いて青くなる。
「……えーと、おじさんはどちら様でしたっけ?」
健乃は昨日追い出されたことなど全く憶えていない。ふかふか布団に完全に上書きされてしまったようである。
「浮かれるのも結構だがな――」
子供相手にムキになってしまった自分を少し恥じて咳払いを一つしてから、若旦那は続ける。
「現在ここの経営を任されているのはオレだ。座敷童子だか何だか知らんが、役にも立たないタダ飯ぐらいを雇っておくような怠慢経営をするつもりはない。給料分くらいは働いてもらうから、そのつもりでいるように」
「はいですっ」
今日の健乃はノリがいい。
「ところで、お前は人間ではないそうだが、何かできるのか?」
「座敷童子といえば幸運の象徴ですよ、若旦那」
ここぞとばかりにタニシが割って入る。
「そんな曖昧なものに興味はない。というか、お前は何者だ? 一見するとタニシのようだが」
「タニシそのものです、はい」
「何故タニシがしゃべっている?」
「それを説明するには長いく深い生い立ちの記録を紐解く必要がありますが――」
「ならいい」
「あ、そっすか」
タニシしょんぼり。
「まぁその身体では何もできんだろう。給料も一人前でいいな。で、肝心のこの娘は何ができるんだ?」
「この子がいるだけで、お店が繁盛しますよ?」
「そういうのはいい。親父は豪運だけで長者にまで上り詰めたが、オレは違う。実力でこの商会をもっと大きくしてみせる。運などという胡散臭いものに委ねるつもりはない」
「はぁ、なるほど」
「で、どうなんだ?」
「何か得意なことはないのか? やっちゃん」
「……」
健乃は俯いたまま返事をしない。
「やっちゃん?」
ここでタニシが気づく。
「おい、ひょっとして寝てるん――」
「掃除、掃除が得意です!」
咄嗟に裏声を出しつつ、健乃の身体を操って両手を持ち上げる。全身がぐったりしているせいかゾンビが襲っているみたいに見えるが、そこは気にしないことにした。
「おい、何か変じゃないか?」
「あー、掃除したいなぁ!」
覗き込もうとする若旦那の視線から逃れるように背を向け、鼻ちょうちんを何とか誤魔化す。
「ちょっとこっちを――」
「若旦那!」
そこへ店の若い衆が顔面蒼白で駆け込んでくる。
切れ痔かな?
「何だ?」
「今朝の荷揚げに出してた牛車が、こっちに向かう途中で暴走しました!」
「どういうことだっ?」
「詳しくはわかりません。とにかく牛が凄い勢いで逃げ出したらしくて」
「とりあえず残った荷物の回収は進めて――」
「いやそれが」
「どうした?」
「全部でして」
「全部? ってまさか!」
「十頭全部、暴走して方々に散っていったらしいです」
若旦那、固まる。
「どうしますか、若旦那?」
「どど、どうするも何も、とりあえず見つけて回収だっ。人手を集めて探すしかないだろ!」
「わかりました。あ、でも」
「今度は何だ?」
「昼にもう一隻到着しますけど、そっちの荷揚げはどうしますか? 人を回すにしても今からじゃ」
「……とりあえず待たせとくしかないだろ。まずは逃げた荷物の回収だ。あ、お前たちは店先の掃き掃除でもしていろ!」
ついでにとばかりの指示だけ残して、若旦那は若い衆を引き連れて慌ただしく出ていく。
「やれやれ助かった」
とりあえずの危機を脱して安堵の溜め息を漏らすタニシだったが、ふと無邪気な寝顔を覗き込んで少しばかり不思議に思う。
何というか、波乱の多い座敷童子だな、と。
「まぁ楽しいからいいか。さて、箒はどこかなー」
鼻ちょうちんをぶら下げたままの健乃を操って、フラフラとゾンビのように歩きながら箒を探し始める。
彼らの周囲は、まだ平和だった。




